34.公害レベル
「くっさぁ~」
出勤早々の凜華にいきなり言われて、外﨑は口を押えた。
「うぉ! 何これ」
続いて入室した正平が大袈裟に仰け反る。
なぜだろう、誠太郎は何も言わなかったのに。
ん? もしかしてわかってて言わなかった?
昨日は、矢島慎平とホッピーを飲みながら話し込んだあと『やっぱり乾きもんだけじゃ腹が減るなぁ』ということになって、焼き肉屋に移動した。そこで、冷酒を飲みながら骨付きカルビとホルモンを焼き、ついでに生ニンニクをひと房ずつ注文して、丸ごと焼いて食べた。
ニオイが大丈夫か気にはなっていたのだが。
……大丈夫なわけがないか。
「スマンスマン、昨日の夜な、レンタル機材の打ち合わせでさ、ちょっと……、窓、開けるか」
「やめてくださいよ、ただでも暑いんだから」
と必死で外崎を止めたのはチームで一番の暑がり、大悟だ。
「今日は早く出かけよっと、暑いけど」
凜華は今日、自分が担当の案件で商談の予定が入っている。確か午後だったような気がするが……。
「俺も」
続いて立ち上がったのは琴平正平。はて、こいつ今日は何の予定もないはずだが。さては避難、ということか。
こういう場合、避難すべきが自分だということくらい外﨑にもわかっている。だが、鈴蘭学園案件以外に仕事のない外﨑には外出する場所がないし、出かけたところで、そこに迷惑をかけるだけだ。
屋上でタバコでも吸ってくるか、と腰を浮かせたが、炎天下に室外機の熱風が吹き荒れる屋上を想像しただけで行く気が失せた。
誠太郎が言った。
「トノさん、俺、これから鈴蘭学園に行って教頭先生に進捗報告してきます。あと、昼休みに小清水生徒副会長に会えたら、機材講習会の打ち合わせも」
早くも腰を上げている。
「おぉ、よろしく」
機材講習会なら同行したいところだが、まぁ、無理だ。今日は誠太郎に任せよう。もし若水生徒会長が出てきたら大変だ。このニオイであの娘と面会するなどズレてるにもほどがある。ズレほどだ。
誠太郎が大悟に向き直り「同行、頼んでいい?」と訊ねると、大悟は「了解っす」、といつになく明るい返事を残して立ち上がった。
あっという間に四人がオフィスを出ていった。あと三十分もすると佳奈美が出勤してくる。
ひとり残った派遣のシズ姫に、
「窓、開けた方がいい、かな」
と恐る恐る聞いたら、彼女はパソコンの画面を見つめたまま、深く二度頷いた。




