45.大切なもの、温かいもの
外﨑が提案書に認めたのは、シアワセファクトリーに於ける新しい役職名である。
・総理大臣:井澤誠太郎
・官房長官:浜波しず香
・スポーツ担当大臣:間野佳奈美
・パリピ担当大臣:野上凜華
・オタク担当大臣:大園大悟
・ノリノリ担当大臣:琴平正平
・エモい担当大臣:外﨑実夫
社長は別格、そしてヒラがいないところがポイントである。
「大臣制とはねー、おもしろい! でもこれ、あくまで社内の呼称ですよね」
「いや、ウチみたいな会社なら、こういう名刺持たすのも、おもしろいじゃないですか。普通のも作っておいて、どっちを使うかは臨機応変ってことで」
「なるほど。まぁ最近は名刺交換しないことも多いですから、トライしてみる価値はあるかもしれませんね……。しかしパリピとか、外﨑さんよくご存じですね」
「そこは調べましたよ。エモいなんてのも最初は知らなくて、誠太郎にバカにされましたから」
「はは、そうですよね。わたしも常にアップデートしていかないと付いていけません。……あ、そうそう、この官房長官ですが」
シズ姫か。やはり派遣社員が大臣より上、というのはマズかったか。
「浜波さんは、うちで引き抜こうと思ってるんです」
「え! 身請けするんですか」
「外﨑さん古すぎる。遊女や芸妓じゃないんですから。ん~でも、そうかぁ、派遣会社に解決金を払うっていうことは、うん、そういう意味では確かに、身請けに近いのかなー」
「彼女、優秀ですもんね」
ちらっと社長を見たら、微妙に視線を外した。
どうも、引き抜きの理由は、優秀だけではなさそうだ。その証拠に、社長は、急に話を変えてきた。
「じゃあ担当はまあ、これで試してみるとして、業務管理全般はどうします。前に話したとき確か、報告書が滅茶苦茶だって仰ってましたが」
「はい、あのときは、社長にタスク管理アプリの導入を提案していただきましたが、そのですね、シズ姫、いや浜波官房長官に聞いたところ、マイクロソフトやグーグルが公開している業務管理アプリでけっこう使えるのがあるようなんですよ。大企業でもけっこう導入していてチャット機能もあるんで、あれを公式アプリにすれば、ラインなんて危ないのを使わなくても情報共有できますし、プロジェクトの進捗管理もできるんじゃないかと思います。安いですし」
「さっそく浜波官房長官の本領発揮ですね」
ついでだ。あれも頼んでおこう。
「……ということで、業務改革特命課長の任務はこれで終了、ということでよろしい、ですよね」
「だめですよ外﨑さん」
ダメか。
「安全なアプリを使った、新しい業務管理が軌道に乗るまでは継続してお願いします」
「わかりました。じゃあ、そっちは浜波官房長官に手伝ってもらうことにして、あとは、この線でみんなに報告していいですか」
「みんなはまだ知らないんですね」
「ええ、誠太郎にはちょろっと話しました。マジかって顔してましたが」
「マジかって……、外﨑さんも言うようになりましたね」
ヤバい、連中の文化に毒されつつあるかもしれない。
「まあ、いつも一緒にいますんで、どうしても」
「じゃあさっそくですが今日の夕方、みんなをここに集めてください。発表は外﨑さんにお任せしますが、わたしも同席します。そうしないとこれ、冗談だと思っちゃうでしょう」
社長はもう一度A4のプリントを見て、改めて笑った。
今日は珍しく全員オフィスにいる。
……あいつら、担当大臣制度を見て笑うだろうか。それともパリピとかオタクとか言われて怒るだろうか……。まあ、もしそうなったら意見を聞いてやればいい。こっちは大まじめだし、敬意を込めての命名だ。
☆
十六時四十分という中途半端な時間を設定したのは、佳奈美が十七時退社だからだ。集まってもらう目的については業務改革関連、とだけ伝えてある。
開始時刻。
外﨑は、社長室の前に立った。
前回、沈黙で迎えられたのとは異なり、室内からは賑やかな声が漏れている。
若者ことばと、仕事関連でのライン使用を厳禁にしてメンバーから顰蹙を買ったのはついこの間のことだ。しかしその結果、却って情報が共有されることになり、チームとして、仕事を成功に導く体験を味わうことができた。
仕事を通じて、メンバーはお互いを少しだけ深く知ることができ、何より外崎自身が若い世代に抱いていた偏見を払拭することができた。今では、尊敬すらしている。
あと何年、この会社で働けるだろうか。
あと何年、この若いチームと一緒にいられるだろうか。
外﨑は、ようやく見つけた身の置き場の大切さと、責任に根差した充実感を胸に、社長室のドアを開けた。
「トノさん遅い! 自分で集めといて」
「佳奈美さん帰っちゃうでしょうが」
「もう変な決め事は勘弁してくださいね、ヤですよー」
一斉に降りかかってきた手荒いことば。以前なら敬語とか正しい日本語とかにこだわって苛ついていたかもしれない。
でも今は違う。
これは何にも代えがたいものなのだと、今ではわかる。この、手荒いことばには体温があるのだ。
外﨑は、すべてのことばを、心をを開いて受け止めた。
それは実際、温かかった。
《了》
【参考文献】
■ 映画編集の教科書プロが教えるポストプロダクション
(衣笠竜屯/監修 -- メイツユニバーサルコンテンツ )
■ 映画制作の教科書プロが教える60のコツ
(衣笠竜屯/監修 -- メイツユニバーサルコンテンツ)
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
m(__)m
みんなの近況をちょっとばかし。
生徒会長の若水彩菜ちゃんですが、高三の夏休みのあと、ニュージャージーに住んでいる叔父さんを頼って、向こうの高校のシニアクラス(四年生)に編入することを決意したみたいです。
たぶん、そのまま向こうの大学を目指すことになるんじゃないかな。元々TOEICの点数は高かったみたいですし、何より、自由が欲しかったんでしょう。……なんか、わかる気がします。
トノさんは、エモイ関連の案件が意外に多くて、当分、引退なんて言い出せそうにありません。今は、昭和をテーマにしたアミューズメントパークの企画に参加しています。クライアントはパチンコ会社なんですが、昭和のパチンコをリアルに知っている人は、今や貴重ですから。で、トノさん、巧いんですよ手打ちのパチンコが。もうプロ級!
シズ姫は、正式にシアワセファクトリーの社員になりました。そして官房長官、兼社長秘書に就任し、今は来期の新卒採用の仕事で張り切っています。人生、変われば変わるもんですねー。
ちなみに社長との親密度は増すばかりで、このまま、そういうことになりそうな気配。
(´艸`*)♡
佳奈美は、そう遠くない将来、辞めることになると思います。
母校 (高校) から、部活動 (もちろんバレー) の顧問になって欲しいという依頼がきているみたいで、本人も身体を動かし始めました。まあ、あれだけの選手ですから周りが放っておかないですよね。お子さんが小さいので悩んでたみたいですが、母校だと実家が近いですから。それが転身を決めるきっかけになったみたいです。
セイさんは相変わらずの真面目青年。心労が心配です。あと身体も。何時間会社にいるんだろう。
アニメオタクというイメージが強かった大悟ですが、彼は意外にグルメで、それもB級のに詳しいことが判明しまして、活躍の場が広がりそうです。
あと、大悟は、トノさんと一緒に仕事をする機会が増えました。エモいとオタクは、案外、親和性が高いのかもしれません。
正平は今も信念を曲げずに、ライブ活動をがんばってます。それはいいいのですが、彼、リンちゃんのことが好きになっちゃったみたいで、これはちょっと拗らせそう。心配です。
そのリンちゃんはといえば、あの有名な広告代理店からヘッドハンティングがあったみたいなんです。元ギャルで、ちょっとだけ元ヤンで、大学はFランの彼女が、こういってはなんですが入りたくても入れなかった会社から、今になってスカウトされるなんて……。
でもリンちゃんはシアワセファクトリーのことが好きみたいで、スカウトを受ける気はないみたい。ヨカッタ♪
そういうわけで、みんな前を向いて、頑張って生きてます!
皆さん、もし『人生の節目を演出したい』と思ったら、一度シアワセファクトリーに連絡してみてください。きっと素晴らしい企画を考えてくれると思いますよ! by 作者




