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7.紫電の国、紫電の姫

 朝。異世界の空に浮かぶ太陽の光を浴びながら、俺は目を開ける。眩しさと同時にだるさが全身を襲う。


 どうやら、一晩寝た程度では俺の体に溜まった疲労は消えないようで……学生の身分でありながらも自分の体が老いつつあることに驚きを隠せない。ついに俺も“お兄さん”卒業か。学生は学生でも高等学校の生徒なんだが。


「目が覚めたか──シロ」

「……あだ名で呼び合うほど親切な間柄だったか? 俺達」

「いいや? ただ私が気に入っているだけだが。良い響きじゃないか。まるで小動物のような名で」


 おいおい、朝っぱらから煽られてるぞ、俺。

 まぁ、確かに“シロウ”と言われれば“史郎”とか“四郎”を思い浮かべるもんで、“詩”の字を当てるなんてのは考えづらいかもな。ミーシャがそんなことを考えているとも思えないが。


「お、おはようございます」

「どうも、ヤマネコさん」


 ヤマネコ。機関から派遣されてきたエージェントが俺よりも少し年上だと分かったのは、初対面から少し後のことだった。

 こう見えても年上への畏敬の念は忘れたことが無いんだ。なので、今日からヤマネコには敬称を付けて呼ぶことにした。


「え、えぇ? どうしたんですか?」

「いえ──ただの心変わりです。だろ──ミーシャ?」

「……それで言うなら私の方がずっと年上なのだが?」


 金髪のエルフは、俺の様子を見て……やれやれとでも言いたげにため息をつく。


「それで、今日はどこへ?」

「あぁ、それは──」


 と。ミーシャがそう言いかけたところで……彼女の言葉はドアの開く音に遮られた。バンッ、という力強い音が部屋中に響き渡る。

 それがノイズに感じたのか、ヤマネコは自分の耳を手で塞ぐほどだ。


「──それは、こちらで決めさせていただこうかの」


 かなりしゃがれた男性の声。聞く限りでは……老人の声色だろうか。


「……こうならないために、早く出立しようと考えていたのだが……この寝ぼすけ人間」

「……何も言い返せない」


 突如、“ダンデライオン”の客室に現れたその“男”は……ぞろぞろと衛兵達を引き連れて部屋の中に入ってくる。

 杖で支えられている丸まった腰。中世の貴族が着ているような複雑なデザインの服。


「……ここはメルクリウス。ヴァイオレットの権力の及ばない場所のはず。あいにく……彼らは私の客人でな」

「なればこそ、我々がここへ来たのですよ。ミーシャ嬢(・・・・・)


 ミーシャは、先日の山賊襲撃の際のように……何やら険悪なオーラを醸し出している。場の空気が重い。この雰囲気は、学生の俺には重すぎる。

 とはいえ、逃げ出すわけにもいかないので……押しつぶされそうになりながらも、俺は状況を見つつ、自分の足りない頭で考えを巡らせてみることにする。


「第一に──こちらの身分は“監察官”であること。第二に、危急の自体においてはことメルクリウスにおいても……“ヴァイオレット”の介入が認められること。全て、協定で定められていることです。あなたも、お分かりでしょう?」

「……はっ、監察官か。意外なものだ。レオンが貴様ら(・・・)を通すとは。取引か?」


 ミーシャは──すぐさま背中に携えていた弓を構える。と同時に……周囲の衛兵が一気に武器を抜いた。その全てが……俺達に向けられている。なんというか……こんな状況ばっかだな、俺。


「お、おい! ミーシャ!」

「……詩朗さん、今は……」


 座っていたベッドから身を乗り出そうとする俺の肩を……ヤマネコが制止した。あぁ、神様。どうか前科者になることだけは避けて下さい。お願いします。


「我々も……王女の“ご友人”たるあなたとは事を構えたくは無いのです。“ダンデライオンのオーナー”から出された条件は……暴力沙汰を起こさないことと、あなた方の身の自由の保障。それで……そちらの返答は、いかがです?」


 “老人”の言葉を聞いたミーシャは俺とヤマネコを一瞥すると……すぐに元の方角へと向き直って口を開いた。


「……話は聞こう」

「至極単純なことです。あなたが再び現れたことを──王女の臣下である“桔梗”様に報告させて頂く。あなたも、宮中に居た頃に彼女とは交流ぐらいはあったのでしょう?」

「そちらの方が“安心だ”、そう言いたい訳か。ずいぶんとまぁ……足元を見られたものだ」


 そう言いながらも、目の前に居るエルフは武器を降ろした。衛兵達も、その姿を見るとそれぞれ矛を納めていく。


「……監察官。名は?」

「こちらはオーキッド。桔梗様に仕え……ここら一帯の治安を維持している、とでも言えばよろしいかな」

「……遅かれ早かれ、私たちの動きは捕捉されていただろう。かの“トカゲ”ではなく桔梗のヤツなら、それほど悪い結果にはならない……か」


 俺の知らない単語をブツブツと呟くミーシャ。説明が足りないぞ。よく分からない外国語の文章を聞かされているみたいだな。なまじ同じ言語基盤を持っているがゆえに違和感を感じる。


「……それでは失礼します、ミーシャ嬢。後ろのお客人の方々も……いずれどこかで」


 老人と衛兵たちが部屋から姿を消す。先ほどまで険悪なムードに満ちていたこの部屋も……毒気が抜かれたようにいつもの空気に戻っていた。


「……それで、説明はしてもらえるんだろうな」「……あぁ。だが今は……先を急ぐ。少なくとも、桔梗は味方だ。ヤツの所に居れば他の勢力の干渉を受けることは無いだろう」


 エルフは、床に置いていた荷物を、俺とヤマネコへそれぞれ投げてきた。と、同時に──部屋の窓からある“場所”を指差す。


「あれが──ヴァイオレットだ。予定よりも早く着くことになりそうだがな」


 窓から見えるその景色は……俺の瞳には幻想的に映る。西洋の城と城下町。それもそこらの街よりも遙かにデカい……それなりの山ほどはありそうなスケール感だ。


 桔梗に“トカゲ”。オーキッド。知りたいことは山ほどあるが……俺に出来るのは、とにかくミーシャに着いていくことだけ。


 ヴァイオレット。俺は──その“紫の国”がどのような場所なのか……内心わくわくしていたところは……否めなかった。

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