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8.エルフとミーシャ

「こりゃまた……」


 俺は目の前の光景に圧倒されながらそんな声を上げる。ついに──件のヴァイオレット王国とやらの目前まで来た。


 城壁だろうか……街の周囲は要塞のような高い石造りの壁で囲われており……まさに難攻不落の字の如く。

 “壁”の上にうっすらと見える大砲の影をみるに、ここはまさしく“要塞”なのだろう。まぁ……城の守りであることを考えれば当然なのかもしれないが……と。


「おっと──すみません」


 呆気にとられている俺とヤマネコとは対照的に、この城下町に出入りしている商人達は忙しなく動いている。

 そんな“流れ”の中で足を止めてしまうと……例え一瞬でも人にぶつかってしまうのは当然だろう。


「行こう。桔梗が待っている……はずだ」


 エルフ……ミーシャの口ぶりは不確かだ。自信に満ちすぎて溢れ出しそうになっているいつもの姿はどこへやら。

 その原因は……朝、もっと言えば例の“事件”の後まで遡る。



「……特命だと?」


 メルクリウスに居を構える宿屋、ダンデライオン。そのバックヤードで……ミーシャと俺、そしてヤマネコは……主人であるレオンと話をしていた。


 ミーシャがレオンを問い詰める中で、大きな体格の大男から漏れた言葉が……“特命”というワードだった。


「あぁ──いくらメルクリウスの住人といえど、“特命”には逆らえん。なにせ──女王様じきじきの任務とあれば、なおさらな」

「……お前はそこまで掴んだのか?」


 そう言うミーシャの表情は……明らかに疑いの眼差しをレオンへと向けている。

 こちらの事情を知らない俺とヤマネコは……先ほどからずっと傍観者気分だ。いや、実際に防寒しているだけなんだが。


「ま、色々とな──お客さん方も、聞いておいた方が良い」

「……? は、はい」


 言われるがまま、俺はレオンの言葉に対して首を縦に振った。


「女王……“紫電の姫”はあんた方の監視をお望みらしい。オーキッドとやらが接触してきたのもそれが理由だろう」

「……ふ、監視と言うにはいささか派手だったがな」


 俺はさっきの場面を思い起こす。ぞろぞろと衛兵を連れて部屋に入ってくるオーキッドの姿はまだ記憶に新しい。

 確かにミーシャの言葉通り……“監視”というには大胆だし、おまけにこっちに姿を見せてしまっている。


「“姫”がどうやって客人方の来訪を察知したのかも不明だ。まぁ……あの方の技術を鑑みればなにがあってもおかしくはないがね」


 色々と言いたいことはあるが……それはそれとして、だ。

 ヴァイオレット王国とやらの一番偉い人間がその“姫”で、俺達はその姫とやらに目を付けられている……と。


 おいおい、何だかそれって……マズくないか?


「あぁ。シロの意見に賛成だ。同じ場所に留まるのは得策ではないだろう」

「……そ、そうですね」


 姫がどういう人物で、どういう目的を持っているかは分からないが……少なくとも用心しておくに越したことはないだろう、と思う。


「……行こう。なおさら、ヴァイオレットへ急ぐべきだ。真偽を確かめ、桔梗の元での保護を受ける為にもな」

「分かった。なら急ごう」


 俺は荷物を持って、それまで座っていた椅子から立ち上がる。

 ひととおりの支度を終えると……レオンが俺達を裏口へと案内してくれた。


「……せめてもの詫びだ。困ったときはいつでも頼ってくれ」

「……迷惑を掛ける、レオン」


 ミーシャに続いて、俺とヤマネコも大男へと頭を下げて、“ダンデライオン”を後にする。

 そして──時間は戻る。



「……わぁ」

「……人に潰されそうだ」


 人酔いする人間なら一発アウトなほど、このヴァイオレットの城下町は人口過密状態だ。もはや人口爆発なんていうレベルでは無く、笑ってしまうほどに人間が集中している。


 それとは裏腹に、街の光景は荘厳。古めかしくもあり、どこか厳かでもある。

 建材は石や木のようだが……建築技術は相当高いのでは無いだろうか。なにせビルぐらいありそうな壁を作れるわけだし。


「それで、どこへ行くんだ?」


 俺は声を振り絞って、大声でミーシャへ話しかける。周りの人間の発する雑音の中でも、どうやらエルフはこちらの声を聞き取れたようで、


「城だ。桔梗はヴィオレッタの“左腕”たる臣下。もし“特命”が本当であれば……オーキッドからの連絡をあそこで待っているだろう」


 城下町の奥にそびえる城。何と言い表せば良いのかは分からないが……それこそ童話にでも出てきそうなほど、“城らしい”城だ。

 街がテーマパーク並に大きいなら、そのシンボルたる城も同様に、って感じか。


「入れてもらえるもんなのかね」


 親しみやすい街の様子とは違い……どうにもヴァイオレット城が放つオーラというか……雰囲気は近寄りがたいもの。いや、むしろ人を寄せ付けない、とでも言うべきなのだろうか。


「おそらくは。駄目だった時の策も一応は考えてある。安心しろ」

「……分かった」


 とにかく、今はミーシャの言葉を信じるほかない。なにせ、現状この世界に通じているのはこのエルフだけだし。


 ……と。そんなことをぶつぶつと言いながら歩いていると、すぐに城の入り口……大きな城門の前に着いた。

 この国の紋章だろうか? 城の最上部に建てられた旗に描かれた勇ましい絵がここからでもよく見える。


「……ん?」


 俺はふと周囲を見渡してみた。……誰も居ない。オーキッドが引き連れていたような衛兵の姿も無い。

 仮にも国家元首が住む居城なのに……そんなことがありえるのだろうか。


「……な、なぁ、ミーシャ──」


 俺がエルフの肩を叩こうとする前に──周囲に轟音が響き渡った。耳が押しつぶされそうなほどの爆音を鳴らしながら、城門が開いていく。


「……下がっていろ、シロ、ヤマネコ」

「……? どうしたんだよ……って──」


 全開になった門。その向こう側に人影がひとつ。長い黒髪。高い背。そして……どことなく和風な装い。振り袖か……まるで着物のような。


 そして──一番悪いのは……その“人物”が……こちらへ“武器”を向けている、ということ。


「……もしかして、あいつが……」

「あぁ」


 ミーシャも、背中に携えた弓を構える。いつも通りの、落ち着いた声色のままで。


「ヴァイオレットの兵士を管轄する将軍にして──“紫電の姫”の臣下。……桔梗(ききょう)だ」

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