第12話『脅しは無意味です、数字は嘘をつきませんから』
ボルマン伯爵の『魔石鉱山への強制出向(終身労働)』が決定してから数日後。
帝国財務卿の執務室の隣に急遽設けられた「特別監査室」は、さながら地獄の裁判所と化していた。
「次の方、どうぞ」
私が冷徹な声で呼びかけると、青ざめた顔で大量の汗を流す太った貴族が、近衛騎士に両脇を抱えられながら入室してきた。帝国南部の穀倉地帯を牛耳る、ギースラー侯爵である。
彼の背後には、同じく監査の順番を待つ十数名の貴族たちが、まるで死刑台の順番を待つ罪人のように震えて列を作っている。
「エ、エルゼ卿……いや、エルゼ様! どうかご慈悲を! 我が家が帳簿をいじったのは、ほんの出来心で……っ」
「慈悲? 監査に感情を持ち込まないでください。時間の無駄です」
私は手元の分厚いファイルを開き、一切の容赦なく事実(数字)だけを突きつけた。
「ギースラー侯爵。貴方は過去五年間、南部で収穫された小麦の三割を『凶作による損失』として虚偽申告し、闇市場に横流ししていましたね。その売却益、推定で金貨八百万枚。さらに、農民から不当に搾取した特別税が金貨二百万枚。合計一千万枚の不正蓄財です」
「そ、それは……っ!」
「すでに闇市場の元締めからの証言も、貴方の隠し金庫の帳簿も押さえています。言い逃れは不可能です。よって、貴方の爵位を剥奪し、全財産を没収の上、南部干拓事業の土木作業員(無給)として再就職していただきます。労働による社会貢献で、横領分をきっちり償ってください」
私が淡々と判決(リストラ通告)を下すと、ギースラー侯爵の顔が絶望から一転、怒りで真っ赤に染まった。
彼はバンッと机を叩き、血走った目で私を睨みつける。
「ふざけるな、この若造が! 私が南部の流通を止めたら、帝都の食料価格がどれだけ跳ね上がるか分かっているのか!? 私の息のかかった大商会が一斉にストライキを起こせば、帝国は三日で兵糧攻めになるんだぞ!!」
侯爵の恫喝。
自分の既得権益を盾にした、古典的かつ悪質な脅迫だ。待合室にいる他の貴族たちも「そうだ! 我々を怒らせれば、帝国の経済は回らないぞ!」と同調して騒ぎ始めた。
しかし、私はため息を一つつき、手元の計算機(魔導具)をカチャリと鳴らした。
「脅しは無意味です。数字は嘘をつきませんから」
「……何?」
「貴方が流通を止めた場合のシミュレーションはすでに完了しています。まず、貴方が帝都への小麦供給を停止した場合、貴方自身の領地の倉庫に在庫が溢れ、維持費と腐敗による損失で、わずか十四日で貴方の商会はキャッシュフローがショート(倒産)します。つまり、兵糧攻めで先に干上がるのは貴方の方です」
「なっ……!?」
「さらに」
私はもう一枚の書類を、彼らの顔の前に突きつけた。
「貴方が流通を止めるという事態を想定し、すでにルカ殿下に依頼して、東部の広大な荒野を『大魔導農場』へと作り変え、新たなサプライチェーン(供給網)を確保済みです。ルカ殿下の魔力で土壌改良された農地は、貴方の領地の三倍の収穫量を誇ります」
「さ、三倍だと……!? そんな馬鹿な……!」
「つまり、貴方たちのような『中抜きの寄生虫(不採算部門)』は、今の帝国にはもう必要ないのです。ストライキを起こすならご自由にどうぞ。その瞬間に独占禁止法違反と国家反逆罪を適用し、即座に武力制圧(差し押さえ)に移行するだけですから」
完璧な論破。
完全に逃げ道を塞がれたギースラー侯爵は、パクパクと金魚のように口を動かした後、ついに狂乱して私に掴みかかろうとした。
「き、貴様ぁぁっ!! よくも私をコケに……っ!」
——だが、その薄汚い手が私に届くことは、決してなかった。
「……私の財務卿に、気安く触れようとするな。腕を切り落とすぞ、豚」
監査室の最奥。
今まで無言で最高級の紅茶を傾けていた『もう一人の監査役』——アウグスト帝国皇帝、レオンハルト陛下が、静かにティーカップを置いた。
ただそれだけの動作で、室内の空気が絶対零度まで凍りつく。
皇帝の放つ致死量の威圧感と、黄金の瞳に宿る底知れぬ殺意。ギースラー侯爵は悲鳴すら上げられず、その場にカエルが潰れたように平伏した。
「エルゼの計算に間違いはないな? ならば執行だ。連れて行け。……ああ、エルゼを恫喝した罪として、土木作業のノルマは通常の三倍に設定しておけ。一日でも休めば、一族の指を一日一本ずつ切り落として餌にしろ」
「ひぃぃぃっ!! お、お助けをォォォッ!!」
陛下の冷酷極まりない命令により、暗部たちが侯爵をズルズルと引きずって退室していく。
その光景を目の当たりにした待合室の貴族たちは、全員が白目を剥いて気絶するか、恐怖で失禁して泣き崩れていた。
(素晴らしい……! これが最高権力者(CEO)のトップダウンによる圧倒的なコンプライアンス(法令遵守)の徹底! 私が数字で追い詰め、陛下が権力と武力で逃げ道を塞ぐ。一切の無駄がない、完璧な監査プロセスです!)
私は内心でスタンディングオベーションを送りながら、バインダーの『ギースラー侯爵』の欄に真っ赤なペンで『処理完了(リストラ済)』と書き込んだ。
「さて、次の——」
「エルゼ」
私が次の罪人を呼び込もうとしたその時、レオンハルト陛下がふわりと甘い香りを漂わせて私の背後に立ち、その大きな手で私の肩を優しく包み込んだ。
「もう十分に片付いただろう。これ以上、有能な君の美しい瞳に、あんな汚物どもを映させたくない。残りの雑魚の処分は暗部に丸投げして、私と少し休憩にしないか?」
先ほどまでの冷酷な皇帝の顔はどこへやら、今のレオンハルト陛下は、まるで愛しい宝物を扱うかのような甘い声で私の耳元に囁きかけている。
肩を抱く手からは、火傷しそうなほどの熱が伝わってくる。
「休憩、ですか。確かに、連続三時間の監査業務は脳の処理能力を低下させますね。労働基準の観点からも、十五分のティーブレイクは適正と判断します」
「……君のその、色気のない返答すら愛おしく思えてきた自分が末恐ろしいよ。だが、十五分とは言わず、午後の時間はすべて私にくれないか? 君の疲れを癒やすために、宮廷楽師を呼んで……」
「それは却下です、陛下。午後は没収した不正資産の再分配計画の策定が控えています。皇帝陛下ご自身も、皇室会議での承認プロセスを進めていただかなければなりません。トップが現場の足を引っ張ってどうするのですか?」
私がバシッと正論で切り捨てると、レオンハルト陛下は「ぐっ……」と胸を押さえて苦笑した。
「君は本当に、私に対して容赦がないな。……だが、そんな君だからこそ、私はどうしようもなく惹きつけられる」
陛下は私の銀髪をすくい上げ、その毛先に唇を落とした。
そして、黄金の瞳を細め、ひどく真剣な、獲物を狙うような熱を帯びた視線で私を見つめ下ろす。
「これだけ帝国の膿を出し切り、私の国を豊かにしてくれたのだ。この借りは、必ず私の『すべて』をもって支払わせてもらうよ。逃がさないからな、私の可愛い財務卿」
(ほう! 圧倒的な業績アップに対する、社長直々のインセンティブ(特別報酬)の確約ですね! 私の『すべて』ということは、帝国の全権に等しい絶大な裁量権を与えてくれるという意味でしょうか! これは経営者として血が騒ぎます!)
陛下の重すぎる独占欲と愛情表現(プロポーズの予告)を、私は見事に「破格のストックオプション(自社株買い)の提案」へと脳内変換していた。
「ええ、期待しております、陛下! 私は利益のある提案から逃げるような真似は絶対にいたしませんから!」
私が最高の営業スマイルで胸を張って答えると、レオンハルト陛下は一瞬だけ呆気に取られた後、たまらないといった様子で私の額にコツンと自分の額をすり寄せてきた。
「……言質は取ったぞ。後で泣いて逃げ出そうとしても、絶対に許さないからな」
執務室に甘く危険な空気が漂う中、気絶から目を覚ました貴族たちが「皇帝陛下が氷の令嬢に完全に骨抜きにされている……っ! この帝国に、もう我々の居場所はない!」と絶望の涙を流していることなど、数字の鬼である私には知る由もなかった。
こうして、帝国内部の『不採算部門(腐敗貴族)』のリストラは、わずか数日で完了。
国庫には莫大な没収資産が流れ込み、アウグスト帝国の財政はかつてないほどの超・黒字化へと突入していくのであった。
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次回お楽しみに。




