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トノさん、マジでちょっとウザいんですけど[うっせぇッ、お前ら言葉遣いくらいちゃんとしろ!]  作者: 伊藤宏


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32.トノさんはちょっとズレてる

 凜華はラーメン屋での経緯をひと通り報告したあと、

「今後の、鈴蘭学園との進め方ですけど」

 と前置きしたあと、まるで、お天気おねえさんが『午後は雨が降るかもしれません』と言うような乗りで宣言した。


「実行委員の方はあたしと大ちゃんで対応するんで、セイさんとトノさんはしばらくサポートに回ってください」

 何を! と身を乗り出そうとしたら、凜華に手で制された。失礼な。


「これ、アヤナちゃんの希望なんで」


 未だにアヤナちゃんと若水生徒会長が結びつかない。

「希望ってどういうことだ」


 ラーメン接待には続きがあった。

 心地よい満腹感に浸った若水は、滅多に味わうことができない幸せな時間をラーメン一杯で終わりにしたくなかった。普通の女子高生がしている、ちょっといけない放課後を過ごしてみたくなかった。もっとも若水生徒会長が考える『ちょっといけない』は、自分に課せられた行動規範から外れる、という意味らしい。


「ショッピングセンターに行きたいっていうわけ。だから、服見たいの? て訊いたらそうじゃなくって、目的もなくぶらついてみたいって」


「警護的にはオッケーだったのか、ショッピングセンターは」


「ほんとは雑踏はダメなんだって。見失う危険があるからだと思うけど。んで、急遽、警護の人と直接相談して、ぜったい、ひとりにさせないからって訴えて」

 ぶらぶら歩きを楽しんだらしい。


「ウインドウショッピングはいいけど試着室は絶対ダメっていう条件はよく分かんないんだけど、その他はオッケーってことになったから韓国コスメ試したり、アサイーアイス買って歩きながら食べたり、ああ、ピアスも買ったの、かわいいのがあって。アヤナちゃん、()いてないのにさ、はは」

 開いてない、というのは恐らくピアスの穴のことだ。それでも買う……、とは。


「で、あとはプリクラ撮って、ポーズとかサインとか? あと盛り方とかも教えて……、でもたぶんあたしのは時代遅れなんだけど、て言いわけもしてね。でもけっこう盛り上がって、あとはスタバ。で二時間?」

 これが理解できない。

 どうやったら甘いの一杯で二時間もいられるのか。二時間あったら、ビールなら中ジョッキ五杯はいける。


「そこで記念制作の話もいろいろ聞いたんだけど、八ミリ映画はエモいんでやりたいけど自由にやらして欲しいって。型にこだわらずみんなのクリエイティブを発揮さしたいんだってさ。だから講義してくれるんなら古いカメラの使い方とか、そういう実技みたいのがいいみたい。あと」

 実技か。やはり早急に機材を確保しないと。

 ん? あと?


「あと竜馬君が、“神獣の宴” のファンで」


 え、と聞き返そうとしたらアニオタの大悟が身を乗り出した。

「それって “神獣の宴 萌え騎士は甘え隊” のこと?」

 その前の「竜馬って誰だ」、という外﨑の声は黙殺された。


「さすが大ちゃん! 詳しい?」


「詳しいもなにも、フィギアは全キャラ持ってるし聖地巡りもやったし」


「ちょっと待って、竜馬って」

 ようやく入り込めたと思ったら凜華にガン見された。

「小清水君でしょうが、副生徒会長の」

 そうだったか。

「で、神獣なんとかは」


「今、すっごい人気のアニメ。ていうかそういういのはトノさん知らなくていいんで。でさ、ダイちゃんはアニメ好きってことで竜馬君と仲よくしてあげれる?」


「オッケーっす」


 仕切りの主導権は、今や凜華に移っていた。でも、

「で、何で誠太郎と俺じゃだめなんだ」

 と誠太郎の心中も(おもんぱか)って確認すると、

「ここまで言えばわかるでしょ。セイさんはまじめすぎて疲れるって。トノさんはズレてるって」

 ズレてる……。

「あ、ごめん。じゃなくってちょっと苦手なんだって」

 凜華め、今、口がすべったな。


 外﨑と誠太郎が撃沈したところで社長が会話に入った。

「よくやったね野上さん。キーマンの本音を引き出したんだから百点満点の接待ですよ。経費、ちゃんと申請しといてね」


「それがアヤナちゃん、自分の分は自分で出すって言うんで、掛かってないんですよ、一円も」


「じゃあ野上さんの分だけでもいいから。あと休日出勤もちゃんと申請しといてください」


「はい」

 外﨑の心中は、自分のやり方が通用しなかった悔しさが半分、残りの半分は安堵が占めていた。

 一時はダメかと思ったが、凜華が流れを戻してくれた。


 実をいえば安堵の一部には、これでもう、あのお嬢様の担当から離れられるかもしれない、という気持ちがあった。

 実のところ、外﨑も苦手だったのだ。

 年は三周り以上違う。かといって十七歳なので女の子ではないし、単なる美少女でもない。そんな相手に、どんな顔をして何を話したらいいか、さっぱりわからなかった。

 対応しているときには責任感でどこかが麻痺していたのかもしれない。十七歳の女子をキーパーソンとして扱うプレッシャーは、肩の荷が下りた今、思い出すと、とてつもなく重かったのだとわかる。

 隣では、誠太郎もまた呆然としている。彼の場合、味わっているのは安堵ではなく、敗北感かもしれない。

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