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6.商いと旅人の街、メルクリウス

 感嘆。ありきたりだが、俺が“この街”を見たときに抱いた感想がそれだ。“塊”と化した人々が放つ熱量は、今まで生きてきた中で感じたことが無いほど強い。


 ミーシャの先導によって、紆余曲折ありながらも、ようやく“メルクリウス”に辿り着いた俺達を出迎えたのは、そんな光景だ。

 出入り口である“門”は活気に溢れ、街の外にまで露店の影が続く。


「すごい街だな……ほんと」

「メルクリウスは東方交易路(とうほうこうえきろ)の商人ならば必ず立ち寄る街。ともすれば、王都よりも栄えているかもしれないな」


 そんなことを言いながら、俺達はメルクリウスの扉をくぐり……街の中へと進んでいく。

 意外にも、特に検問のようなこともなかった。


「……」


 周囲を見ると、先ほどの街道の時のように、俺達の姿をまじまじと見るような人物はもう居ない。と言うより、見る余裕が無いのだろう。

 俺自身も、前を歩くミーシャの後ろ姿を追うので精一杯で、とても周りに注意を向けることなんてできない状態だ。


 おそらくここは、この街のメインストリート的な場所なのだろう。真っ直ぐ続く道と、その横に並ぶ多くの店。

 異国情緒溢れる雰囲気というか……。それこそ西欧のような趣を感じる。


「──着いたぞ。お前達」


 ミーシャの声を聴覚が捉え、彼女にぶつかる前に何とか足を止めた。……背中の感触からして、どうやらヤマネコは失敗したようだったが。


「ここ……ですか?」


 軽く頭を抑えながら、小さな少女はそう口に為る。ヤマネコの顔が見上げる先にあるのは……木造の大きな屋敷のような建物。


 それこそまるで……貴族の一人でも住んでいそうだな。


「説明は中でする。入れば分かるだろう」

「あ、ああ」


 エルフに言われるがままにして、俺達は“屋敷”の中へと足を踏み入れた。

 暖かい光に照らされ、どこか安心感を覚える自分がいる。


「そこらで座って待っていろ。手続きを済ませる」


 とだけ言い残し、ミーシャはそそくさと“受付”らしき場所へと向かっていった。

 ヤマネコの困惑した顔に同情しつつ……俺達は近くにあった椅子へと座る。


「……宿……いや、ホテルなのか?」

「そうみたいですね……。それにしては……かなり豪華な気もしますけど」


 確かに、ヤマネコの言うとおりだ。この“宿”の内装は、いかにも庶民が連想する貴族の屋敷みたいな感じ。

 天井には豪勢なシャンデリアが取り付けられ、床には何だか良さそうなカーペットが敷かれている。


 現に俺達が座っている椅子もなかなかどうしてふかふかで……疲れも相まって寝ら れてしまいそうなほどだ。


「……それにしても、さっきみたいな時でも“機関”は助けに来ないのか?」

「……それは、ですね」


 俺は……ミーシャが手続きをしている間に、先ほど浮かんだ疑問をヤマネコへぶつけた。少女はエルフが居ない状況の方が話しやすいようだし、俺とてそれぐらいの配慮はできるからな。


 ヤマネコは、少し悩んだ表情をした後……言い淀みながらも口を開いた。ただ……彼女の口から出た言葉は、俺の想像の範疇を超える物では無かった。


「まだ……お話しできない、と言ったら納得されますか?」

「……」


 分かってる。分かってるさ。俺は只の一般人。対してヤマネコは機関のエージェント。立場が違えば境遇も違う。


「……分かった。いつかは教えてくれ」

「……はい。九重(ここのえ)さん」


 ……と。そこまで言って──俺はミーシャがこちらへ歩いて来ているのに気づいた。どうやら、先ほど会った“レオン”という男性も傍らに居るようだ。


「おう。久しぶり……ってほどでもないか、お二人さんよ」

「は、はい。先ほどはどうも……」


 俺とヤマネコはその“レオン”へと頭を下げるが……。


「おいおい、よしてくれよ。ミーシャの客人なら、オレの客人も同然。遠慮する必要もねェってことよ」


 がはは、と豪快に笑いながらそう告げるレオン。バイキングのような出で立ちをしているものの、どうやら温厚な人のようで少し安心した。

 とりあえず、俺とヤマネコは頭を上げて……レオンの方を向く。


「さ、部屋の鍵はミーシャ嬢に渡してある。ゆっくり休んで行ってくれよ、お二人さん」

「ど、どうも……ありがとう」


 俺はレオンに礼を言って、後ろで待っていたミーシャの元へと行く。ヤマネコが来るのを確認すると、ミーシャはそのまま歩き出した。


 荘厳なホテル……とでも言うべき宿の中をしばらく歩くと、ミーシャが一つの部屋の前に立ち止まった。

 見た限りでは普通の部屋のように見えるが……しばらくしてある“違和感”に気づく。


「……ドアに鍵穴が無い?」


 どこをどう見ても、この扉には鍵を差し込む場所が無いように見える。俺の目が節穴で無い限りは、だが。


「鍵はこれだ」


 そう言うと……ミーシャは自分の手を俺達に見せる。と言っても、手のひらに何かがあるわけでもない。


「エルフ流のジョークか?」

「……何だ。私が冗談を言うように見えるか?」

「……肯定も否定もしづらいな、その質問は」


 ミーシャは俺の返答を聞いて軽く息を吐き……その人差し指でドアノブに触れた。すると──。


「ほら──冗談では無いと分かっただろう?」


 ミーシャの指がドアノブに触れた瞬間──淡い光がドアから漏れ出し……自動的に扉が開いた。

まるで……魔法だ。


「……どういう原理なんですか?」

「……話す理由も無いが……まぁいい。とりあえず入れ」


 部屋の中は豪華で豪華で豪華。とにかく煌びやかとしか言いようがない。この空間に居るだけで自分がブルジョワになったとでも錯覚しそうだ。


 金ぴかの装飾に? デカデカしいシャンデリアに? 何だか高級そうな石造りのテーブルに? おまけにふっかふかのベッドときたもんだ。いやはや、至れり尽くせりだね。唯一の懸念点はここが“ダンジョンの中”であることぐらいだ。


「それで、話の続きですが……」


 荷物をひとしきり片付けたヤマネコが話し始めた。エルフは窓枠に座りながら……彼女の質問に答える。


「私の世界──お前達からすればダンジョンの中になるが──ここでは大気中に“エーテル”という物質が流れている」

「えーてる……ですか?」

「あぁ」


 初めて聞く単語に戸惑うヤマネコをよそに、ミーシャは話を続ける。


「世界の生み出す超自然的な力……それが“エーテル”だ。本来は私たちエルフにしか“エーテルの使役”は許されていなかったのだが……」


 外を眺めながらそう告げるミーシャの目は……どこか憂鬱そうな印象を受けた。


「王女……ヴィオレッタがエーテルを誰でも用いることの出来る技術を生み出し……ヴァイオレット王国は一気に発展を遂げた、というわけだ」


 確かに……ここの“宿”ひとつとっても、いや、このメルクリウス自体もそうだが……街の雰囲気は古風でも、その発展具合は相当なものというのは理解できる。


 遠目から見ても分かるほどに巨大な町並みを作れるほどの技術力を持っていると考えれば、見た目以上に技術レベルが高いと言われても納得はできるな。


「わ、分かりました。ありがとうございます、ミーシャさん」

「別に構わない。ただ、私としてもそちらの世界の事情に興味があるのだがな」

「……それなら……うーん……わ、わたしの言える範囲でなら、になりますが」


 ──そこからのことは覚えていない。既に睡魔に蝕まれつつあった俺の体は、延々と繰り広げられる小難しい話の前についぞ倒れてしまった。

 全てはこの柔らかいベッドのせい……ということにしておこう。


 明日はおそらく、ミーシャが目指しているであろうヴァイオレット城まで赴くことになるだろう。 しかし、だ。実際エルフの彼女が何を目指しているのかが……未だはっきりとしていない。


 ミーシャの言うところの“友人”とやらが居る場所がヴァイオレット城……なのだろうか。いずれにせよ、推測の域は出ないな。


 どちらにしても、俺のような小さな存在がどうにかこうにか出来る物事でも無い。風に吹かれる草のように、その場その場に合わせることが重要なのさ。俺みたいな奴は。


 そんな自虐めいたことを言いつつ──ミーシャとヤマネコの声を背に──俺の意識は深い闇の中へと落ちていった。

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