第11話『不採算部門(腐敗貴族)のリストラを開始します』
ちょい長めです
アウグスト帝国は、圧倒的な実力主義を掲げる超大国である。
しかし、どれほど巨大で優良な企業(国家)であっても、組織が大きくなれば必ず「淀み」は生まれる。
「……なるほど。見事なまでの粉飾決算ですね。旧態依然とした手口ですが、監査の目を誤魔化すための帳簿の二重化プロセスだけは評価してあげましょう」
帝国財務卿の執務室。
私はうず高く積まれた過去十年分の『地方関税報告書』を前に、冷たい笑みを浮かべていた。
先日、ルカ殿下のインフラ整備事業によって物流コストが大幅に削減されたにも関わらず、西部関税区からの税収が私の計算と大きく乖離していたのだ。
不審に思った私が、セバスと監査局の精鋭を動員して内偵を進めた結果、一つの巨大な「不正の温床」が浮かび上がった。
「セバス。西部関税区を統括しているのは、ボルマン伯爵でしたね?」
「はい、お嬢様。建国以前から続く名門貴族であり、保守派の重鎮の一人です。……以前から黒い噂は絶えませんでしたが、帝国軍部にも顔が利くため、歴代の財務官僚も手出しができなかった厄介な御仁でございます」
「手出しができない? 呆れた怠慢ですね。会社に寄生して利益をチューチュー吸い取るだけのダニを放置するなど、経営者に対する背信行為です」
私はバインダーに証拠書類を挟み込み、立ち上がった。
「有能な経営者の仕事は、新しい利益を生み出すことだけではありません。会社の屋台骨を腐らせる『不採算部門』を、物理的かつ徹底的にリストラすることです。……さあ、大掃除を始めましょう。ボルマン伯爵を第一会議室へ」
◇◇◇
帝城の一角にある、重厚な大理石で囲まれた第一会議室。
そこには、たっぷりと脂肪を蓄え、高価な宝石をこれでもかと身につけた中年の貴族——ボルマン伯爵が、不機嫌そうに葉巻を吹かして座っていた。その後ろには、威圧感を放つ数名の私兵が控えている。
「ふん。わざわざ辺境から呼び出してみれば……帝国財務卿というのは、小国から逃げてきた小娘だったな。女の細腕で帝国の金庫番とは、レオンハルト陛下もご冗談がお好きだ」
私が会議室に入るなり、ボルマン伯爵は鼻で笑い、あからさまな侮蔑の視線を向けてきた。
同席している若手の財務官僚たちが、伯爵の威圧感に飲まれて青ざめている。
「ご足労いただき感謝します、ボルマン伯爵」
私は彼の挑発など一切意に介さず、正面の席に腰を下ろした。そして、ドンッ! と分厚い書類の束を机の中央に叩きつけた。
「単刀直入に申し上げます。貴方が管理する西部関税区において、過去七年間にわたり総額で金貨五百万枚に上る『使途不明金』が計上されています。これについての合理的な説明を求めます」
「……何?」
ボルマン伯爵の眉がピクリと動いた。
しかし、彼はすぐに余裕の笑みを取り繕い、葉巻の煙を私に向けて吐き出した。
「使途不明金だと? 勘違いするな、小娘。西部は蛮族の領地に隣接しているのだ。防衛のための工作資金や、現地部族との『交際費』など、表の帳簿に出せない金などいくらでもある。政治というものを知らない小国出身者には分からんだろうがな」
「交際費、ですか」
私は手元の計算機(魔導具)を一度だけカチャリと鳴らした。
「企業の交際費として認められるのは、規定により粗利益の五パーセントまでです。貴方の領地の支出は、税収の実に四十パーセントを超えています。さらに——」
私は書類を一枚めくり、その数字を冷徹な声で読み上げた。
「ダミー会社『黒羊商会』を通じた、軍需物資の架空発注。関税逃れのための、密輸船団からの賄賂の受領記録。そして極めつけは、帝国の国営鉱山から採掘された魔石の横流し。これらすべての資金が、最終的に貴方の個人口座である『南諸島銀行』へ還流している証拠を、すでに完全に押さえています」
「なっ……!?」
ボルマン伯爵の顔から、一瞬にして血の気が引いた。
彼の葉巻が、ポトリと机の上に落ちて焦げ跡を作る。
「き、貴様……っ! でたらめだ! 捏造だ! どこからそんないい加減な情報を……!」
「数字は嘘をつきませんよ、伯爵。横流しされた魔石のシリアルナンバーと、貴方の口座の入金履歴は一秒の狂いもなく一致しています。言い逃れは不可能です」
私は氷のような視線で、狼狽える汚職貴族を見据えた。
「ボルマン伯爵。貴方の行いは、帝国に対する明確な横領(コンプライアンス違反)です。よって本日この時をもって、貴方を西部関税区の統括職から解任します。同時に、過去の横領分に法定利息十パーセントを上乗せした金貨五百五十万枚の返還、および貴方の全資産の差し押さえを通達します」
「ふ、ふざけるなぁぁっ!!」
窮地に陥ったボルマン伯爵が、ついに本性を現して机をバンッと叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
彼の背後に控えていた私兵たちが、一斉に剣の柄に手をかける。チャキッという冷たい金属音が会議室に響き、若手の官僚たちが悲鳴を上げた。
「たかが小娘が、調子に乗るなよ! 私は建国以来の功臣たるボルマン家の当主だぞ! 軍部にも息のかかった将軍はいくらでもいる! お前のような得体の知れない女一人、闇に葬ることなど造作もないのだ!」
伯爵の顔は怒りと焦りで真っ赤に染まり、その目は殺意に満ちていた。
武力による恫喝。論理で勝てなくなった無能が最後に行き着く、最も見苦しい手段だ。
私は全く動じることなく、ただため息をついた。
「横領の事実に加えて、帝国役員への脅迫、および会議室内での抜刀未遂。……これ以上の対話は『コストの無駄』ですね。セキュリティを呼びましょう」
「黙れ! やれ、この小娘の首を刎ねろ! 後始末はどうとでもなる!」
伯爵の命令を受け、私兵の一人が刃を抜き放ち、私に向かって飛びかかってきた。
その瞬間だった。
——ピキッ……!!
会議室の空気が、文字通り「凍結」した。
私兵の動きが完全に止まる。いや、止まったのではない。彼らの足元から全身に向けて、一瞬にして分厚い氷柱が立ち上り、彼らを氷の彫像へと変えてしまったのだ。
「な、なんだと……っ!?」
ボルマン伯爵が腰を抜かし、尻餅をつく。
「随分と威勢がいいな、ボルマン。我が帝国の心臓に向かって刃を向けるとは、一族もろとも九族皆殺しにされたいという嘆願書と受け取っていいのだな?」
開け放たれた会議室の扉の向こうから、地を這うような低く冷酷な声が響いた。
漆黒の軍服に身を包み、黄金の瞳に絶対零度の怒りを宿した皇帝・レオンハルト陛下が、ゆっくりと足を踏み入れてくる。
その背後には、完全武装した皇帝直属の暗部(近衛騎士)たちが、幽鬼のように音もなく付き従っていた。
「へ、陛下ァ……ッ!? なぜ、ここに……!」
「私の最愛の女性(財務卿)が、害虫駆除の作業をしていると聞いたからね。彼女の美しい手に、貴様のような汚物の血が跳ねては困る」
レオンハルト陛下はボルマン伯爵をゴミでも見るような目で見下ろすと、そのまま私の隣へと歩み寄り、私の肩を抱き寄せるようにして立った。
そして、獲物を狙う猛禽類のような凄惨な笑みを浮かべる。
「エルゼ。こいつの処分はどうする? 君が望むなら、今すぐここで首を刎ねて、領地に首を送り届けてやってもいいが?」
「ひぃぃぃっ!!」
最高権力者からの直接の死刑宣告に、伯爵が床に黄色い染みを作りながら這いずって逃げようとする。
しかし、私は陛下の提案を即座に却下した。
「それは困ります、陛下。彼を殺してしまっては、横領された金貨五百五十万枚の回収が困難になります。死人に労働はできませんから」
「……ほう?」
「彼の全財産を没収した上で、帝国の最北端にある魔石鉱山へ『終身労働者』として出向させましょう。彼の脂肪の厚さなら、過酷な寒冷地でも五十年は働き続けられるはずです。利息分までしっかりと体を張って返済していただきます」
私の極めて合理的な(そしてある意味では死よりも恐ろしい)提案に、会議室にいた若手官僚たちがゴクリと息を呑んだ。
レオンハルト陛下は、一瞬だけ目を丸くした後、たまらないといった様子で喉の奥で笑い声を立てた。
「くっ……ははははっ! さすがは私のエルゼだ! 私よりも遥かに無慈悲で、徹底している! ああ、君という女は本当に、どこまで私を惚れさせれば気が済むんだ!」
レオンハルト陛下は私の肩を強く抱き寄せ、私のこめかみに熱いキスを落とした。
周囲の視線など全く気にする様子もなく、ただ強烈な独占欲と愛情を隠そうともしない。
(なるほど。横領犯への見せしめとして、社長自らが私への『強固なバックアップ(信頼)』をアピールしてくださっているのですね! なんという完璧なトップダウンの危機管理! これなら他の貴族たちも、私への業務妨害を諦めるでしょう!)
私は陛下の行動を完璧な「ビジネス的サポート」と解釈し、深く頷いた。
「手厚いフォロー(執行権限の行使)、感謝いたします、レオンハルト社長……いえ、陛下。これでスムーズに資産の差し押さえに移行できます」
「……ああ、君のそういうブレないところが、本当に愛おしいよ」
陛下は少しだけ呆れたように笑いながらも、私を抱き寄せる力を強めた。
「連れて行け。エルゼの計算書通り、利息の一枚まで鉱山で掘り出させるんだ。もし死んだら、死体から魔石を精製してでも回収しろ」
「ははっ!!」
暗部たちが絶望の叫びを上げるボルマン伯爵を引きずって退室していく。
こうして、帝国の屋台骨を腐らせていた巨大な「不採算部門」は、私の数字と陛下の権力によって、たったの十分で完璧にリストラ(物理)されたのであった。
「さあ、エルゼ。害虫駆除も終わったことだし、少し休憩にしないか? 君に飲ませようと、極上の茶葉を淹れて——」
「お気遣いありがとうございます、陛下。ですが、まだまだリストラの対象リストは山積みです。次は東部管轄区の横領貴族の監査に移りますので、引き続き『執行のバックアップ』をお願いできますね?」
私が新たな書類の山をドンッと机に積むと、皇帝陛下は「……私の愛しい人は、本当に働き者だな」と苦笑いしながらも、嬉しそうに私の隣の席に腰を下ろすのだった。
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次回お楽しみに。




