プロローグ
「カイル様!」
ドンッ
——扉が開かれる。
今日も僕を強制的に起こしに来る、目覚まし野郎がやって来た。
無理だ。眠い。
起きたくない。
出ていってほしい。
この布団だけが、僕の最後の良心だ。
これを奪う行為は、いかなる理由があろうと許されない。
——おやすみなさい。
布団をかぶる。
ガバッ
即座に剥がされた。
光がまぶたに突き刺さる。
「カイル様! 朝ですよ。起きてください」
朝って……この世界に時間の概念なんてあったか?
毎回毎回、うっとおしい。
……母親か!
「朝ごはんもできてますよー! 冷めちゃいますよー!」
耳元で大音量。
お腹空かないし。
この世界に食べ物ないだろ。
……どこで覚えてきたんだ。
イライラが募る。
完全に眠気が吹き飛んだ。
諦めて体を起こして僕は叫ぶ。
「小妖精! 毎日あの手この手で起こしやがって!
娯楽のないここでの唯一の楽しみに、僕を使うな!」
当てる気満々で手を振り回すが——
全然、当たらない。
「おっはよー! さぁ今日のお仕事してください!
私は最上神様に、起きたことを伝えてきますね!」
完全に無視して、羽虫は飛び去っていった。
このやり取りを、毎日だ。
手を変え品を変え、延々と。
……仏の顔も三度?
何百度までだ。
ブラック労働に耐え抜いてきた僕の忍耐も、そろそろ限界だった。
僕の名はカイル。
この『神の塔』最上階で、世界の管理という大層な仕事を、気の遠くなるほど続けている。
ここは最悪だ。
腹も減らない。
疲れない。
死なない。
つまり——
永遠に働ける職場ということだ。
やることは世界の管理。
僕の仕事は無数に存在する世界の一つを、映像越しに監視する。
最初は楽しかった。
ゲームみたいだと思ったし、やりがいもあった。
だが、終わりがない。
延々と同じ作業。
変わらない景色。
気づけば、休むという概念そのものが消えていた。
……正直に言おう。
飽きた。
だから僕は、切実に願った。
寝たい。
かすかに残る記憶の中の、あの至福。
布団に身を沈め、意識を手放す行為。
方法を探した。
——そして気づいた。
眠れない。
どんな手を使っても、意識だけが冴え続ける。
後で知ったが、どうやら『眠る』という行為は、この世界では許可されていないらしい。
僕たち『神の従者』には、強制的にギフトが与えられる。
破格の力。
神へと押し上げるための力。
だが、ここでは意味がなかった。
何でもできるが、何にもできない。
やることは管理だけだから。
それでも僕は働いた。
真面目だからだ。
……結局、真面目なんだよな。
だが、心が先に限界を迎えた。
僕は仕事の合間、すべてを『寝る方法』に注ぎ込んだ。
そして——突破した。
理由は分からない。
だが確かに、眠気が訪れた。
僕は即座に寝た。
人生で一番、深く、幸せな眠りだった。
このまま目覚めなくてもいいと、本気で思った。
だが——
バレた。
最上神様は、すべてお見通しだった。
存在を隠しても、意味はなかった。
すぐに羽虫が起こしに来た。
僕は直訴した。
いつも鬱陶しい羽虫が引くくらい土下座して、頭を何度も地面に打ちつけた。
「お願いします。少しだけでいいんです。寝かせてください!」
地面が抉れ始めた、その時。
「小妖精がお越しに行くまでなら許そう」
通った!
調子に乗った僕は、ついでに色々頼んだ。
溜まりに溜まった鬱憤をぶつけるように。
結果——罰を受けたね。
正直、仕事より楽だった。
それよりも、見物に来る羽虫が増えた事の方が罰より辛かった。
それでも、まぁ寝られるだけで十分だった。
だが——
堕落を知ってしまった神は、もう戻れない。
僕は考えた。
寝る間も惜しんで。
ここから脱出する方法を。
今日、本当に寝ていたのは——
その目処が立ったからだ。
最上階を見渡す。
今までの思い出が蘇る。
……ブラックだった。
未練は微塵もない。
さよなら、過去の僕。
最上神様、不出来な従者でごめんなさい。
「お世話になりました。」
深々と一礼。
さぁ、行こう。
僕は逃げる様に思いきり走り出し——
つまずいた。
ゴロゴロゴロゴロ。
ドスンッ。
──────────
こうしてカイルの逃亡劇は幕を開けた。
これは、最強の力を持ちながら、
ただ安眠と平穏を求めて逃げ続ける神様の、
勘違いの物語である。
はじめまして。片白と申します。
プロローグを読んでいただき、誠にありがとうございます。
限界社蓄だった神様が、安眠を求めて異世界へ逃亡するお話です。本人は必死に逃げているだけなのですが、なぜか周囲には「凄まじい大物」に見えてしまう……そんな温度差を楽しんでいただければ幸いです。
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