第16話『合理的な解決策』
予想通り!!
帝国財務卿の執務室は、水を打ったような静寂に包まれていた。
皇帝派と第二皇子派の貴族たちが固唾を飲んで見守る中、私は手元のバインダーをパチンと閉じ、皇帝レオンハルト陛下と第二皇子ルカ殿下、その両名に向かって堂々と宣言した。
「極めて合理的かつ、社内(宮廷)の派閥争いを一瞬で終結させる解決策。それは——建国祭の昼のメインパレードにおいて、私が『右腕にレオンハルト陛下、左腕にルカ殿下』の腕を取り、三人横並びで帝都の大通りを歩くことです」
「「…………は?」」
またしても、最高権力者兄弟の完璧なハモリが執務室に響き渡った。
廊下で聞き耳を立てていた貴族たちも「さ、三人で……!?」と目を丸くしている。
「待て、エルゼ。お前、自分が何を言っているか分かっているのか?」
ルカ殿下が、信じられないものを見るような目で私に詰め寄った。
「僕が徹夜で設計したパレード用の特製魔導馬車は、最高級のクッションを敷き詰めた『二人乗り(ペアシート)』なんだぞ! そこにむさ苦しい兄上が乗ってきたら、狭くてせっかくのロマンチックな雰囲気が台無しじゃないか!」
「お前こそ何を言っているのだ、ルカ。皇帝であるこの私が、たかがエスコートの役割を弟と『共有』するなど、帝国の威信に関わる。他国の要人たちに、私が独り占めする力もないと笑われるではないか」
レオンハルト陛下も、額に青筋を浮かべながら極めて不服そうに腕を組んだ。
二人の言い分は、個人の感情(独占欲)とプライドとしては理解できる。
だが、有能な経営者である私の視点は、もっと高く、そして広い『利益』に向いているのだ。
「お二人とも、視野が狭すぎます。これはロマンスや個人の面子の話ではありません。国家の『プロモーション戦略』と『コスト削減』の重大なプロジェクトです」
私は黒板(魔導ボード)の前に立ち、チョークを手に取って流れるような図解を書き始めた。
「まず、第一のメリット『警備コストの劇的な削減』についてです。通常、皇帝陛下と皇子殿下が別々の馬車に乗るか、離れた位置を行進した場合、それぞれに近衛騎士の護衛部隊と、魔力結界の展開要員を配置しなければなりません」
私はボードに二つの円を描き、その周りに無数の点を打った。
「しかし、帝国のトップ3(CEO、現場トップ、財務卿)が密集して陣形を組んだ場合、必要な警備の警戒円は一つに統合されます。これにより、動員する近衛騎士の数を四割削減でき、浮いた人件費を祭りの一般客へのサービス拡充に回すことができます。まさに圧倒的なコストカットです!」
「……警備コスト、だと?」
レオンハルト陛下が、呆れたような、それでいて感心したような複雑な声を漏らす。
「そして第二のメリット『シナジー効果による国威発揚』です。お二人は『共有は威信に関わる』と仰いましたが、逆です。現在、周辺諸国は我がアウグスト帝国の急激な経済成長と、強大すぎるお二人の魔力を恐れ、内部崩壊(兄弟間の権力闘争)を密かに期待しています」
私はチョークを置き、兄弟の顔を真っ直ぐに見据えた。
「その虚報を打ち砕く最高のパフォーマンスこそが、『三人での行進』なのです! 皇帝と皇子が財務卿を中央に挟み、一切の不和を感じさせずに堂々と歩く。これを見せつけられれば、他国は『アウグスト帝国のトップ層は完全に一枚岩であり、隙は微塵もない』と絶望することでしょう。これ以上の防衛戦略がありますか?」
ピシャリと、私の完璧な論理が執務室に響き渡った。
静寂。
圧倒的な正論。数字と国益に基づいた、一ミリの反論の余地もないビジネス・プレゼンテーション。
「……す、素晴らしい!!」
最初に沈黙を破ったのは、廊下にいた文官の一人だった。
「なんと合理的な! 警備コストの削減に、他国への牽制! さすがは我らが財務卿、帝国の利益を第一に考えるその御慧眼、恐れ入りました!」
「そうだ! これなら皇帝派も皇子派も関係ない! 帝国は一つだ!」
先ほどまで胸ぐらを掴み合っていた貴族たちが、私の提示した『第三の選択肢』に感涙し、互いに肩を抱き合って和解し始めた。
無駄な社内政治は、こうして一瞬にして浄化されたのである。
しかし。
残された二人の最高権力者だけは、未だに複雑な表情を浮かべたまま固まっていた。
「……つまり、私は建国祭の大通りで、愛する君の右腕を取りながら、左側から歩いてくるこの小生意気な弟の顔を延々と見続けなければならないと?」
レオンハルト陛下が、深い深いため息をつきながら天を仰いだ。
「そんなの僕だって嫌だよ! エルゼと二人きりで、沿道の民衆に『僕の投資先だぞ』って自慢したかったのに……! これじゃあ、ただの超重装備の要人警護フォーメーションじゃないか!」
ルカ殿下も、自慢の黒髪をクシャクシャに掻き毟ってしゃがみ込んでしまった。
二人の不満はごもっともだが、これは会社の決定事項である。
「お二人とも、トップとしての自覚を持ってください。これは帝国の威信と予算がかかった重大な公務です。ルカ殿下、馬車の座席は直ちに『三人掛けのベンチシート』に設計変更し、強度の再計算をお願いします。もちろん、納期は明日です」
「……鬼! エルゼの鬼! 分かったよ、徹夜で改造すればいいんだろ!」
ルカ殿下が涙目で抗議するが、私の冷酷な(しかし業務上必須の)指示に逆らうことはできず、肩を落として設計図を抱え直した。
「レオンハルト陛下。陛下には、パレード中の笑顔の徹底をお願いいたします。民衆や他国の使節団の前で弟君とバチバチ睨み合っては、せっかくの『一枚岩のパフォーマンス』が台無しになりますからね。最高の営業スマイルをご準備ください」
「……君は本当に、この皇帝である私に容赦がないな」
レオンハルト陛下は額を押さえ、まるで頭痛を堪えるように笑った。
そして、一歩踏み出して私の右手をそっと取り、その甲に口付けた。
「分かった、降参だ。君の完璧な論理の前に、私の個人的な独占欲は一度引っ込めよう。だが……夜会だけは別だぞ、エルゼ」
黄金の瞳が、至近距離から私を射抜く。
「昼のパレードは百歩譲って三人で歩こう。だが、あの金貨八十万枚の制服を着た君をエスコートし、ファーストダンスを踊るのは、皇帝である私だけの特権だ。それだけは、どんな完璧な計算式を持ってきたとしても譲るつもりはないからな」
「兄上、狡い! 昼間我慢するんだから、夜会は僕にもチャンスを——」
「黙れルカ。昼のパレードの設計変更の納期は明日なのだろう? さっさと現場に戻って溶接でもしてこい」
「~~~っ! 覚えてろよ兄上! 絶対にパレードの馬車の兄上の席だけ、クッション抜いてカチカチにしてやるからな!」
ルカ殿下が捨て台詞を吐いて執務室から飛び出していく。
その後ろ姿を見送りながら、私は内心で力強くガッツポーズを取っていた。
(よし! これで最大の懸念事項だった社内の派閥争いは完全に消滅し、警備コストの大幅削減にも成功しました! レオンハルト陛下の『夜会は自分が』という主張も、社長としての面子を保つための正当な要求。これなら社内バランスは完璧です!)
私は二人の最高権力者が私に向けている「激重な愛情」を、すべて「企業ブランド向上のための熱意」と受け取り、完璧な決算処理を終えた達成感に浸っていた。
「さあ、建国祭が楽しみですね、陛下! 当日は帝国の繁栄を、世界に見せつけてやりましょう!」
「……ああ、そうだな。ある意味で、世界一残酷で、世界一愛おしい私の財務卿をな」
レオンハルト陛下が呆れたように、しかしひどく優しげな声で呟いた言葉の意味を、私は祭りの熱狂の中で知ることになるのだった。
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次回お楽しみに。




