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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第3話『魔法の無駄遣いはコストの無駄です』



 翌朝、午前六時ジャスト。

 私は分厚い作業工程表が挟まれたバインダーを片手に、東の離宮にあるルカ殿下の寝室の前に立っていた。


 扉には、昨日はなかった分厚い『拒絶の結界』が何重にも張られている。近づく者を物理的に弾き飛ばす、極めて高度で複雑な魔力構成だ。並の魔術師なら一週間かけても解呪できない代物だろう。


「……なるほど。これが殿下なりの『出社拒否ボイコット』の意思表示ですか」


 私はバインダーを小脇に抱え、結界の表面にそっと触れた。

 確かに魔力量は圧倒的だが、魔力の編み込み方に無駄が多い。力任せに壁を作っているだけで、構造的な脆弱性がいくつも見受けられる。私はその中で最も魔力抵抗が薄い「結節点」を正確に見極め、ピンポイントで魔力を流し込んでショートさせた。


 パリンッ! と、ガラスが割れるような音と共に、強固な結界があっけなく霧散する。


「おはようございます、ルカ殿下。定刻通りのお迎えに上がりました」


 鍵の壊れた扉を開けて足を踏み入れると、ベッドの上で毛布に包まっていたルカ殿下が、弾かれたように跳ね起きた。

 寝起きのボサボサの黒髪の隙間から、信じられないものを見るような黄金の瞳が私を射抜く。


「なっ……お前! 僕の全力の結界を、どうやって一瞬で……!?」


「結界の構築式に無駄な演算ループが三箇所ありました。あれでは維持コストばかりかかって、外部からのピンポイントな干渉に弱くなります。……さて、殿下。ご自身のスキル不足を嘆くのは後にして、十五分で身支度を整えてください。本日は実地研修(現場作業)です」


「ふざけるな! 誰が行くか! だいたい、僕を外に連れ出してどうするつもりだ! また僕の魔法が暴走して、怪我人が出ても知らないぞ!」


 ルカ殿下が威嚇するように右手を突き出す。

 途端に室内の温度が急上昇し、彼の手のひらに赤黒い業火の球が生まれた。それは昨日私に向かって放たれた風の刃とは比べ物にならない、純粋な破壊の熱量だった。

 周囲の空気が歪み、絨毯が焦げ臭い匂いを立て始める。


 離宮の外で待機していた近衛騎士たちが「殿下が暴走されたぞ!」とパニックに陥る声が聞こえた。

 誰もが恐れる、天才皇子の破壊の力。


 しかし、私はその炎を見て、思わず歓喜の声を上げてしまった。


「……素晴らしい! 素晴らしいですよ、殿下! 起床直後のノーモーションで、推定八百度の熱量をこれほど安定して出力できるなんて!」


「は……?」


 ルカ殿下が、拍子抜けしたようなマヌケな声を出す。

 私はバインダーに挟んだ羊皮紙に、猛烈な勢いで計算式を書き込みながら彼に歩み寄った。炎の熱気など全く気にならない。それどころか、目の前の火の玉が金貨の山に見えて仕方なかった。


「殿下、ご存知ですか? 帝都の地下にある巨大な魔導ボイラーは、現在、高価な火の魔石を月に百個も消費して稼働しているのです。魔石の仕入れ値は月額で金貨五万枚。しかし、殿下のこの火力と持続力があれば……魔石の消費を完全にゼロにし、熱交換システムを三倍の効率で回すことができます!」


「え? いや、ちょっと待て。お前、僕の炎を見て怖くないのか? これ、城の壁ぐらい簡単に吹き飛ばせるんだぞ!?」


「吹き飛ばしてどうするのです。それはただの器物損壊マイナスです。ですが、適切な場所にその熱を注げば、それは帝都十万人の生活を豊かにする莫大な利益プラスに変わります。殿下、あなたのその力は、人を傷つけるためのものではありません。……圧倒的な『価値』です」


 私が真っ直ぐに見つめてそう断言すると、ルカ殿下の右手に浮かんでいた炎が、シュン……と音を立てて消滅した。

 彼は何かに打たれたように目を見開き、私と、自分の右手を交互に見つめている。


「僕の力が……価値……?」


「ええ。超優良な投資対象です。さあ、火力のデモンストレーションは十分拝見しました。直ちに帝都地下の『第三魔導給湯施設』へ向かいますよ。作業着はこちらでご用意しております」


 呆然としているルカ殿下に、私は真新しい帝国技術部指定の機能的な作業着を押し付けた。

 彼はまだ状況を飲み込めていないようだったが、もはや反抗する気力は削がれたらしく、大人しく私の指示に従った。


 ◇◇◇


 帝都ガルデアの地下深くに広がる、第三魔導給湯施設。

 ここは帝城や貴族街だけでなく、平民街の公衆浴場にまで温水を供給する重要なインフラの心臓部だ。しかし、設備が旧式なせいでランニングコストが異常に高く、帝国の財政を圧迫する要因の一つとなっていた。


「……おい、なんで僕がこんな埃っぽい地下室に……」


 作業着姿に着替えたルカ殿下が、不満げに鼻をすする。

 彼が現れた途端、現場で働いていた技術者たちは一斉に青ざめ、壁際に後ずさってしまった。「なぜあの『破壊の皇子』がここに!?」という怯えが空気に満ちている。


 周囲の視線に気づいたルカ殿下は、自嘲するように口の端を歪め、ポケットに手を突っ込んだ。


「ほら見ろ。どうせ誰も僕なんか求めてないんだ。僕が魔法を使えば、みんな怯える。……帰るぞ」


「帰しません。本日の業務ノルマを達成するまでは」


 踵を返そうとしたルカ殿下の腕を、私はガッチリと掴んだ。

 そして、部屋の中央に鎮座する、高さ十メートルほどの巨大な魔導貯蔵タンクを指差した。


「殿下。あの中央の制御盤に手を触れ、先ほどの炎の魔力を流し込んでください。出力は最大値の六十パーセント。決して爆発させないよう、一定の波長を保って継続的に注ぎ込むのです。できますか?」


「できるかできないかで言えば、余裕だけど……。本当にやるのか? このタンクが吹き飛んだら、帝都の半分が水浸しになるぞ」


「私の計算を疑うのですか? タンクの耐久値と、殿下の魔力密度の許容範囲は完全にシミュレーション済みです。さあ、業務開始です」


 私の有無を言わさぬ迫力に押され、ルカ殿下は渋々といった様子で巨大なタンクに歩み寄った。

 彼が制御盤に手を置いた瞬間。


 ゴゥゥゥゥゥッ……!!


 地下空間全体がビリビリと震え、タンクに刻まれた無数の魔導線が、赤みを帯びた黄金色に発光し始めた。

 凄まじい熱量がタンク内に注ぎ込まれ、内部の水が瞬く間に沸騰していく音が響く。それは、熟練の魔術師十人がかりでも一日はかかる作業だった。


「ひぃっ……! ば、爆発する!」

 技術者たちが頭を抱えてしゃがみ込む。

 ルカ殿下も、自分の魔力が施設を壊してしまうのではないかと不安そうに私を振り返った。


 だが、私は手元の魔力計の針を見て、最高の笑顔を浮かべていた。


「素晴らしい! 出力の安定性、熱変換率、共に完璧です! 殿下、そのままあと三分維持してください! 今、帝都の給湯システムのランニングコストが、目に見えて削減されていっています!」


「っ……!」


 私の歓喜の声を聞き、ルカ殿下の表情が変わった。

 怯えられるのではなく、求められ、称賛されている。その事実が、彼の胸の奥に眠っていた何かを刺激したのだろう。

 彼の目つきが真剣なものに変わり、魔力の流れがさらに澄んだ、純度の高いものへと洗練されていく。


 三分後。

 私が「作業終了です!」と合図を出すと、ルカ殿下はピタリと魔力の供給を止めた。

 地下室には、これまで聞いたこともないほど力強く、そして安定した音で稼働するボイラーの駆動音が響き渡っていた。


 技術者たちが恐る恐る顔を上げ、計器を確認する。


「う、嘘だろ……。魔石の残量ゼロで、タンクの熱量が上限の百パーセントを維持している……!」

「なんて精密な魔力操作だ……。これなら、向こう一カ月は魔石の補給なしで全区画に給湯できるぞ!」


 現場から、どよめきと感嘆の声が上がる。

 ルカ殿下は、額に薄っすらと汗を浮かべながら、信じられないものを見るような目で自分の両手を見つめていた。

 物を壊すためではなく、何かを動かし、人々の生活を豊かにするために使われた自分の力。


「お疲れ様でした、ルカ殿下」


 私は彼に歩み寄り、冷えたスポーツドリンク(魔力回復薬入り)を手渡した。


「本日のあなたの働きにより、帝国は金貨十五万枚相当のコスト削減に成功しました。これはあなた自身が稼ぎ出した利益です。……やはり私の見立てに狂いはありませんでした。あなたは帝国にとって、最高の資産ポテンシャルです」


 私が心からの称賛(投資家としての喜び)を込めて微笑みかけると、ルカ殿下はドリンクを受け取ったまま、顔をボンッと真っ赤に染め上げた。


「な、ななな……資産とか、そういう言い方すんな! 僕は皇子だぞ!」


「ええ、存じ上げております。大変優秀で『利益率の高い』皇子殿下ですね。明日もこの調子で、次は外壁工事の土木作業(物理魔法による基礎工事)を手伝っていただきますからね」


「ど、土木作業って……僕をなんだと思ってるんだよ! お前、本当に容赦ないな!」


 文句を言いながらも、その黄金の瞳からは昨日のような刺々しい拒絶の色は消え去っていた。むしろ、私から向けられる「期待の眼差し」をどこか嬉しそうに受け止めているように見える。


 よしよし、不良債権の再建計画は、極めて順調な滑り出しだ。

 私は頭の中で完璧な損益分岐点のグラフを思い描きながら、大きく頷いた。


「ふふっ……いいぞ、エルゼ。まさかあのルカを土方仕事で使い潰すとはな」


 その時、地下室の入り口の影から、楽しげな低い声が響いた。

 振り返ると、そこにいたのは、視察という名目で抜け出してきたのであろう、皇帝レオンハルト陛下その人だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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