36.空気を読まない男
現像が終わり、編集作業に入った。
編集場所は鈴蘭学園のAVルームを使わせていただいた。
エディター、ビューアー、フィルムカッター、スプライサーなど編集に必要な装置は、予め、何台かずつ借り集めてある。若干足りないが、何グループかで同時に作業すれば、足りない装置を融通し合える。
実際にフィルムを切り貼りする編集作業は、デジタルしか知らない若者には新鮮な体験だったようだ。
外﨑は、真剣に作業するようすをスマホで撮影した。
どの子も、とてもいい顔をしている。これもメイキング映像のコンテンツに使えるだろう。
こうして、制作のすべてが終わった。
年が明け、学校の公式行事として上映会が行われることになり、シアワセファクトリーのメンバーも、社長を含むほぼ全員が招待を受けた。
何度も通って警備員ともすっかり顔なじみになった、例のセキュリティーゲートも今日で最後だ。今後、もし敷地内に入りたければ、改めて学校側の誰かからセキュリティーパスを発行してもらわなければならない。
外﨑ら、外部の人間にとって育愛会聖アンナ鈴蘭学園は、再び要塞に戻るのだ。生徒達が『白い刑務所』と呼ぶ要塞に……。
敷地に入ったところで大悟が外﨑を振り向いて言った。
「トノさん、それ、何ていうんでしたっけ」
「ん? 何、どれ」
真んなかを指さしているが、まさかネクタイピンを知らない、ということはないだろう。なら、何だ?
「その、なかに着てるやつ」
「ああ、もしかしてこれか。ベスト」
「それはわかりますけど、そういうスーツって」
「スリーピースだろ、もしくは三つ揃え」
「かっこいいっすね」
そういえば、最近は三つ揃えを着ているサラリーマンを見なくなった。
「昔はこれが正装だったんだよ、サラリーマンの」
「へぇー」と宣った大悟本人は黒のリクルートスーツだ。会社訪問のときに着ていたのを引っ張り出したのだろう。
「お前もちゃんと正装じゃんか」
ネクタイが紺のレジメンタルで良かった。白だったらお笑い、黒だったら『出直してこい』だが、そういうポカをやりかねない男だ。
社長はお馴染みのヒューゴ・ボスのスーツ。
外回りが多い誠太郎は、普段からビジネスカジュアルなのでそのままでも違和感なしだが、今日はネクタイを合わせている。凜華もちょっと派手めではあるが、一応ビジネスの範疇。
佳奈美は、若くとも、そこは主婦なので落ち着いている。
普段、服装に無頓着な外﨑と、ヘタをするとジャージで会社に泊まりかねない大悟だけがよそ行きに着替えた、という形だ。
……ひとり、空気を読んでいない男がいた。




