第15話『建国祭のパートナー選び』
いつも通り!!
アウグスト帝国の最大行事である『建国祭』まで、あと三日に迫っていた。
帝国財務卿の執務室において、私のデスクの上はかつてないほど綺麗に片付いていた。
「……完璧です。各国の要人接待リスト、パレードの警備配置、夜会の予算配分、すべてにおいて一シリングの無駄もなく手配が完了しました。あとは当日のプログラムを滞りなく進行させるだけですね」
私は最後の手順書に承認印を押し、満足げに息を吐いた。
有能な経営者たるもの、大型イベントの直前になってバタバタと走り回るような真似はしない。すべては事前の緻密なシミュレーションと、圧倒的な前倒し進行によって処理されるべきなのだ。
しかし、私の完璧なスケジュール管理とは裏腹に、ここ数日の帝城内は異様なほどの熱気と、殺気立った騒がしさに包まれていた。
「……セバス。なんだか外の廊下が随分と騒がしいですが、警備隊のストライキでも起きましたか?」
私が尋ねると、窓際で書類の整理をしていたセバスが、深く、ひどく深いため息をついた。
「いいえ、お嬢様。ストライキではありません。……現在、宮廷の貴族たちが真っ二つに割れ、大論争を引き起こしているのです。今朝などは、大広間で両派閥の文官たちが掴み合いの喧嘩にまで発展したとか」
「掴み合い? 帝国の頭脳たる文官たちが、なんという非生産的な。議題は何ですか? 来期の関税率の引き下げについてですか? それとも北部開拓の優先権?」
「……『建国祭のメインイベントにおける、お嬢様のエスコート権はどちらの殿方にあるか』でございます」
「は?」
私は思わず、羽ペンを持ったままポカンと口を開けてしまった。
私のエスコート権? そんな個人の些末な問題で、国家の中枢が真っ二つに割れているというのか?
「事の発端は、お嬢様の圧倒的な業績にあります」
セバスが静かに説明を始めた。
「お嬢様が財務卿に就任されてから、帝国の国庫は空前の黒字。さらに腐敗貴族の一掃により、空いたポストや新たな利権が大量に発生しています。貴族たちにとって、お嬢様はまさに『富と権力の象徴(金の卵)』。……そのお嬢様の隣に立つ者が、今後の帝国の実権を握る派閥のトップになると、皆が思い込んでいるのです」
なるほど。
つまり、これは純粋な『社内政治(派閥争い)』というわけだ。
「現在、宮廷は『皇帝派』と『第二皇子派』に分断されています。皇帝派は『絶対的権力者である陛下こそが、最大の功労者たる財務卿の隣に相応しい』と主張。対する第二皇子派は『帝都のインフラを根本から支えているのはルカ殿下であり、現場のトップ同士が歩くのが自然だ』と譲りません」
「……馬鹿馬鹿しいにも程がありますね」
私は呆れ果ててこめかみを押さえた。
どこの世界に、一人の役員(私)の立ち位置を巡って業務を停滞させる企業があるというのか。これではまるで、アイドルグループのセンター争いではないか。
「そもそも、夜会のパートナーについては、すでにレオンハルト陛下から金貨八十万枚の制服を支給されており、私が『公式な広告塔』として陛下の隣に立つ契約が成立しています。何を今更争う必要があるのですか」
「それが……」
セバスが言い淀んだ、その時だった。
「その契約には、重大な瑕疵(欠陥)がある!!」
バンッ! と執務室の扉が弾け飛び、ルカ殿下が文字通り飛び込んできた。
その後ろから、「まったく、血気盛んな弟を持つと苦労するよ」と、優雅な足取りでレオンハルト陛下が姿を現す。
またしても、最高権力者兄弟の揃い踏みだ。扉の向こうには、それぞれの派閥の貴族たちが「陛下、負けないでください!」「殿下、若さと情熱で押し切りましょう!」と野次馬のように群がっている。
「瑕疵とは何事ですか、ルカ殿下。私は契約を違えるような真似は——」
「エルゼ! 兄上がお前の夜会の予定を押さえているのは知ってる! だから、僕が言っているのは『昼間の大パレード』のことだ!」
ルカ殿下が私のデスクに両手をつき、黄金の瞳をギラギラと燃やして迫ってきた。
「昼間のパレードは、僕とお前が造り上げた『大魔導輸送網』の完成記念も兼ねてるんだぞ!? 僕の魔法と、お前の設計図で実現した奇跡だ! なのに、どうしてパレードの馬車でお前が兄上の隣に乗るんだよ! 絶対におかしいだろ!」
「ほう? 皇帝である私が、帝国の繁栄の象徴である財務卿をエスコートしてパレードを行うことの、どこがおかしいというんだい?」
レオンハルト陛下が、冷ややかな笑みを浮かべて弟を一蹴する。
「狡いぞ兄上! そもそも、パレードの馬車の設計も、警備の魔力結界も全部僕がやったんだ! 実質的なプロジェクトリーダーは僕とエルゼだろ! 兄上はただ承認印を押しただけじゃないか!」
「トップの決断と責任というものが理解できないから、お前はいつまでも『現場の作業員』なんだよ、ルカ。……エルゼという極上の華は、最高権力者である私が隣に置いてこそ、他国への最大の牽制になるのだ」
バチバチバチッ!
兄弟の視線が交差する空間で、本物の火花(魔力の衝突)が散っている。
廊下の野次馬たちも「そうだ! 陛下のおっしゃる通りだ!」「いいや、現場の汗を知らぬ者にエルゼ様は渡せん!」とヒートアップし、もはや暴動の一歩手前だ。
私はこの、極めて非生産的で頭の痛い状況を前に、深く、深くため息をついた。
(トップとナンバーツーによる、広告塔(私)の奪い合い……。確かに、イベントにおける『誰が誰の隣に立つか』は、社内外に向けた強烈なメッセージ(パワーバランスの誇示)になります。しかし、このままでは祭りの本番前に宮廷が内部崩壊してしまいます!)
有能な経営者として、社内派閥の対立は最も避けるべきリスクだ。
どちらか一方を選べば、選ばれなかった派閥のモチベーションは地に落ち、今後の業務効率に致命的な悪影響を及ぼす。ルカ殿下がへそを曲げてインフラの魔力供給を止めでもしたら、建国祭そのものが吹き飛んでしまう。
「……エルゼ。君は、どちらを選ぶんだ?」
レオンハルト陛下が、低く甘い声で私に問いかけた。
その黄金の瞳には「当然、私を選ぶよな?」という絶対的な自信と、もし選ばれなかったらどうなるか分からないという、仄暗い独占欲が渦巻いている。
「エルゼ……お願いだ。僕を選んでよ。あの馬車には、お前のための特別な仕掛けも作ってあるんだ……っ」
ルカ殿下も、泣きそうなほど切実な表情で私を見つめてくる。年下の特権である「庇護欲をそそる上目遣い」のフルコンボだ。
廊下の貴族たちも、ゴクリと唾を飲み込んで私の決断を待っている。
一国の行く末(派閥の勝利)が、私の一言にかかっているのだ。
「……お二人とも、そして廊下で騒いでいる皆様も、静粛に」
私はゆっくりと立ち上がり、冷たく通る声で宣言した。
その場にいた全員が、水を打ったように静まり返る。
「そもそも、この議論の前提が間違っています。パレードのエスコート権をどちらが握るか? そんなゼロサムゲーム(勝者と敗者が明確に分かれる争い)に、会社の利益はありません」
「ゼロ、サム……?」
兄弟が揃って首を傾げる。
「はい。どちらかが我慢し、不満を抱えるような社内政治は、三流のやることです。私は帝国財務卿として、お二人ともが納得し、かつ帝国の威信を国内外に最大化できる『極めて合理的な解決策』をご提案します」
私は胸を張り、完璧なビジネススマイルを浮かべた。
そうだ。わざわざどちらかを選ぶ必要などない。有能な経営者であれば、与えられたリソース(最高権力者二人)を同時に、最大限に活用すればいいだけのことなのだから。
「え……解決策? そんなもの、あるのか?」
ルカ殿下が、戸惑ったように私を見る。
レオンハルト陛下も、少しだけ目を見張って私の次の言葉を待っていた。
私は手元のバインダーをパチンと閉じ、その「究極の折衷案」を口にした。
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次回お楽しみに。




