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トノさん、マジでちょっとウザいんですけど[うっせぇッ、お前ら言葉遣いくらいちゃんとしろ!]  作者: 伊藤宏


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43.社長の同伴者

 今度こそ、本当にすべて終了だ。

 終業時刻にはまだ早いが、社長の(はか)らいで、現場解散と決まった。

 じゃあ、みんなで飲みに行くか、とならないところが今どきの若者である。タクシーに分乗して、とりあえずオフィス方面に向かおう、ということになった。


 鈴野瀬(すずのせ)理事長から食事に誘われている社長は、何やら落ち着かない様子だ。何でも、理事長が奥様を同席させることにしたようで、未だ独身の社長も、急遽、同伴してくれる女性を探しているようだ。


 社長が思案顔をメンバーに向けるや否や、

「わたしは保育園のお迎えがあるんで」

 と、まずは佳奈美が辞退。たしか、今日はご主人が代わりに迎えに行っているはずだが、まぁ、家で子供が待っていることには変わりない。


 凜華が不審な態度丸出しで警戒しているが大丈夫だ。社長はぜったいに声を掛けない。


「俺、行ってもいいっすけど」

 と呟いたのは鋲付きの革ジャンを纏った正平だが……、正気かオマエ。


 だが、社長の胎は最初から決まっていたようだ。

 社長が選んだのは、今日一日、ひとりでオフィスの留守番を引き受けてくれたシズ姫こと、派遣社員の浜波しず香だった。

 シズ姫はシアワセファクトリーで一番常識があるし、どんな大物と同席しても物怖じせずに食事ができる唯一のキャラクターかもしれない。ただ、社長が

「理事長が奥様同伴なので、わたしも相応のお相手を」

 という理由でシズ姫を指名したのには、一同、目を丸くした。

 ん、 そうなのか?


 社長はその場でシズ姫に電話を架け、了承を取り付けた。電話の内容から察するに、シズ姫はいったん帰宅して着替えを済ませたあと、理事長御用達の寿司割烹 “浜清” に直行するようだ。



 外﨑と、他のメンバー四人は、タクシーを二台呼んで分乗することになった。

 最初の一台に、家で子供が待っている佳奈美を乗せ、続いて外﨑も乗り込んだ。すると、押しかけるようにして凜華と誠太郎が乗り込んできた。さらに正平まで乗ろうとするので、

「おい、いくら何でもバランス悪いだろ。あっちに乗れ、あっちに」

 と正平を追い払った。

 しばらくのあいだ三人は、わたしは絶対乗る、じゃあお前があっちに乗れ、と揉めていたが、佳奈美が「いいです、わたし次ので」と引いたので、うるさい三人と同乗することになってしまった。


 そしてタクシーの中。


「トノさん、よかったですね」

 誠太郎の目は、外﨑の膝の上に向けられている。

 トロフィーだ。

 スマートなシルエットのクリスタルトロフィーは、黄金色のクッションの入った桐箱に収められ、それが、紫色の巾着(きんちゃく)袋に入っている。


「おお、これはちょっと、あれだな、想定外だ、想定外」


「俺らも想定外ですよ、あれ」

 何だ、あれって。


「何がだよ、正平」


「何がってトノさぁん、ひと言のとき」

 まずい、凜華がスマホで何か出そうとしている。


「はい、トノさん証拠、動かぬ証拠」

 思い切りいやらしい笑みを浮かべた凜華が向けてきたディスプレイには、外﨑が、若水生徒会長にマイクを向けられた場面がはっきりと映っていた。


 動画の外﨑が『めっちゃ、嬉しいっす』と答えると、

「はっは、俺らに正しくない日本語禁止したのに、自分で言っちゃってるし」

「確か『めっちゃ』はダメだって、自分で言ってましたよね」

「そうそう、あと『嬉しいっす』てのもダメでしょ?」

 

 いちいちしつこい。これか、お前らが同乗したがった理由は。

 それにしても何なんだ。何でそんなに嬉しいんだ。

 それに、

()()っていうのはさ、あれは正平の口癖が感染ったんだよ、だから、あれはお前が悪い」

 助手席の正平がそんなの屁でもない、という顔で振り返って言った。

「でも、ばっちり証拠残ってるんで、もう言葉遣いのことは言えないっすよねー。リンちゃん、動画、あとでみんなにシェアしといて」


「オッケーっ()

 凜華めー。


「けっきょく何だよお前ら、おめでとうとか、見直しましたとかそういう話じゃないのかよ」


「おめでとうございます」

 と今さら合唱されても、

「心がこもってないんだよ」

 そう答えるしかない。


「あ、そういえばトノさん、彩菜ちゃんに見つめられて泣いてたっしょ」

 クソ、正平め。


「だいじょぶ、そこもバッチリ映ってるから。うるうる、ポトって」


 いたたまれなくなった外﨑は、途中で「アパート、この辺だから」と言ってタクシーを降りたが、それまで三十分以上はたっぷりと三人にいじられ、笑い倒された。


 最初は腹立たしい気持ちもあったが、何だが、初めて心から語り合えたような気もしていた。

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