38.今どきの若いヤツら
高校までずっと公立だった外﨑の常識では、高等学校の講堂といえば、それは体育館である。
しかし鈴蘭学園の講堂は、式典はもちろん大規模なコンサートやライブも可能な大学の講堂、もしくは中規模以上の自治体のホールだった。
生徒たちは既に着席しているが、ふざけて騒ぐ者もなく、講堂の雰囲気は上品なものだ。
この学校の生徒は、高校生の顔と、常識人としての顔を使い分ける術を知っている。今は明らかに後者で、静かに話をする声は、ホールに薄く漂う木の香りによくマッチしていた。
シアワセファクトリーの席は、講堂の中央、音響調整卓の前に用意されていた。スクリーンが見易い場所を確保してくれたのだろう。
移動している途中で、佳奈美が一部の女子生徒に掴まった。
「あの、もしかして……、矢崎佳奈美さん、ですか」
「え、あ、今は間野だけど、うん佳奈美です」
うわあ! という歓声と共に、その場にいた制服の女子たちが手を取り合ってジャンプした。
「見てましたインカレ。佳奈美さんのクロス、めっちゃカッコよかったです」
「え、見てたの、ありがと」
「あの年って代表に入ってましたよねー」
外﨑を始め、シアワセファクトリーの全員が会話に耳を傾けていた。バレーで代表といえば日本代表。そんな話は聞いていない。
「サインしてください。ウチらもバレーやってるんです。みんな部員で」
女子生徒たちはわちゃわちゃ言いながら、手近な筆記用具を探し始めた。
「いやいや代表は。強化選手止まりだったから、んなサインなんて」
と照れながら差し出されたノートにさらさらと書いたのは、しっかりと造形された見事なサインだった。
佳奈美といえば時短勤務の主婦、という認識しかなかったが、こんな凄い女性だったとは……。
外﨑は印象を書き換えると同時に、佳奈美が残した人生の結果に、少しばかり嫉妬した。同年代がよく口にする『今どきの若いヤツら』、なんてとてもじゃないが言えない。今の若い連中と同じ土俵で戦ったら、負けるのは間違いなくこっちだ……。しっかりと自分の人生を生きているかどうかは、見た目なんかではわからない。
若水生徒会長は、
「そのくらいで解放してあげてねー。今日はお客様ですから」
と、はしゃぐ女子生徒たちを優しく窘めた。そのようすは至って冷静だ。バレーボールにそれほど関心がないのかもしれないが、もしかすると、佳奈美のことは、凜華から聞いて、既に知っていたのかもしれない。
「では皆さん、上映会は一時からになりますので、それまではご自由にお過ごしください」
そう言って自席に戻ろうしたところで「あ、そうでした。いけない」とこちらを振り返り、全員を軽く見回したあと社長に近付いた。
「大益社長。突然で失礼なんですが、開会のとき、ひと言ご挨拶をいただけますでしょうか。ほとんどの生徒は御社のことを存じ上げないと思いますので」
社長は、少しだけ思案すると「いや、挨拶なら」と誠太郎に向きなおり「井澤がプロデューサーですので」、と見据えてから「挨拶は、井澤からさせていただいてもよろしいでしょうか」と若水生徒会長に伝えた。
若水生徒会長が、
「わかりました。では井澤さん、よろしくお願いいたします」
と頭を下げ、これで確定だ。
誠太郎は何度か口を動かしたが、声にはならなかった。
ま、これも試練だ。がんばれ。




