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氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜  作者: ぱすた屋さん


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第9話『兄弟の暗闘〜夕食の席を巡る攻防〜』



 帝国の財務卿としての業務は多岐にわたる。

 本日は来月開催される建国祭の最終予算会議にはじまり、各ギルドとの折衝、さらには魔導インフラの運用実績の確認と、息をつく暇もない一日だった。


「……よし。本日のタスクはすべて完了、と。明日のスケジュールも完璧に組み上げました」


 窓の外を見ると、すでに帝都は美しい夜景へと姿を変えていた。

 時計の針は午後七時を回っている。有能な経営者たるもの、自身の健康管理も立派な業務の一つだ。糖分とタンパク質を適切に補給し、明日のパフォーマンスに備えなければならない。


「セバス、今日の夕食ですが——」


「エルゼ! お疲れ! 今日の仕事、終わったんだろ?」


 私が執務室を出ようと立ち上がった瞬間、バンッと勢いよく扉が開いた。

 そこに立っていたのは、第二皇子ルカ殿下だった。作業着ではなく、上質な生地で仕立てられたシックな夜会服ディナージャケットに身を包んでおり、いつもより少し大人びて見える。


「ルカ殿下。そのお召し物はどうされたのですか? 本日の土木作業は……」


「もちろん、定時前に完璧に終わらせてきた。ほら、これ!」


 ルカ殿下は得意げな笑みを浮かべ、一枚の高級そうな黒塗りのカードを私の目の前に提示した。


「帝都で今一番予約が取れないって噂の、海上レストラン『アクア・パレス』のVIPルームの予約札だ。お前、最近ずっと魚介類が食べたいって言ってただろ? だから、僕が現場の給料インセンティブを前借りして押さえておいたんだ。さあ、最高のディナーに行こうぜ!」


 黄金の瞳をキラキラと輝かせ、尻尾を振る大型犬のように私を誘ってくるルカ殿下。

 なんという手回しの良さだろう。上司の何気ない発言を記憶し、自らのリソース(給与)を投じて慰労の場をセッティングする。部下として百点満点、いや千点満点の気遣いだ。


「素晴らしい提案力です、殿下! 海上レストランの視察も兼ねて、ぜひご一緒させて——」


「——待ちなさい、ルカ。財務卿の貴重な退勤後の時間を、現場の担当者が勝手に押さえるのは感心しないな」


 私が頷きかけたその時、執務室の空気が一瞬にして凍りついた。

 廊下の暗がりから、音もなく姿を現したのは、皇帝レオンハルト陛下だった。


 漆黒に金の刺繍が施された豪奢な正装。手には、真紅の薔薇が一輪だけ添えられた銀の招待状が握られている。その圧倒的な覇気と大人の色香に、ルカ殿下がギリッと奥歯を噛み締めた。


「あ、兄上……! なんでこんな所にいるんだよ! エルゼは僕と夕食に行く約束を……っ」


「約束が成立する前だったはずだが? それに、ルカ。お前の選んだ店は確かに美味いが、警備の面で不安が残る。我が帝国の心臓たる彼女を、市井のレストランに連れ出すなどリスク管理が甘すぎる」


 レオンハルト陛下は弟を冷たく一蹴すると、私に向かって極上の微笑みを向けた。


「エルゼ。今夜は帝城の最上階、『星空の温室スターライト・ガーデン』を貸し切ってある。帝国最高の宮廷料理人たちに、君の故郷の味を再現したフルコースを用意させた。もちろん、警備は万全だ。……私と共に、優雅な晩餐を楽しんでくれないか?」


 流れるような手つきで銀の招待状を差し出してくるレオンハルト陛下。

 皇帝専用の絶対不可侵の空間に、最高峰の料理。これこそまさに、トップエグゼクティブによる絶対的な接待(慰留工作)である。


「なっ……! 兄上、狡いぞ! 皇帝の権限と財力をフル活用して、エルゼを独占しようとするなんて!」

 ルカ殿下が顔を真っ赤にして抗議する。


「狡いではない、『資本の有効活用』と呼べ。大人の余裕というやつだよ、ルカ。お前のような子供には、彼女をエスコートするにはまだ十年早い」


「ふざけるな! エルゼが食べたいのは魚だ! 宮廷料理なんて毎日食べてて飽きてるに決まってるだろ!」


「いいや、私の用意したフルコースこそが彼女の舌を満足させる。だいたいお前は……」


 最高権力者である皇帝と、最強の魔力を持つ第二皇子が、私のデスクの前でバチバチと火花を散らして睨み合っている。

 近衛騎士たちは「また始まった……」という顔で遠い目をし、セバスは静かに紅茶の茶葉を片付け始めていた。


 私はこの状況を、極めて冷静なビジネス的視点で俯瞰していた。


(ふむ。現場のエース(ルカ殿下)が企画した『慰労会』と、CEO(皇帝陛下)が主催する『VIP接待』。どちらも私という人材のモチベーションを上げるための素晴らしい社内福利厚生です。しかし、このままでは両者のメンツが潰れ、社内派閥に亀裂が入ってしまう……!)


 二つのディナーのどちらかを選ぶことは、経営戦略上、重大なリスクを伴う。

 ならば、答えは一つだ。


「お二人とも、そこまでになさってください!」


 私が凛とした声で制止すると、バチバチと睨み合っていた兄弟が同時にこちらを向いた。


「有能な経営者として、これ以上のリソース(時間)の無駄遣いは看過できません。夕食の席を巡る争いに対する、極めて合理的かつ生産的な解決策をご提案します」


「……解決策、だと?」

「エルゼ、どっちを選ぶんだ……?」


 二人が固唾を飲んで見守る中、私はビシッと人差し指を立てて宣言した。


「『合同エグゼクティブ・ディナー』の開催です! 場所はセキュリティと設備の整ったレオンハルト陛下の『星空の温室』を使用します。そして、そこへルカ殿下が予約した海上レストランのシェフと最高級の海鮮食材を丸ごと『出張ケータリング』させ、宮廷料理とフュージョン(融合)させます!」


「「…………は?」」


 兄弟の声が見事にハモった。

 私は構わず、手元の計算機(魔導具)を叩きながらプレゼンを続ける。


「このシナジー効果は絶大です。宮廷の洗練された技術と、最新鋭の海鮮料理の融合! しかも、帝国のトップであるお二人と私が同席することで、建設的な意見交換ブレインストーミングを行いながら食事をとることができます。まさに一石三鳥の完璧なディナープランです! セバス、直ちに海上レストランへ連絡し、厨房ごと買い取って——いや、出張費を上乗せして手配しなさい!」


「かしこまりました、お嬢様。ただちに」

 セバスが完璧な一礼をして、疾風のように執務室を出ていく。


 残された皇帝と皇子は、あまりの斜め上の提案(暴力的なまでの合理性)に、口をポカンと開けて固まっていた。


「……エルゼ。君は、私と二人きりでのロマンチックな晩餐よりも、むさ苦しい弟を交えた『合同ディナー』を選ぶというのか?」

 レオンハルト陛下が、額を押さえながら深い深いため息をつく。


「お前さぁ……せっかくの僕からのデートの誘いを、なんで会社の親睦会(飲み会)みたいに変換しちゃうわけ……?」

 ルカ殿下も、ガックリと肩を落として床を見つめた。


「親睦会? いいえ、これは立派な『チームビルディング』の一環です。さあ、冷めないうちに温室へ移動しましょう!」


 ◇◇◇


 一時間後。

 帝城最上階に位置する、ガラス張りの美しい『星空の温室』。

 満天の星空の下、色とりどりの夜咲きの花々が甘い香りを漂わせるという、本来ならば帝国で最もロマンチックなその空間のど真ん中に、巨大な円卓がポツンと置かれていた。


「さあ、エルゼ。この『幻の赤牛』のロースト、私が直々に切り分けてやろう。君の働きに相応しい、極上の部位だ」


 レオンハルト陛下が優雅な手つきでナイフを入れ、私の皿に滴るような肉を乗せてくれる。


「兄上、エルゼは魚が食べたかったんだよ! ほらエルゼ、この『氷海王ガニ』の爪、僕が風魔法で完璧に殻を剥いでおいたから! あーんしてやる!」


 ルカ殿下が負けじと、美しく剥かれた巨大なカニの身を私の口元に突き出してくる。


「ありがとうございます、陛下、殿下。肉のタンパク質とカニのアミノ酸……素晴らしい栄養バランスです。もぐもぐ……うん、最高に美味しいです!」


 私は最高権力者二人に両脇から甲斐甲斐しく(バチバチに威嚇し合いながら)世話を焼かれながら、至福の表情で高級食材を次々と胃袋に収めていった。


(ああ……皇帝陛下自らが肉を取り分け、天才皇子がカニの殻を剥いてくれるなんて。なんという手厚い社員サービス! アウグスト帝国の福利厚生は、やはり世界一ですね!)


 兄弟のドロドロの独占欲とマウントの取り合いなど微塵も察知することなく、私はひたすら料理の原価と、そこから得られる栄養的メリットを計算し続けていた。


「……ルカ。お前のカニの殻剥き魔法、少し雑じゃないか? エルゼの口を汚しているぞ。私が拭ってやろう」

「触るな兄上! 僕が拭くから! エルゼ、こっち向いて!」


 左右から伸びてくる手とナプキン。

 有能な経営者の夜は、過剰なまでの投資(愛)を処理するのに大忙しであった。


 ——一方その頃、祖国では。

「……おい。なぜ城の魔導灯が一つも点かないんだ。夕食はどうなっている……?」

「で、殿下! 厨房の魔導コンロの火も消えておりまして……本日の夕食は、冷えた固パンと塩水のみでございます……っ!」

「な、なんだとぉぉぉっ!?」


 光を失い、冷え切った暗い城の中で、元婚約者のアルフォンスが絶望の叫び声を上げていた。

 彼らが、自らが捨てた「有能な経営者(元婚約者)」の価値に気づくのは、もう目前に迫っていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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次回お楽しみに。

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