39.八本の力作
誠太郎は、本番までに残された十五分で気持ちを作ったようだ。
ステージに上がった誠太郎は、客席にゆっくりと視線を巡らせると「本日は、お招きいただき、まことにありがとうございます」、と静かに挨拶を始めた。
そして、型通りの口上を述べたあと、
「シアワセファクトリーは、普段気付かない幸せを目に見える形にする、という、幸せの実体化をコアコンピタンスとしている会社です。今回のプロジェクトでは、みなさんが鈴蘭学園で過ごした価値ある、かけがえのない時間を、フィルムという実体に残すお手伝いをさせていただきました。来年もまた、ご協力させていただけたら幸いです」
と社名の由来と、しっかりと来年の営業まで付け加えて降壇した。
拍手を聞いている社長も満足そうだ。
若水生徒会長にマイクが戻され、上映がスタートした。
一本目は『鈴蘭学園の一日』。
出演者のコミカルな動き以外はわりと無難な内容だと思っていたが、上映発表が見事だった。オーケストラ部選抜の弦楽四重奏団が音楽を付け、複数の活弁士が場面ごとに交替でしゃべったのだが、そのクオリティーが高かった。
最後に、夜明け前から日没後までを早回しで見せる映像があった。カメラを、頑丈な三脚に設置して短いカットを撮り繋げる手法だ。最低でも十二時間はかかる。やり方は話したが、まさか本当にやるとは思わなかった。こういう、身体を使った撮影は、必ず思い出として残る。
二本目の『鈴蘭学園殺人事件 予告編』は若水生徒会長が死体役をやった作品だ。死体なんていう地味で気味の悪い役どころをよく……、と思っていたが、若水は活弁士としても登場した。
軽音部のメンバーが打ち込みで作ったという音楽は、サスペンス調ではなく昔のゲーム風。
登場人物がやたらと多く、その全員がわざとらしい伏線を残していく。いったいどうやってまとめるのだろうと思っていたら何と、ラストシーンで死体が起き上がった。
その口の動きに合わせて、活弁士の若水生徒会長が「じゃあ誰なのよ、わたしを殺したのは!」
講堂が爆笑の渦に包まれた。
三本目は『もしも鈴蘭学園に運動会があったら』
ここまできて気が付いたが、どうやらタイトルのどこかに鈴蘭学園を入れるルールらしい。
実際に鈴蘭学園で行われているのはクラス対抗の体育祭だが、それがもし運動会だったら、という仮定によるドキュメンタリー風の脚本をモノクロ現像で仕上げた。
種目は綱引きや玉入れ、借り物競争、騎馬戦といった小学校の古典的な種目で、出演者の必死の表情がおもしろい。ほんと、実におもしろい、と思って注意深く観てみたら、撮影時のカメラのコマ数を落としているようだ。目が回りそうなスピード感はそのせいだ。特に騎馬戦で追い込まれた馬が誤って池に倒れるシーン。見ていたときは肝を冷やしたが、出来上がりは迫力ものだった。
活弁士はなく、吹奏楽部の選抜メンバーが運動会調の曲を生演奏して画面を支えた。
映画のラストシーンは優勝したクラスの表彰式だった。この場面で見せた出演者たちの泣き笑いは、果たして演技だったのだろうか。
『鈴蘭学園杯 聖アンナ駅伝!』のストーリーは駅伝競技だ。佳奈美が提案したイベントアイディア “マラソン大会” が発想の起点なのだろう。実現性には問題があったがアイディア自体は響いていたのだ。
学校の周囲を中心としたコースは通い慣れた通学路を記録に収める効果もある。演出はコミカルな要素を排除して、徹底的にリアルな方向に振っている。駅伝自体がチーム競技なので、全員が演者として参加しているのもいい。実況さながらの活弁士も素晴らしかった。
ホラーに挑戦したグループが作ったのは『鈴蘭学園 生贄の夏』。
メンバーに動画制作部の部員がいたせいか、総じて技術が高かった。特に光の演出! スマホで同時撮影した動画を確認しながら、照明を設計したという。特殊メイクも本格的で、生贄がゾンビに変わる過程をコマ撮りで表現したところは手作りの味があった。見事だ。
ダンスミュージカルの『鈴蘭学園 ラストフェス』は、脚本を見てすぐ、無声映画には向いていない企画だと思ったが、若水生徒会長との約束があったので、何も言わずに見守った。
まったくの杞憂だった。スクリーンのなかの登場人物が、客席に手拍子を促し、観客のハンドクラップでスクリーンのダンサーが踊るのだ。それは、無声映画でありながら観客と演者が完全にシンクロする奇跡の映像となった。
活弁士はボイスパーカッションができるラッパーが務めた。スクリーンのヒップホップ調のダンスに合わせて、ラップで高校生活を振り返るという若ものらしい、カッコいい作品に仕上がっていた。
『鈴蘭学園 最凶!』は何と、ヤンキー映画だ。今どき見かけない “いかにも” なヤンキーが、“いかにも” な目つきでひたすら校内を荒らしまわるという平凡なストーリーだが、会場は大ウケだった。
どうやら、最凶のヤンキーを演じた子たちが皆、超が付く優等生だったらしい。逆に、喧嘩で負けて赦しを乞うのは柔道部や剣道部の厳つい男子だったり担任の先生のモノマネだったりで、内輪ウケの強みを活かした作品に仕上がっていた。
セリフはインサートカットで表示しているので活弁士はなし。音楽は鍵盤ハーモニカの上手い子が付けていた。あれは即興だったかもしれない。
最後の上映は『魔法戦隊モフレンジャー 鈴蘭学園を護れ!』が締めた。
謎の怪人に占領された鈴蘭学園を解放するため、ひとりの女子生徒が魔法の力を解き放つ。学園で飼っているミニウサギやフェレット、ハムスターといった小動物を怪人と戦うモフモフ超人に変身させるのだ。
戦闘シーンは爆薬まで使った本格的なもの。
セリフは最初から最後まで、演者ひとりひとりが上映を見ながら自分の肉声を被せた。これではもはや無声映画とはいえないが、文句を言う無粋者はひとりもいない。
音楽は既存アニメのサウンドトラックからの借り物。いずれも最近の人気作品の音楽なので、これはこれで思い出になりそうだ。
ラストにはメイキングシ映像もあって、記念制作らしいオリジナル作品に仕上がっていた。
すべての上映が終わった。
途中で十五分の休憩を挟んだが、開始から三時間が経っていた。短編とはいえ、力一杯作った遊び心溢れる無声映画を八本も鑑賞すると、大作の映画を見たような満足感が残った。




