第21話『招かれざる客(不良債権)の来訪』
さあて、ざまぁのお時間ですわっ
建国祭の熱狂から数日が過ぎ、アウグスト帝国の帝城は通常の落ち着きと、さらなる活気を取り戻していた。
「……以上が、建国祭期間中の特別消費税の概算と、来月以降の経済波及効果の予測データです。各ギルドへの再投資配分については、資料の三ページ目を参照してください」
帝城の豪奢な大広間。
私は巨大な円卓の上座に立ち、数十名の帝国貴族や重鎮たちを前に、完璧な決算報告を行っていた。
「素晴らしい……! 祭りの熱狂をただの散財で終わらせず、即座に次の投資へと回すサイクル。我々には到底思いつかない発想です!」
「さすがは我らが財務卿閣下! この数字を見れば、他国も帝国の経済力にひれ伏すしかありませんな!」
かつては私を「他国から来た小娘」と見下していた保守派の貴族たちも、今やすっかり私の提示する『圧倒的な利益(数字)』の虜となり、忠実な株主のように拍手喝采を送っている。
私が満足げに頷き、会議を締めくくろうとした、その時だった。
「た、大変申し上げにくいのですが……財務卿閣下!」
大広間の重厚な扉が開き、警備担当の近衛騎士が困惑しきった顔で入ってきた。
「どうしましたか? 本日のアポイントメントはすべて消化したはずですが」
「そ、それが……。城の正門に、『グランゼール王国の使節団』を名乗る者たちが押しかけておりまして。アポイントも身分証もないため追い返そうとしたのですが、『我々はエルゼの婚約者だ! 顔パスで通せ!』と騒ぎ立てており……」
その報告を聞いた瞬間、大広間の空気がピシリと凍りついた。
帝国貴族たちの顔から笑みが消え、代わりに強烈な嫌悪と、信じられないものを見るような侮蔑の色が浮かぶ。
「……グランゼール王国、だと?」
「我が帝国の心臓(財務卿)を不当に追放し、あまつさえ金貨一億五千万枚もの負債を抱えたまま逃げ回っている、あの無能の集まりか!」
「アポイントもなしに帝城に乗り込んでくるとは、野蛮にも程がある! つまみ出せ!」
貴族たちが口々に怒りの声を上げる。
無理もない。彼らにとって、私は今や帝国の繁栄を支える『至宝』である。それをゴミのように捨てたかつての婚約者など、不快な害虫以外の何物でもないのだ。
しかし、有能な経営者である私は、一切の感情を交えずに冷静に状況を分析した。
(なるほど。祖国のインフラ停止と経済破綻によるキャッシュフローのショート(暴動)。それに耐えきれなくなったトップ(王太子)が、ついに債権国である帝国へ直接交渉(金の無心)にやってきたというわけですね。想定より三日遅い到着ですが、計算の範囲内です)
「お通ししなさい」
私が冷徹な声で命じると、貴族たちがざわめいた。
「エ、エルゼ様! そのような礼儀知らずの者たちを、神聖な大広間に入れるなど……!」
「構いません。債務者が自ら取り立てに来いと首を差し出してきたのですから、有難く対応してあげましょう。それに、ここで追い返して『帝国は対話の窓口を閉ざした』などと被害者ぶられても面倒です」
私が手元の計算機(魔導具)をカチャリと鳴らすと、貴族たちはゴクリと息を呑み、「……ははっ! さすがは閣下、債権回収の鬼……!」と畏敬の念を込めて道をあけた。
数分後。
「離せ! 私は一国の王太子だぞ! 無礼者どもめ!」
近衛騎士たちに両脇を固められ、大広間に引きずり込まれてきたのは、予想以上に悲惨な姿をしたアルフォンスとミリアだった。
かつての威厳ある王太子の面影はどこにもない。
長旅の土埃にまみれ、服は汚れ、目は落ち窪んでいる。隣で彼にしがみつくミリアも、ボサボサの桃色の髪に安物のドレスという、スラム街の娘と見紛うようなみすぼらしさだ。
「……なんだ、あの薄汚い浮浪者は?」
「あれが一国の王太子? 冗談だろう。我が家の馬丁の方がまだマシな身なりをしているぞ」
「しかもあの女、聖女と聞いていたが……魔力など微塵も感じられないではないか」
帝国貴族たちから、容赦のないヒソヒソ声(ドン引き)が漏れる。
しかし、完全に現実逃避の妄想に取り憑かれているアルフォンスの耳には、それらの冷ややかな嘲笑すら届いていなかった。
彼は大広間の中央に立つ私を見つけると、顔をパァッと輝かせ、まるで悲劇のヒーローのような大仰な身振りで両手を広げた。
「おお、エルゼ! やはりこんな薄暗い部屋で、貴族どもに囲まれて帳簿の計算などさせられていたか! 哀れに……! だが、もう安心しろ! この私が、お前を野蛮な帝国から救い出しに来てやったぞ!」
「…………は?」
私だけでなく、大広間にいた数十名の帝国貴族全員が、完璧にハモった呆れ声を漏らした。
薄暗い部屋? 哀れ? 救い出す?
一体、どの口が、どの目が見てそんな狂った妄想を吐き出しているのだろうか。
私は今、帝国の最高級のシルクで仕立てられた執務服を身に纏い、莫大な予算を動かす権限を持ち、そして周囲からは絶対的な尊敬を集めている。
対する彼は、借金まみれで国を追われ、泥だらけの姿で喚いているただの「不良債権」だ。
「さあ、エルゼ! 意地を張るのはもうやめろ! お前が私に構ってほしくて、国中のインフラを止めるという可愛らしい嫌がらせをしたことは分かっている! だが、この私が直々に迎えに来てやったのだから、もう許してやろう! 涙を流して私の胸に飛び込んでくるがいい!」
アルフォンスが、本当に自分が正しいと信じ切った、一点の曇りもない笑顔で言い放つ。
その瞬間。
大広間の気温が、急激に低下した。
「……エルゼ。そこの見苦しい汚物は、一体何の冗談だ?」
広間の奥。
皇帝専用の玉座の影から、漆黒の軍服に身を包んだレオンハルト陛下が、音もなく姿を現した。
その黄金の瞳には、一切の光がない。ただ、極北の氷河よりも冷たく、そして残虐な殺意だけが渦巻いている。
「ひぃっ……! な、なんだお前は……っ!」
アルフォンスが、皇帝の放つ致死量の威圧感に尻餅をついた。
「レ、レオンハルト陛下……」
私がため息をつきながら振り返ると、さらに私の背後のバルコニーから、バサァッ! と強風を巻き起こしてルカ殿下が飛び込んできた。
「おいエルゼ! 正門に変なゴミが来てるって聞いて飛んできたけど……そいつか!? そいつが、お前を追放した馬鹿な元婚約者か!?」
ルカ殿下の右手には、すでに高密度に圧縮された『赤黒い炎の球』が浮かび上がっている。いつでも消し炭にする準備は万端だ。
帝国が誇る、最凶の最高権力者兄弟。
彼らが、エルゼという「絶対に触れてはならない逆鱗」を狙う愚か者を前に、完璧な殺戮のフォーメーションを組んで立ち塞がった。
「アルフォンス元殿下。状況の分析が全くできていないようですね」
私は怯える元婚約者を見下ろし、心底哀れむような氷の微笑みを浮かべた。
「ここは貴方の庇護が届く祖国ではありません。圧倒的な実力主義と、資本が支配するアウグスト帝国です。……さあ、有能な経営者として、貴方という不良債権の『決算(公開処刑)』を始めましょうか」
招かれざる客の来訪により、帝国全土を巻き込んだ無慈悲な『債権回収』の幕が、今ここに切って落とされた。
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次回お楽しみに。




