40.若水彩菜の強心臓
作品を観て、そして心のこもった拍手を聞いて『いい子たちだ』、心からそう思った。
庶民の高校では望むべくもない立派な校舎と設備に恵まれ、その代わりに、プライベートと自由を制限された高校生が “思い出作り” などという新鮮味のない課題に正面から取り組んだ。
これ、普通か?
いや普通ではない。
多様性と同じくらい自分の価値観を重視。でも、熱く主張を語るヤツがいたら引く。真面目なんてカッコ悪い。コスパもタイパも追求するリアリスト。
そんな風に括られる若者たちをここまで前向きにさせた原動力はなんだろう。
若水生徒会長の統率力か。
いや。彼女自身が制作にのめり込んでいた。作品に対して熱く意見を述べ、死体役などという汚れ役にも進んで手を挙げた。
鈴蘭学園の生徒が特殊なのだろうか……。
ネット空間をよくチェックしているシズ姫によると、鈴蘭学園の生徒は、電磁空間の住人からリア充とか上級市民など呼ばれ、妬まれているという。
そのことに反感を覚えた一部の生徒は、敢えて、他校の荒れた連中と連んで改造スクーターを乗り回したり、犯罪紛いの遊びをしたりしてスリルを楽しんでいる。だが、やはり無理があるのだ。彼ら彼女らは、ただ自分を表現したい、同じ高校生なのだと認めて欲しい……、多分それだけだ。そういう気持ちが普通の高校生より強いのだ。
そこに映画が嵌まった。
映画作りには、たくさんの創造が内包されている。
ストーリーに制約はない。正義、笑い、涙、思い出など、何でもいい。
一方、表現の道具立てには制約がある。演技、照明、カメラワーク、セット、小道具など、いずれにも物理的、技術的な制約がある。それが表現を高めるのだ。
今回は無声映画だったから声や音楽は、本来は使えないが、鈴蘭学園の生徒は、上映会という特殊な環境を利用して見事に表現してみせた。
そのエネルギーが感動を呼んだ。だから観客も、シアワセファクトリーの面々も満足の表情で、惜しみない拍手を送っている。
☆
二十分の休憩をはさんで、表彰式が行われるらしい。ここからはもう、鈴蘭学園のプライベート領域だ。誠太郎と相談し、この休憩の間に失礼しようと、社長も伴って若水生徒会長のもとに向かった。
挨拶は、誠太郎から口を切った。
「若水さん、この度はほんとうにありがとうございました」
「いえ井澤さん、こちらこそ。いい提案をしてくださって」
あ、いえ、と誠太郎が次のことばを制した。
「提案したのは外﨑ですから」
「そうでしたね。外﨑さん、ありがとうございました。とってもいい記念制作になりました。さすがプロです。期待以上でした」
「そう言っていただけるとどうも。提案した甲斐があります」
外﨑は照れながら頭に手をやった。褒められるのは幾つになっても嬉しい。でも、今日はここまでだ。
「ここから先はもう、鈴蘭学園様の校内イベントですから、私たちはこれで。上映会に招待いただき光栄でした。今日はほんとに、ありがとうございました」
三人揃って頭を下げたのだが、若水生徒会長は、
「最後まで、表彰式まで観てってください。是非、是非ぜひ! もう是非にー」
と不自然に “是非” を繰り返して我々を引き留めた。
その、身をよじる仕草が妙に可笑しくて、どう切り返したものかと思案していたところに、立派な顎髭を蓄えた老紳士が近付いてきた。そして「や、もしかして」と呟いて社長を見ている。
若水生徒会長が「理事長」、と一歩退いた。
老紳士が社長の目の前まで歩み寄った。
「もしかして、君が幸雅君かね」
「はい、そうですが……」
「申し遅れました。わたしは鈴野瀬孝蔵、この学園の理事長を務めております。君のお父さんとは旧知でね。武尊さんは元気ですか」
「はい。もう完全に引退しておりまして、今は、ゴルフ三昧で遊び回っております」
「そうかそうか、それは結構。どうです幸雅君、お近づきに今から食事でも。ちょっと早いが」
いくら何でも、まだ四時を過ぎたところだ。社長も突然のお誘いに恐縮している。そこに若水生徒会長が止めに入った。
「ダメですよ理事長。理事長は表彰式のプレゼンターなんですから、いてくださらないと」
「あっそうか、理事長賞があったっけ。じゃあこうしよう。表彰式が終わったら。終わったらもう、いい時分だ。一緒に、寿司でも摘みましょうよ、ね」
よし決まりだ、と手を叩く理事長に、断る理由の見つからなかった社長は頭をかいて「はぁ」と笑うのが精いっぱいのようだ。
ウチの社長が貫録負けするのを始めてみたが、その理事長を「ダメです」と止めた若水彩菜もたいした心臓である。
ともかく、社長ひとりを残すわけにもいかないので、その他社員一行も、表彰式を最後まで観ていくことになった。




