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1.プロローグ

「物騒だなぁ」


 俺は朝ご飯の卵焼きを掴む箸を止めて、そんな風に呟いた。がらん、とした家の中に響く自分の声を耳にして、更に嫌気が差してくる。

 だが。俺の前にあるテレビのスクリーンには、わざわざ育ち盛りの一八歳が食事を止めて意識を向けるほどのニュースが流れていたのだ。


『……先日冬木市に発生した“ダンジョン”についてですが──付近で男性の遺体が発見されました。現在は警察が身元を調べて──』


 淡々と原稿を読むアナウンサーに申し訳なさを感じつつ、俺はテレビの電源を切った。死人をおかずにご飯を食べるほど、俺の気分は沈みきっていない。


 それに……あいにく、“近所”で起きた事件を朝から見たくはないってのもある。ニュースで映った“現場”の写真は、決して見たことの無い場所では無かったからだ。


「ダンジョン、ねぇ……」


 そう言いながら、俺は窓の外──親が大金をつぎ込んだ一戸建ての庭を見る。


「……どうすっかなぁ……アレ」


 何の変哲も無い草木の中にある、石造りの階段。無論、うちの家に地下室など無い。おまけに、階段の先は真っ暗で何も見えないと来た。


「……はぁ」


 ため息をつく俺は──ようやく時計の針が“マズい”ことになっていることに気づいた。しまった……遅刻だ。

 慌ててご飯を喉に流し込み、皿をまとめてシンクにおいて、俺は家を後にする。


 不気味な雰囲気を覗かせる“階段”を、ちらりと見ながら。



 ──ダンジョン。特別なもの。特別だったもの。“それ”は今となっては特殊性を失い、普遍的な存在となっている。

 “それ”が現れたのは、一〇年ぐらい前かららしい。最初は俺も、親も、モニターの中の人間も、あらゆる人々がダンジョンの出現に驚いていたが……今日びそんなリアクションを取る人間はどこを探しても見つけることは不可能だろう。


 現在。ダンジョンはそこら中で見かけることができる。とはいえ──ダンジョンが誰の権利に帰属するのか……といったことは未だ定まっておらず、あいまいな状態ではあるらしい。

 いっぽうで、ダンジョンの中には金銀財宝が眠っているという噂もある。あくまで“噂”だが、ダンジョンに眠る“金”は現実のそれと同等の物質であるとか。知らんけど。


 だからといっては何だが、ダンジョンの中に入っていく……いわばトレジャーハンターのような人間も増えている。まぁ実際は、“ハンター”の技術を教える側が儲かっているシステムのようだが。

 あぁ、なんと悲しきことか。ことダンジョンにおいてさえ、使う側より使われる側の方が損をするのだ。あるいはこれは世界の真理。まぁ……知らんけど。


 俺は──そんなだらだらと長ったらしいことを、学校からの帰り道で考えていた。

 何か特筆すべきイベントが学校であるわけでもない。小説の主人公のように……周りから一目置かれる存在でも無い。


 言ってしまえば……俺は平凡だ。成績は普通。

順位は中の上。カースト順位もど真ん中。利益もないが、害もない。

 俺は誰を気に掛けることもなく、誰も俺を気に掛けはしない。ある意味でイーブン。フィフティフィフティというやつ……なのだろう。


「……はぁ」


 あまりにも自虐が極まると、もはや自分では何も感じなくなるものだ。だが今日、俺はそんな“平凡”から抜け出す。そう決めたのだ。


 ダンジョンが現れた場所が私有地の中であれば、基本的にそのダンジョンに入る権利は土地の所有者が有する……ということになっている。

 慣習法というほどしっかりした仕組みではないが、ある種の一般意識として形成されている考えだ。


「……ただいま……っと」


 俺は家へ着くなり、玄関のドアを少し開いた。その隙間から荷物を中へ入れて……その脚で庭へと歩いて行く。

 “庭”といっても、それほど大きいものじゃない。せいぜい犬小屋を建ててミニトマトでも育てられたらいいな、ぐらいのサイズだ。


「……にしても、暗いな」


 先日もそうだったのだが……何度見ても“ダンジョン”の入り口である階段が暗い。“一寸先は闇”と言うが、その言葉の如く階段の続く先は闇に包まれている。


「……」


 俺は数回深呼吸をすると……おそるおそる階段を降りていく。外部に露出している部分を過ぎると……その石段は水に濡れているように感じた。

 手元のスマートフォンから放たれるライトを頼りに……歩みを進める。


「……湿度が高すぎるだろ、いくらなんでも」


 お世辞にもダンジョンの中は快適とは言えない状態だった。そこら中に水滴の落ちる音が響いており、じめっとした空気が腹立たしいことに俺の頬を撫でている。


 息が詰まりそうなほどに不快な空気を耐えながら……暗闇の中を進む。

 そういえば……ダンジョンの入り口を施錠しているわけではなかったので……もしかしたら不審者あるいは変人が中に入っているかもしれない。


 そんな考えが頭の中に浮かぶ度に、自分の脚が重くなっていくのをなんとなく感じる。目の前に広がる暗闇が……どこか怖い。手元にライトがあるにも関わらず。


「……鬼が出るか……あるいは──」


 ──あるいは……何だろうか。蛇だけはご勘弁願いたい。いやこの状況では何が出られても──。


「──止まれ」


 ……聞き間違いでなければ、俺の左後ろから声がした。しかも近い。かなり近い。

 あぁ──不審者ルートだ。最悪だ。勇ましくもダンジョンに挑んだ俺は──暗闇の中で不審者に殺されるのだ。さらば、人生。


「……何をぶつぶつと。それと言っておくが……私は不審な者ではない」

「……じゃあ誰だよ……って」


 その声──女性の声のようなその声色には──どうやら敵意は無さそうだった。恐る恐る俺は……後ろを振り返る。一応、両手を上に上げながら。さながらハイジャックに巻き込まれた人質のように。


「……」


 暗闇の中に立つ声の主。彼女《・・》は手にランタンを持ちながら……俺の顔をじっと見ている。今にも刺し殺されそうな目つきだ。やめてくれると助かるんだが。


「お前に敵意が無いとは限らない」

「……」


 冷たい声だ。近づこうとする者を全て凍り付かせるような……凍てついた声色。


「……だが。見たところ只の……いや……人間のようだな」


 急にその女性の鋭い目つきが和らいだ。金色の髪色に……青色の目。すらっとした背。

 それでいて……その身には古風な……装束のようなものを纏っている。その姿はさながら、海外のコスプレみたいだった。


「……その……なんでここに?」

「こっちが聞きたい。お前のような人間がなぜここに居る? どこから入ってきた」


 返答に困る。いやに古風なしゃべり方だが……彼女の纏う雰囲気が、それが“嘘”ではないことを感じさせる。


「……おい、聞いてるのか?」

「あ、あぁ。そうだな……あっちの階段を降りてきたんだが……」


 俺の指は、うっすらと照らされた階段を示す。あいにく一本道ではあったので……降りてきた方向を見間違えることもないだろう。


「行くぞ、人間」

「……え──って、お、おい!」


 その“古風な女性”は……唐突に俺の手を取ったかと思うと──階段の方へ歩き出した。


「送ってやる。万が一死なれでもしたら気分が悪いのでな」

「……」


 有無を言わせない気迫を纏った言葉に……俺はうなづくしかない。イエスマン。断る勇気をどこに置いてきたのだろう。


 俺は彼女に連れられて歩いてく。何だこの状況。何だこの状態。

 しかし──突如現れた“非日常”に……心を躍らせていないと言えば嘘になってしまう。


 わくわくとドキドキ。心躍る冒険譚。ダンジョンに秘められた夢物語。俺の脳内妄想がそんな想像を無限に続ける最中──。


「……え?」


 ダンジョンを脱出した俺達を待っていたのは“暖かな光”などではなく──。

 自分の体に向けられた……多くの“銃口”と……スーツ姿にサングラスの“不審者”達だった。

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