第24話『聖女の涙は、一ミクロンも役に立たない』
大広間の床にへたり込み、レオンハルト陛下の覇気の前にただ震えるだけの「無職の多重債務者」となったアルフォンス。
彼が完全に心を折られ、使い物にならなくなったのを間近で見ていたミリアは、内心で猛烈な焦りと計算を巡らせていた。
(ど、どうしよう! アルフォンス殿下がこんなに役立たずだったなんて! このままじゃ、私まで奴隷にされちゃう……っ! いや、私にはまだ『女の武器』と『聖女』の肩書きがあるわ!)
彼女はチラリと、玉座の前に立つ二人の最高権力者——レオンハルト陛下とルカ殿下を見上げた。
どちらも、アルフォンスなど足元にも及ばないほどの圧倒的な美貌と権力を持っている。特に、ルカ殿下はまだ若く、年上である自分が甘えれば、コロッと騙せるのではないか。
そう判断した彼女は、瞬時に目に涙を浮かべ、か弱き悲劇のヒロインの仮面を被った。
「ひぐっ……ううっ……」
静まり返った大広間に、わざとらしい嗚咽が響く。
ミリアはよろよろと立ち上がり、アルフォンスを見捨てて、ルカ殿下の方へと数歩近づいた。
「ル、ルカ皇子殿下ぁ……どうか、どうかお慈悲を……っ!」
彼女は両手で顔を覆い、指の隙間からルカ殿下を上目遣いで見つめながら、その場に膝をついた。
「私、何も知らなかったんですぅ! アルフォンス殿下が勝手にエルゼ様を追い出して……私はただ、聖女として国のために祈っていただけなのに……っ。エルゼ様は、私が殿下に愛されたのが気に入らなくて、私を虐めてるんですぅ!」
ポロポロと、見事なタイミングで涙の粒が床に落ちる。
「可哀想な私を、どうか助けてくださいませ……! 殿下のような優しくて強い方に守っていただけたら、私、殿下のために一生祈りますからぁ……!」
ミリアは胸元を少しだけ強調し、最も自分が可愛く見える角度でルカ殿下にすがりつこうとした。
どんな男でも、女の涙には弱いはずだ。ましてや、冷徹なエルゼと違って、自分はこんなにも庇護欲をそそる愛らしい存在なのだから。
彼女はそう確信していた。
しかし。
ルカ殿下は、ミリアが差し出した手を握るどころか、汚い虫でも見るような目で彼女を見下ろした。
「……お前、頭大丈夫か?」
「えっ……?」
「エルゼがお前を虐めてる? 嫉妬してる? はっ、冗談きついな。エルゼにとってお前なんて、道端に落ちてる石ころ以下の『無価値なゴミ』だろ。僕の投資先が、そんな無駄なことにリソースを割くわけがない」
ルカ殿下の黄金の瞳に宿っているのは、同情でも庇護欲でもない。
純粋な『嫌悪』と、エルゼを侮辱されたことに対する『明確な怒り』だった。
「だ、だってぇ……! 私は聖女なんですよぉ! 国民を癒やす奇跡の力を持った……っ」
私が冷静に状況を分析していると、手元の計算機(魔導具)がチカチカと点滅した。
「ミリア様。貴女が流しているその涙ですが、塩分濃度と水分量を計算しても、一ミクロンの経済的価値(利益)も生み出しません」
私は無表情のまま、彼女の芝居を一刀両断した。
「な、なんですってぇ!?」
「貴女の『祈り』で、魔導炉が動きましたか? 暴徒が鎮まりましたか? 何の成果も出せないまま、ただ『私は可哀想』と泣き喚くだけの存在。それをビジネス用語で『無能なコスト(給料泥棒)』と呼びます。……ルカ殿下のご温情にすがりつこうとするなど、百年早いですね」
私の正論(物理攻撃)に、ミリアの顔が屈辱で真っ赤に染まった。
泣き落としが通じないと悟った彼女は、ついに本性を現し、キーキーと金切り声を上げた。
「う、うるさいわねこの冷血女! 私には神様から与えられた力があるのよ! 見せてあげるわ、私の聖なる光を! これを見れば、帝国の連中だって私を聖女として崇め奉るはずよ!」
ミリアは立ち上がり、両手を胸の前で強く組んだ。
「光よ! 私の聖なる力で、この者たちの目を覚まさせなさい!」
彼女が気合と共に祈ると、その手のひらから、ポワァ……と淡い、ホタルのような光の玉が浮かび上がった。
それが、彼女の全魔力だった。
グランゼール王国では「奇跡」と持て囃されたかもしれないが、魔導技術が発達したアウグスト帝国においては、子供のおもちゃにすら劣るレベルの微弱な魔力である。
「どう!? これが私の……えっ?」
ミリアが得意げに笑った瞬間。
大広間の空気が、ビリビリと悲鳴を上げた。
「……くだらないな。そんなチャチな光で、僕のエルゼを照らせると思うなよ」
ルカ殿下が、ポツリと呟いた。
次の瞬間、彼の全身から『黄金の魔力』が爆発的に立ち昇った。
ゴゥゥゥゥゥゥッ……!!
それは、帝都の地下給湯施設を一人で稼働させ、荒野に十キロの運河を十五分で造り上げた、正真正銘の『最強のインフラ魔力』だった。
凄まじい魔力の奔流が大広間を吹き荒れ、ミリアの出したホタルのような光など、一瞬にしてかき消されてしまう。
「ひぃぃぃっ……! な、なにこれぇっ!?」
ミリアはあまりの魔力圧に立っていられず、悲鳴を上げて再び床に這いつくばった。呼吸すらままならないほどの重圧が、彼女を押し潰す。
「いいか、よく聞け、自称聖女」
ルカ殿下は、黄金の炎を纏いながら、ミリアを見下ろして冷酷に宣告した。
「魔法っていうのはな、人を騙して同情を買うための安っぽい手品じゃない。誰かの生活を豊かにし、利益を生み出し、そして……僕の大切な人の描く未来を創り上げるための『力(価値)』だ」
彼の言葉に、大広間の帝国貴族たちが「おおお……っ!」とどよめき、感嘆の声を漏らした。かつて「破壊の皇子」と恐れられていた彼が、これほどまでに自身の力の存在意義を誇り高く語っているのだから。
「僕の魔力は、エルゼのためだけに使うって決めてるんだ。お前みたいな何の価値もないゴミが、僕の視界に入って、あまつさえエルゼの隣に立とうとするなんて……万死に値する」
ルカ殿下が右手をかざすと、黄金の魔力がミリアの周囲を取り囲み、彼女の逃げ道を完全に塞いだ。
「あ、あぢぃっ! やめて! 燃えるぅぅっ!!」
ミリアが恐怖と熱気でパニックを起こし、泣き叫ぶ。しかし、ルカ殿下は火傷しないギリギリの温度で魔力を制御し、彼女を精神的に完全に追い詰めていく。
(……素晴らしい! まさに圧倒的な出力と、ミリ単位の精密な温度コントロール! ルカ殿下の魔力操作技術は、また一段と向上していますね! これなら次期魔導溶鉱炉の設計も彼に任せられそうです!)
私はミリアの悲鳴をBGMに、ルカ殿下のさらなるポテンシャルの高さを再確認し、脳内で新たな投資計画を組み立てていた。
「……分かったか? お前の涙も、その安っぽい光も、この帝国では何の役にも立たない。お前はただの、中身のないガラクタだ」
ルカ殿下が魔力を収束させると、ミリアは完全に白目を剥いて気を失い、床に突っ伏した。
物理的な攻撃は一切加えていない。ただ「圧倒的な実力差」を見せつけただけで、彼女の安いプライドと聖女の仮面は完全に粉砕されたのだ。
「ふん。少しは静かになったな。……エルゼ、大丈夫だったか? あんな汚い声、お前の耳には毒だ」
ルカ殿下は先ほどまでの冷酷な顔を一瞬で消し去り、私に向かってしっぽを振るような甘い笑顔を向けてきた。
「見事な魔力制御でした、ルカ殿下。貴方のその『真の実力』を見せつけられれば、いかなる詐欺師も口を閉ざすしかありません。業務(害虫駆除)のサポート、感謝いたします」
「へへっ、お前のためならこれくらい当然だろ!」
私が褒めると、ルカ殿下は嬉しそうに私の隣に戻ってきた。
泣き落としも、女の武器も、すべては「圧倒的な実力」と「エルゼへの狂信的な愛」の前に塵と消えた。
これで、無能な王太子と自称聖女の言い分は完全に論破され、彼らの心は完全にへし折られた。
しかし、彼らが帝国に与えた不利益と侮辱に対する『本当の報復』は、まだ終わっていなかった。
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次回お楽しみに。




