35.撮影開始
矢島の尽力によって機材レンタルの目途が立ったことで、鈴蘭学園案件は急速に進み始めた。
まず掛かる費用が明確になった。
この金額が、ビジネスの原価になる。誠太郎は、そこに消耗品費と外注費、そして指導料や制作管理費を加えた見積書を作り、教頭に直接交渉して発注書を取りつけた。
いくら金持ち学校でも稟議か理事会決議くらいは必要だろうと覚悟していたが、そこは誠太郎がうまくまとめてくれた。
この大手柄のお陰で、フィルムなどの資材調達をスタートできた。
十五分映画に必要なフィルムは一グループあたり300フィート。ただし全カット一発オーケーはあり得ないので、最低でもこの五割増しで必要になる。けっこうな量だ。
この調達を、最初、外勤のなく事務仕事が得意なシズ姫に振った。だがオークションサイトや個人売買のフリマサイトで集めたフィルムの多くは、使用期限を大幅に超えていたり、開封の跡があったりして信頼性に欠けた。
これで対価を求めるのは不誠実だ。やはり信用のある問屋や、昔からやっている撮影所に頼んで保管状態のよいフィルムを集めなくてはならない。
結局、この仕事は外﨑が自分で行った。
一方、鈴蘭学園の二年生は企画や脚本を練り、デジタルで制作経験のある動画制作部の指導のもと、絵コンテまで作り上げた。
この過程に、シアワセファクトリーは一切タッチしなかった。
カメラが集まった段階で垣根講師による機材操作の講習会が行われた。この講習会は夏休みの前半に二回に分けて行った。シズ姫がフリマサイトから集めてくれたワケありフィルムは、ここで、大いに役立った。
撮影は、夏休みの後半が充てられた。
メンバーの都合で集まれなかったり、うまく撮れなかったりしたグループは、二学期の土日を使った。
撮影には、シアワセファクトリーのメンバーが常に何人か立ち会った。
主な仕事は、脚本に合わせた衣装集めやメイクの手伝い、ロケ地使用の許可取りや下準備などだ。
我々は、これらの裏方仕事をこなしながら、生徒たちの撮影現場をスマホで撮影していた。
これを編集してメイキング映像にする。
このアイディアは凜華だ。
ただ発注書は受領済み、つまり契約を交わしたあとに思いついたことなのでサービス仕事になる。だがウチにはこういう作業が大好きな連中が揃っているから、きっと遊び感覚で仕上げてしまうだろう。それで喜んでもらえたら御の字だ。
二年生の撮影現場を見てみて、若水生徒会長が『クリエイティブを発揮させたい』と言っていた意味がわかった。
十五分の無声映画では、込み入ったストーリーは難しい。だが、スマホで動画作りのツボを弁えている生徒たちの多くは、展開よりもインパクトを重視した。
それは起承転結でも、序破急でも三段論法でもなく、ここと決めたシーンだけを緻密に設計し、そのシーンの前後を、観る人の想像力に任せる手法だ。
これは巧いやり方だ。
こういう感覚は、スマホ動画を撮り慣れている若者の方が優れているかもしれない。
映画の内容は、多彩だった。
正攻法で学校生活を表現するグループは、ドキュメンタリー風の流れと、出演者のコミカルな動きにギャップがあって、令和のチャップリンといった映画になりそうだ。
存在しない本編の予告編を作ったグループもあった。
校内で殺人事件が発生した、という仰々しい設定だが、本編を撮る必要はないのでやり放題だ。
回収されることのない伏線にたくさんの生徒が出演し、刑事役には先生が動員された。ちなみに死体役は若水生徒会長だ。恐怖に引き攣った死に顔は妙にリアルで、艶めかしかった。
外﨑は途中から、あるグループに張り付いた。そのグループが取り組んだのは戦隊ものだった。といっても、やはりストーリーらしいものはなく、ほぼ全編が戦闘シーンだ。
企画の段階で爆薬を使いたいという希望が出ていたので、スタジオVIVIDを通じてロケ地を紹介してもらい、引率者として同行した。協力はそれで終えるつもりだったのだが、昔、現場で培ったアナログ撮影の技術は高校生には非常にウケがよろしく、調子に乗って披露していたら、その後も、何かとアドバイスを頼まれた。
それを見た他のグループからも声が掛かるようになり、その結果、外﨑はあちこちの現場に顔を出すことになった。
カメラの使い方は、どのグループもユニークだった。
手持ちで長回ししてみたり、ヘルメットに取り付けて目線撮影を行ったり。
カメラに簡易防水を施して池に飛び込んだグループがあって、あれには肝を冷やした。カメラは無事だったが、見ているだけで心臓に悪かった。
撮影は、中間テストが控えているという、高校ならでは事情の後押しもあって、一カ月半で終了した。
最後のグループがクランクアップしたころには北海道で紅葉が始まっていた。




