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4.キングダム・オブ・ヴァイオレット

「“紫の王国”……ね」


 金髪のエルフ──ミーシャの後に続きながら、俺は先ほどの会話を思い起こしていた。

 なんでも──この幻想的な光景の広がる、いかにもファンタジー的な世界は……ヴァイオレットという国を中心に栄えているらしい。


 他国よりも遙かに広い領土を有し、それに伴う巨大な経済圏を持つヴァイオレット王国の発展具合はめざましい。

 実際、ダンジョンから俺達を出迎えた“光景”の中にも……その様相は現れてはいた。


 遠景に見える巨大な城に、その周囲の広い城下町。そこから広がっていく無数の街道。

 ミーシャ……エルフの言葉が嘘でないことは、その光景を見た俺や“ヤマネコ”にとっては明らかなことだったのだ。


 そんなことを思い起こしつつ……俺はある疑問をエルフへ投げかけた。前を歩く彼女の背中に話しかける。


「……なあ」

「何だ? 質問か? それともお得意の独り言か?」

「……う」


 いや、独り言が多いのは自覚している。自覚しているが、いや、しかしだな。


「……こちらの世界での“ダンジョン”の扱いが気になっているのだろう?」

「……まるで心の中を読んだみたいだな」

「顔に書いてある。少しは感情を隠す練習でもしておけ」


 おいおい、俺の記憶ではミーシャがこちらへ振り向いた光景は無かったんだが。それとも何か? 本当に記憶を操作する系のコスモパワー的な何かを持ってるのか?


「……続けるぞ。ダンジョンは……そうだな……何と言えば良いのか」


 エルフ……ミーシャは考えながら歩みを進める。まだ街道は見えてきておらず……周囲は静かな森。 静寂が支配する空間の中で……俺とエルフと少女の足音だけが響いている。


「……」


 ふと、斜め後ろに目をやると、最後尾から顔を覗かせていた“少女”……ヤマネコがメモを手にしてミーシャを見つめている。

 ……というより、目つきが鋭すぎてどちらかと言えば睨んでいるようにしか見えないが……。


「“遺跡”、とでも言えば良いのだろうか。正直、そちらの世界ほどに価値のある場所として見られていないのが現実だ」

「……遺跡、ですか?」

「あぁ。今となっては“魔物”の住処と化した……古い文明の遺産さ」

「……」


 そのミーシャの言葉を聞いたヤマネコは……急に黙り込んでしまった。おまけにやけに神妙そうな面持ちをしている。

 

「……今のミーシャの話で何か気づいたのか?」

「……いえ、それは……」


 “何か”を言いよどむヤマネコは……その場に立ち止まって俺の顔を再度のぞき込む。その全てを見透かすような目線に……思わずたじろぎそうだ。

 何も後ろめたいことをしていないのに腹を探られるような……そんな感覚だ。不快というより、むしろ怖い。


「──おーい! 早く来い、人間!」


 ヤマネコとの間に流れた……微妙な空気。それは、ミーシャの声の前に消えてしまった。

 ふと、声の主の方を見ると、いよいよ街道が見えてきたようで……馬車か何かの一部が木々の間から見え隠れしていた。


 あぁ、ようやく──ダンジョンから続いた一本の獣道から出られる……なんて思いながらエルフの方へ歩き出す俺を……ヤマネコが、止めた。


 私服……シャツの上に羽織ったパーカーの裾を掴む小さな手。だが……振り払うことができないほどに強い力をヤマネコは出している。


九重(ここのえ)さん。そのまま……あのエルフの方を向いたまま……怪しまれないようにしてください」

「……え? な、何だよ……っ」


 ヤマネコの冷たい声色。困惑する俺をよそに……小柄な少女は言葉を続ける。


「私たち“機関”は行方不明者の捜索の中で……多くの死体を見つけてきました」

「……死体って……」


 何の話だ、と言いたい気持ちを抑えて、今はただヤマネコの発言に耳を傾ける。


「見つけた死体は人間のものと、彼女の言う“魔物”……と呼称される存在のものです。ですが……」

「……」


 ミーシャが退屈そうに木にもたれかかっている様子が視界に入ってくる。ああ、羨ましいね。今すぐ立場を交換したいもんだ。


「“人間”の死体の中には──未知の物質からなる装飾品や衣服を身につけたものがありました。それも……何十何百体と」

「……それとこれがどういう……」


 と。ヤマネコの言葉をここまで聞いてようやく気づく。もし、だ。もしも……その“死体”が……こちら側の世界の住人だとしたら?


 何百人もの人間が死ぬ場所が……ただの遺産で……価値のない場所……なのか?


「そんな話をなんで……俺に? しかもこんなタイミングで」

「……理由は色々ありますが……」


 ヤマネコは……それまで纏っていた強気な雰囲気のようなものをしまい込んだ。少女の周りには……初対面と同じ、どこかおどおどとした……親しみやすそうな感じが戻る。


「少なくとも──これであなたは、こちらの話を少しは信じるようになり……エルフの話には多少の疑念を抱くようになるでしょう?」

「……」


 なるほど、と一瞬でも思った自分を殴りたくなるね。確かにヤマネコの話には物的な証拠があるようだ。

 だが……俺はどちらも目にしたことが無いし、この小柄な少女が“機関”のほら話を口にした可能性だって無くはない。……無くはないはずだ。


「……面白いことを言いますね、あなたは」

「……そりゃどうも」


 褒められてるような気はしないがな。あいにくこちとら単純な性格なんだ。褒め言葉は素直に受け取るタイプなんでね。


「……ほんと、“独り言オバケ”ですね、九重(さん)は」

「オバ……何だって?」


 俺が聞き返す前に……ヤマネコはミーシャの下へ歩き出す。

 エルフは“ようやくか”とでも言いたげな表情でため息をついて……道の傍らに戻ってきた。


「──“彼女の訪問”は想定外でしたが──彼女の存在は機関の想定内です。ゆえに私は──エルフを警戒するよう命令を受けている。九重(さん)、願わくは──」


 去り際の、小さな背中が語る。


「あなたが──機関にとって有益な人物でありますように」


 そう言って──ヤマネコはエルフの下へ走り出す。先ほどまでの……おどおどとした子供のような振る舞いをしながら。


 俺はただの高校生だ。そのはずなのに……なぜ“エルフ”と“機関”とやらに間で板挟みになってるんだよ。

 あぁ、胃がキリキリとしてきた。最悪だ。ダンジョンストレスだね、これは。


 獣道を抜け、街道に出る。その煌びやかで騒々しい光景とは裏腹に……俺の心はどこか憂鬱なものだった。

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