11.時代の流れ
ラインを使った業務管理の禁止。小さな一歩ではあるが、重要な第一歩だ。
とはいえ、外﨑に、メンバー個人のスマホをチェックする権利はない。また、飲みに誘われることもないので、連中が、このやり方をどう感じているかもわからない。
ことによれば罵詈雑言を浴びせられているかも……。
いや。
間違いなくそうだろう。
でも、それでいいのだ。
そうやってガード下の飲み屋は繁盛しているのだし、裏と表の顔を使い分けて、初めて一人前の社会人だ。大いに愚痴り合えばいい。
それに本音だけで商売をしていたら、ただの力比べになってしまう。
そうなれば優勝劣敗。
浮世に弱き者が立つ余地はなし! ではないか。
業務改革開始から十日経った朝、外﨑は社長室に赴いた。目的は、進捗報告である。
ラインの禁止を厳命したことを報告すると、社長は、
「しかし、よくそれを承知しましたね」
と目を丸くした。
「いやぁ陰ではやってると思いますよ。でも風通しはだいぶよくなりました。ミーティングはちゃんとやるようになりましたし。今、第二弾として考えているのは報告書です。試しに文書で出させてみたんですがこの添削がなかなか……。ウチの会社はあれですね、派遣の浜波さん以外、みんな新卒採用なんでビジネスの基本を学ぶ機会がなかったんでしょうな」
実は、外﨑も当初、ビジネスマナーなど知らなかった。フリーランスとして携わっていた現場はマナーより先に実行あるのみ! どんな無理難題を命じられてもすぐに動かなければ、それこそ、張り倒されたものだ。
だが、幸工房に入社して営業や渉外の仕事を任されるようになると、知らないでは済まなくなり、慌てて見様見真似で覚えた。その程度だ。本当は指導など、烏滸がましいにもほどがあるのだが、自分しかいないと言われれば仕方ない。
社長が嘆いた。
「う~ん、ウチも、わたしの代になってからはまた、現場仕事で忙しくなりましたから。やはり、マナーやルールよりも、勢いで乗り切る方に流れちゃうんでしょうね」
「ええ、そうです。でもまあ、教わってないんですから、奴らに罪はありませんよ」
「ひとえに、わたしの不徳といたすところです」
社長が頭を下げるので、
「いえいえ、頭を上げてください。そういうつもりで言ったんじゃありませんから」
と外﨑は慌てた。
少しして、社長が、
「ところで、提案があるんですが」
と切り出した。
「何でしょう」
「先日、広告業界の総会に出席しまして、そのとき、ある会社の社長と話す機会があったんですね。それで外﨑さん、タスク管理アプリというのはご存じですか」
似たものかどうかは分からないが、いつだったか、今も映画の現場で働いているセイジと飲んでいたとき、『ついに香盤表がスマホのアプリになった』という話を聞いた。
日々スケとも呼ばれる香盤表は、撮影日や衣装、美術部や技術部との連携、役者のスケジュールなどを総合的に管理する手書きの文書だが、今どきの助監督はアプリ版を使いこなせないと仕事にならないらしい。
仕事の管理はそういう時代に入ったのだろう。
ただ形から入ってしまうと、なぜ必要かという理念が抜け落ちてしまう。それに、セイジは確か、こうも言っていた。
『アプリ版は便利なんだけどね。でも天候の急な変化とか自然光の色合い? あと役者の気持ちなんていう人間的な要素っていうか、微妙な匙加減が利かないんだよね』と。
社長の声で我に返った。
「外﨑さんが今ご苦労されている報告書も、アプリの場合フォーマットが決まっていて、ちゃんと入力しないと登録ができないそうなんですよ。つまり、仕事が終わったことにならない」
何だか機械に尻を叩かれているような気になりそうだ。
「そうですか。まあでも、まずは意識改革をやって、それが済んだら考えます」
「わかりました。ともかく、必要な経費は惜しみませんから、いつでも言ってください。アプリは、業者に頼めばプレゼンしてくれるそうです」
「はい」
外﨑はタスク管理アプリへの答えを保留にして社長室を出た。




