3-4 ヒアの異変
【カイル】
──────────
アメリアの狩りが終わり、僕たちはギルドマスター室に戻ってきていた。
エルはまだ夢の中だ。
どこを探しても布団がないので、ソファーに寝かせた。
座る場所がなくなったので、僕は立っていた。
すると、アメリアが「師匠、この椅子に座って下さい」と、エルが座っていた椅子を勧めてくる。
少し偉そうな椅子だ。
断る理由もないので座ったが——
なんだか、妙に目立って落ち着かない時間が過ぎていた。
——
トントン
二度目かな。
入って来るのは一人だけなのでどうにか耐えられる。が、同じ人なら来ないはず、一回目の人、伝えておいてよ。
「失礼します」
ガチャ
多分、口数少ないから返事聞く前に入るんだろうね。
二回とも同じだし、エルの普段がわかるよ。
「マスター、お話が。こないだ……の……?」
僕はビクつくより堂々と返事をした方がすぐ帰ると一度目で気がついた。
「やぁ」
どうだ?
お姉さんは僕を見てビックリして、すぐに出て行った。
「失礼しました」
…………
おっしぁぁぁぁあ!
ほら、勝ったよ。
ドキドキが止まらないけど、この戦いを乗り越えた。
「師匠のそのお姿、お似合いです」
アメリアさん……秘書ですか?
僕の隣で出来る人アピール。
師匠呼びする様になってから性格変わった?
コミュ症が治ったのは良かったけど、変な方向行ってない?
僕にギルドなんて任せたら閉鎖だよ。即閉鎖!
こんな状況が続く、平和な空間で寝ている一人と一匹。
「ぐがぁー」
「くー」
ステレオで響く寝息。
エルの可愛らしい寝息に対して、ヒアの方は——
おっさんかよ!
横の弟子でさえ引いてるくらいだし。
エルが起きるまで暇なので。
僕の頭の上でおっさんな『ヒア』について考える。
ヒアの燃費は本当におかしい、今では食べるか寝てるでほぼ行動がない。
出会ってまだ数日だが、すでに悪化している恐れもある。
一度、おかしいから状態を見たら『◆◇■□』と、文字化けがあった。
これは……よくある現象だ。
世界の管理では珍しくない。
だから気にしなかったんだけど——
(待てよ。僕たちはこの世界の不純物だ)
もしかして、これが原因?
僕の頭の上から寝てるヒアを取り出して、机の上に置く。
そっと寝ているヒアに触る。
「師匠。どうしたんですか?」
「しー」と指一本立て合図した。
気になると、解析したくなる『元社畜』
文字化けなんて管理中どのくらい直したと思っているんだ。
集中すると、昔の記憶が蘇る。
逃げ出した先で、またあの時と同じことをするなんて。 僕の意気込みは、すぐに消えそうになる。
くそ……ここまで昔の記憶が強敵だと思わなかった。
だが、このままだと、ヒアも危ないかも知れない。頑張らないと。
「師匠……」
アメリアが心配して、僕の手にそっと両手を添えてくれた。
ほんと、良い子だね。
「ありがとう……」
よし、頑張ろう。
『デフラグ』の開始だ。
——複雑に絡まり合った糸の集合体。
それを、一本一本解いては真っ直ぐに整えていく。
絡まったらやり直し。
気が遠くなるような道のりを、一歩一歩、等価な根気で進む。
(まだまだ……)
解れてきても焦らず、遠回りでも着実に。
(もう少し……!)
すると、ぐちゃぐちゃだった光の塊が、見える形で綺麗に整ってきた。
「ふぅ、これでよし」
途中で分かった。
これはバグではなく、悪意を持って仕込まれた『ウイルス』だ。
つまり——意図的な汚染。
文字化けが消え、修復された文字列には——
『ロイ様のカメラ』
……は?
「ふざけてる。僕だって、こんな趣味の悪いことはやらないよ」
監視?
最上神様が作った小妖精にこんな物仕込んで、気付かれないわけないと思うんだけど……なんでだ?
脱線——今はヒアだ。
「ふぅ」
今度はウイルスを取ってあげないとね。
アメリアを見ると何も言わずに見守ってくれている。
「アメリア、ありがとね。詳細は言えないけど心強いよ」
分からない事だらけだと思うのに、真剣な表情で頷いてくれた。
さて、弟子の思いを糧に今度は『ウイルス除去』だ。
僕たち神の従者は『デバッグ』は得意分野で細かい事は強制的にやるしかない。
しかし『ウイルス』は管理世界にはほぼない、僕は少なくとも知らない。
他からの侵入がないからだ。
ロイと言う管理者は意図的に作ったんだ。
理の裏を突いて。
(僕に見破られて残念でした)
反撃開始だ。
さて、ヒアのデータを読み出す。
触れた瞬間、分かりやすいくらいに僕に侵入しようとして来るウイルスを一部取り込む。
(解析……なるほどね。
ウイルスってこうなってるのか)
先ずは取り込んだウイルスを除去する。
(気持ち悪っ……ヘドロがくっ付いたみたいだ。
これは、触りたくないや)
間接的に変更。
浄化プログラムを組み立てる。
(さて、消えるかな?)
僕の中に張り付いた黒いヘドロがみるみる取れて綺麗になって行く。
(完璧だね。思ったより簡単だった)
これを、そのままヒアの内部に流す。
(こんなに汚れていたのか、遅くなってごめんね)
ベタベタな油が取れて来た。
真っ白い器が見えて来る。
終わりが見えたその時。
除去されたはずの悪意が、最後の断末魔のように僕の片目の視界を焼いた。
「——熱っ!?」
急に僕の目から溢れる流血にアメリアが叫ぶ。
「カ、カイル様!!!」
油断した。
くそ、また……心配かけちゃった。
「大丈夫だよ」
(……頭くるね。
カウンター……こんな事も出来るんだ。
でも、もう終わりだ。それに良い事、思いついた)
残った目で見てみると、あれだけ汚れていたヒアの内部は完全に綺麗になっていた。
(ここまで、好き勝手やって。
何の罰もなく逃げられると思わないでね)
二度と同じ事が起こらない様に『ファイアーウォール』を仕込む。
この辺りは多重結界の応用なので、僕の得意分野だし結構簡単だった。
今後、直接ヒアに触らない限りはもう大丈夫だろう。
(ロイの奴……僕にカウンター・プログラムを見せたのは間違いだったよ)
そして、本命を仕込む……神の世界でどうなるか。
僕には知る術はないけど。
次、覗いた時が楽しみだ。
「——はぁ、終わった」
気づいたら、僕の左目を必死に押さえてるアメリアがいた。
「これは、名誉の負傷だよ。痛くない、少し時間は掛かるけど治るよ」
あー、なんで僕はすぐに泣かせちゃうんだろう。
アメリアの涙を見ると、胸が苦しい。
あれ?
……おかしい。
視界が、ぼやける。
だめ……
「ごめ……すこし……」
全身から力が抜けていく。
意識が——
遠のいて——
ドサッ
【アメリア】
──────────
カイル様の目から急に血が溢れ出して、わたしは呼び方も忘れて叫んだ。
「なんで、カイル様。何もしないのですか?」
反応がない、ずっとヒアちゃんに手を乗せたまま何かをしているのはわかる。
きっと大切な事だと思って見守っていたのに……少しは強くなったと思っていた。
でも、こう言う時どうしたら良いのだろう。
必死で目から流れて来る血を、服を千切って押さえつけた。
また、涙が出て来る。
「はぁ、終わった」
終わった?良かった。
これで休んでもらえる。
安心したその時。
「ごめ……」
え?
「すこし……」
糸が切れた人形のように椅子からずり落ちて倒れた。
ドサッ
「カイル様ーーーっ!?」
わたしはこの状況に、駆け寄る事も出来ず叫ぶしかなかった。
「うるさい」
その時、横からエルの声がした。
(起きた)
もう居ても立っても居られなくて寝起きのエルにまくし立てた。
「カイル様がカイル様が、大変なんです」
力の限りエルを揺らす。
「寝起き。何する」
パチンッ
音と共に両頬に衝撃が走って我に帰る。
「痛いです……」
眠そうな顔のエルは、起きてカイル様を見る。
「大丈夫。寝かせて」
大丈夫?ほんと?慌てて駆け寄ってカイル様をエルが寝ていたソファーに寝かせる。
「よい……え?軽い」
布団を持った時みたいに、カイル様は軽かった。
「何が?」
いつの間にか椅子に座っているエル。
軽さ……じゃない。
何があったのか?ね。
わたしは、知っている範囲で説明した。
——
「この子?ふーん」
エルは机の上で寝ているヒアちゃんをツンツンしだす。するとヒアちゃんが起き出した。
「くすぐったい、ひゃ。何するの!」
飛び出すヒアちゃん、急に部屋がうるさくなる。
「気持ちよく寝てたのに、何で起こすのコノヤロー」
ポコポコポコ
エルにパンチしだすヒアちゃん。
なんか、いつもより元気だ。気のせい?
「ここ、叩いて」
エルが肩を出して要求した所をヒアちゃんは律儀に叩き出す。
「この!この!」
「気持ちいい」
満足なようだ。
それでいいのだろうか。
はっ、こんな場合じゃない。
ヒアちゃんなら何かわかるかも。
「ヒアちゃん、カイル様が倒れたの。何故だかわかる?」
ピタっと止まりカイル様の所に向かうヒアちゃん。
「残念」
エルは置いておこう。
カイル様の周りを飛んで頭に乗る。
難しい顔をしてる……何か分かったのだろうか?
「血がでてるよ?どうして?」
そうね。心配ですよね。
でも、そこじゃないの。
「それも、心配だけど。何か思い当たる事ない?」
私の質問の意図を考えてるけど、これは期待出来なそうと諦めた。
「なんか、身体が凄い楽。寝て起きたからかな?」
それは良かったけど、カイル様の事を聞きたかった。
「それ」
エルから声がした。
それ?関係あるの?
「治した」
エルがにっこりと親指を立てた。
なるほど……カイル様はヒアちゃんを治すために、全力を使い果たして倒れたのですね。
「はぁぁぁ……本当に良かった。」
安心したら、わたしも眠くなってきちゃった。
「あの、今日はここで寝て良いですか?」
エルは考えもせずに答えてくれた。
「おやすみ」
わたしはカイル様の寝ているソファーの下に座り眠りに落ちた。
「おやすみなさい」
(……カイル様)
【エルトゥア】
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不思議な空間。
いつも私は一人きりなのに。
起きたら私を簡単に倒したカイルが顔面血だらけで倒れていて、姫が取り乱して、妖精が寝ていた。
私は見てはいないけれど、その全てを見ていた精霊が教えてくれた。
それでも、よく分からない部分はあったけれど、姫の一番の懸念は大丈夫よ。
今日は特別。
椅子に座りながら私も眠りにつく事ができなかった。
「ねぇねぇ、何でみんな寝ちゃったの!」
(私の耳を引っ張るな!)
こんなにうるさい妖精は初めてだ。
でも、不思議ね。
私に触っても精霊がざわつかない。
悪意がないのね……
耳が痛くなる。
……イラッ
「寝なさい」
私は精霊に無理やり頼んで妖精を強制的に眠らせた。
「え?起きたばかりだよ!まだね……な……」
力を失って落ちて来る、妖精を掌で受け止める。
パサッ
(おやすみ)
カイルの様に効果がない恐れもあったけど、良かった。
扉に『入るな』を付けて。
さて、寝よう。
私も精霊を使い過ぎた。
まだ眠い。
……
こちらがカイルの本当の戦い!
評価など頂けたら喜びます。




