25.体制作り
翌朝、佳奈美の出勤を待って行われたミーティングで、誠太郎がプレゼンテーションの顛末を報告した。
反応は、落胆と非難である。
落胆の理由は言わずもがな。非難の矛先は外﨑だ。持ち込んだ提案をろくに援護もせず、自分の考えを押し込んだ。
「しょうがないだろ、あれ出さなかったらジ・エンドだったんだから。なあ」
と誠太郎の同意を求めたが、無反応。
「だったらトノさん、最初っから参加したらよかったじゃない。したら全滅じゃなかったのに」
と文句を言ったのは凜華だ。
「お前らの自主性を尊重したんだよ」
すると、珍しく佳奈美が悪態を吐いた。
「んなこと言って、ほんとはラインの使い方わかんなかったんでしょ」
佳奈美はマラソン企画が根底から否定されたのがおもしろくないらしい。
しかしこれは先方が決めたことだ。いくら若水彩菜が高校生だとしても、クライアントなのだ。
「決まったことだから、まあ、そうカッカするなって。あとはまあ、俺もちゃんとサポートするから」
心から納得した顔はひとつもないが「はい」という声が、ばらばらに返ってきた。
「ところでアニオタ君よ」
大園大悟がのそりと動いた。アニオタと呼んで怒るかと思ったらそうでもない。よくわからないヤツだ。
「君は見る専門か?」
敢えて聞いた。実は、一時期クリエイターサイドにいたことは、社長から聞いて知っている。
「そう、ですけど」
「でも少しは制作に関わったことあるんだろ」
「ないです」
「まるっきりか」
「まあ、サポートくらいなら……」
「じゃあ、絵コンテはわかるよな」
「見たことなら、はい、ありますけど」
いちいち自信のない答え方をするやつだ……。
「じゃあ、絵コンテについて向こうの実行委員にレクチャーしてくれないか」
「ええ!」
大悟は驚愕の表情を浮かべて、上半身を二十センチほど後退させた。
「驚くこたないだろ。基本的なことをパワポにまとめて、授業ひとコマ分くらいでいいからさ、教えてやってくれよ。お嬢様学校なんで、連中、何も知らないんだわ」
お嬢様のところを意識的に強めた。本当はギャルっぽいのやらチャラい感じの男もいるが、行かせてしまえばこっちのものだ。
「レクチャーってそんな、僕」
「要はな、フィルムの場合は、カメラ回す前にどう撮影するか、しっかりプランニングしなきゃいけないんで、それを知っといてもらいたいんだ。アニメだって絵コンテはあるだろ? 構図だって、煽りとか俯瞰とかさ、印象に残るシーンには必ず何か技がある。その辺の、基本的なところをレクチャーして欲しいんだわ。でないと、フィルムが何尺あっても足りないからさ。予算的にも」
大悟は不満げな顔だが、何か考えているようだ。
「じゃ、任せたぞ。パワポでテキスト。出来上がったら見せてくれ。叩き台レベルでいいから。三日あればいいよな」
ええ? と再び驚いた振りをしているが否定ではない。よし!
「ついでに脚本の講義も頼めるか」
「ムリです!」とこっちは即答だった。
しょうがない……、そっちは自分でやるか。
あとは、
「凜華。次の訪問から俺のサポートに入ってくれや。やっぱ俺じゃ年齢が離れすぎなんだわ、頼む」
凜華、と名前呼びするとき少しだけ勇気が要った。みんなのようにリンちゃんと呼ぶには抵抗があるし、まさか凜華さま、と呼ぶわけにもいかない。だが、彼女の協力はどうしても必要だ。
今後、講義を実施するとなれば相手の人数は多くなる。そんなとき、カルチャー年齢が少しでも高校生に近い凜華に近くにいてもらえたら安心だ。正直、若水彩菜と一対一で話をするのはキツい。あの、透き通った目で見つめられると、どうしたって会話が弾まない。本当は、誠太郎がどっしり構えていてくれれば問題ないのだが、今のヤツにそれを期待するのは酷というもの。
それに誠太郎には、他に頼みたい仕事がある。
「俺は昔の仲間に当たって、撮影機材をレンタルしてもらえるか確認する。同時に、大悟と交替で映画制作の講義をやって時間を稼ぐ。誠太郎は、教頭に今までの流れを報告して張り付いてろ。んで原価が出次第、すぐに見積書を作って正式な発注書をもらってくれ。最低でも教頭の承認が必要だぞ」
発注書が取れたら、あとはやるだけだ。
一学年が二百三十七名だというから、撮影は一チーム三十人体制として八チーム。それぞれが十五分の短編映画を作るとして、制作費は、トータル一千万円あれば充分だろう。そこに制作指導と進行管理の名目で利益を乗せれば、ウチにしたらまあまあのビジネスになる。




