13.若水彩菜と小清水竜馬
依頼主のふたりがオフィスを訪ねてきたのは翌日の五時半ごろだった。
シアワセファクトリーでは終業時刻が迫っているが、今回のクライアントは高校生だ。これでも授業を終えてすぐ、向かってくれたのだろう。
シズ姫に頼んで、お客様を社長室に通してもらった。社長は今日、取引先とゴルフだ。
主担当を自ら買って出た誠太郎を先に行かせ、少し後から外﨑が入室すると、室内では、制服をきちんと着た女子生徒がスクールバッグのポケットから名刺入れを出したところだった。
「初めまして、育愛会聖アンナ鈴蘭学園の若水彩菜と申します」
女子生徒は、誠太郎の目をまっすぐに見てそう言った後、両手で名刺を差し出した。
誠太郎の対応が一拍遅れた。
呆然とした面持ちで目の前の女子生徒を眺めていたのだ。だが再び目が合って我に返り、慌てて名刺を受け取った。
呆気にとられたのは外﨑も同じだった。
ジジイ特有の感覚で『女子高生といえばポニーテール』という思い込みもどうかと思うが、目の前に現れた女子生徒はおかっぱ風のショート。しかも前髪が、濃い眉がはっきり見えるくらいに短い。そのせいか表情が二倍くっきり見える。
美少女には違いないのだが、寸分の隙もない佇まいは、外﨑が知る高校生ではない。
隣に控えていた男子生徒が自己紹介した。
「同じく、小清水竜馬です。本日はよろしくお願いいたします」
恭しく差し出された名刺の肩書きは副生徒会長となっていた。慌てて若水彩菜の名刺を確認すると、生徒会長だった。
どっちが社会人だから分からないたどたどしさで名刺交換の儀式を終え、誠太郎が着席を促そうとしたところでもうひとり入ってきた。少し呼吸が乱れている。
「すみません、急に電話が入ったもので……。教頭の川浪久志です」
仕立ての良いスーツの男性が差し出した名刺には、教頭(課外学習担当)と記されていた。
全員が着席し、ようやくペースを取り戻した誠太郎が話を切り出した。
「申し訳ありません、本来ならこちらから出向かなくてはいけなところを」
誠太郎は教頭に問いかけたのだが、答えたのは生徒会長の若水彩菜だった。
「いえ、当校の場合、面識のない方はセキュリティーチェックで止められてしまいますので。それに、初めてお付き合いする法人様には、まず、こちらから出向いてご挨拶させていただくルールになっております」
法人様、ときたか。まぁ、得体のしれない団体と安易に関わらないための用心だろう。リスク管理甘々のシアワセファクトリーには別次元の話だが、誠太郎には勉強になったはずだ。
ちなみに、ウチのオフィスに入室するのにセキュリティーパスは必要ない。
「さっそくですが、今回の依頼案件について補足させていただきます」
若水彩菜は、スクールバッグからクリアファイルを出すと、A4のプリントを取り出して、誠太郎と外﨑の前に一枚ずつ置いた。
ざっと全体を見渡したところ、プリントに修学旅行という単語は入っていなかった。依頼は “高校生活を記念するイベントの企画と運営” で、その下に “要件” が三つ記されている。
・参加者のクリエイティブが発揮できること
・経験を通じて学びがあること
・五十年経っても、思い出として心に刻まれていること
「先走って『修学旅行の代わりになる』という文言を出してしまったようですが、無視してください」
そのときチラッと小清水副生徒会長を見た気がしたが、気のせいか。
若水生徒会長は説明を続けた。
「たしかに、昨年まで、この位置づけのイベントが修学旅行だったのは事実です。運営委員会では修学旅行の満足度を高めるために、毎年、検討を重ねてきました。その過程でアンケートを行ったところ、様々な要求が出てきました。その、個々のニーズに応えて旅行中の行動を細分化した結果、小グループの仲良し旅行になってしまい、意外に思い出に残らないことが問題になっています」
短い沈黙のあと、声を発したのは教頭先生だった。
「わたしからは、予算のことですが」




