44.新しいカタチ
鈴蘭学園の仕事が無事終了した翌々日、外﨑は社長室に呼ばれた。収支報告は誠太郎がもう済ませているはずのなのだが……。
「外﨑さん、鈴蘭の件ではご苦労様でした。利益も計画通り、ちゃんと出たようですね。さすがです」
若干予定を割り込んだが、誤差範囲といっていい。
「いえ、見積もりも運営管理もぜんぶ誠太郎ですから、わたしはサポートしていただけです。しかし売上千六百五十八万円、プラス消費税ですから、いい仕事になりましたね。経費は計画より二十万ちょっと使いましたが、まあ、この規模の案件なら許容範囲だと思っています」
原価は約九百万と見込んでいたが、機材の取り扱い説明に現役のプロを派遣したのと、追加で購入したフィルム代が嵩んだ。
「あと、わたしとしてはですね、鈴蘭学園の理事長と仲良くなれましたから。これは、金額には換算できません。今度、息子さんとも、ゴルフ一緒に回ることになったんですよ」
「鈴野瀬さんでしたっけ。なかなか押しの強い方ですね」
「旧華族の血を引いているそうです。直系ではないと言ってましたが」
「なるほど、道理で貫録があるわけです」
「ええ、鈴野瀬家は鈴蘭学園以外にも学校法人をお持ちで……、あと観光農園や旅館の経営もされているようなので、今後も仕事の機会があるかもしれません」
「それは楽しみです」
そんな大物との宴席で、シズ姫がどう振舞っていたか訊いてみたい気もしたが、社長の関心は別のことにあった。
「で、外﨑さん、お願いしていた教務改革の方ですが」
そのことである。
先に報告しようと思っていたのだが、遅れてしまった。
だが、もう方針は決めてある。
「当初はわたしも心配していたんですが、カタチさえ作ってしまえば……。あいつら責任感はありますし、それぞれに能力があることもわかりました。なんで、手直しは必要ですが、カタチは何となく、見えてきたような気がします。ただ」
「ただ?」
「言葉遣いを何とかしたいと思ってましたが、それはちょっと、お手上げで」
外﨑が後頭部に手をやると、それを見た社長が笑った。
「まあそれは、若い会社ということで」
と問題にはしないようだが、一応白状しておいた。
「表彰式で、自分がやってしまいましたので」
「まあ、若い人には若い人の文化がありますから。せっかくの勢いを止めないようにしましょう。……で、外﨑さん、カタチというのは」
「今までのやり方で一番マズかったのは、誠太郎が全部仕切ってたとこです。いえ、あいつはマネジメント能力はあるんで仕切ってもいいんですが、自分が忙しいと、単に手の空いたもんに仕事を振るくせがあって……、まあ上手くいってるときはみんな明るいんですが、たまに、ストレスを抱えてるやつがいると、とたんに社内の雰囲気が悪くなります。なんで、それを変えて、担当性にしたらどうかと思いまして」
「担当性、ですか」
「はい。鈴蘭学園の仕事でわかったんですが、みんな個性的な能力を持ってます。元ギャルの凜華は若い人の心を掴むのが上手いですし、大悟の、アニメやゲーム関係の知識は現役の高校生が一目置くほどです。佳奈美は、伝説のバレーボール選手らしいし、正平はまあ、バイトですけど音楽関係はプロ級ですし人を乗せるのも上手い。そういう得意分野を明確にして、プライドをもってやってもらおうってことです。もちろん、実際の仕事の割り振りは、担当だけじゃ回らないケースが出てくるとと思いますが、その辺はおいおい」
「新卒採用ですね」
「はい、わたしが言うのも烏滸がましいですが……。でも今のメンバーでもある程度は回せると思うんです」
「なるほど、で、実際にはどういう担当わけにするんです」
「それなんですが」
外﨑はここで、二つ折りにしてノートに挟んでおいたA4のプリントを取り出した。今日見せる予定ではなかったが、腹案はもうまとめてある。
社長は、提案書の文面を一読すると、そのうち楽し気に笑い出した。




