第2話異界街道と黒猫の導き
前回からだいぶ間が空いてしまいました
すみません
城の部屋で一息ついた四人は、それぞれ椅子やベッドに身を預け、しばし沈黙を味わっていた。
「……街、見に行かね?」
空汰がぽつりと呟いた。ベッドの縁に腰掛けながら、天井を見上げる。
特に異論を挟む者はいなかった。むしろ、全員がどこかでそう思っていた。
この世界がどんな場所なのか、自分の目で確かめてみたい。
それは不安でもあり、同時に、無意識に求めていた“何か”への手がかりでもあった。
控えの間に戻ると、控えていたアレンがすぐに察したように一礼する。
「街に行かれたいとのこと、少々お待ちください。リサ様に確認を取ってまいります」
そう言って、静かに部屋を後にした。
数分後、アレンは再び戻ってきた。その後ろには、どこか冷静さを纏った女性──リサの姿がある。
以前、対面していた彼女を見て、四人の視線が一瞬だけ柔らぐ。
「お出かけですね。こちらをお持ちください」
リサが差し出したのは、小ぶりな袋だった。
開けると、中にはさまざまな大きさ・色のコインが詰まっていた。
それぞれの表面には幾何学的な紋様が刻まれている。数字や文字ではなく、模様で価値を識別する仕組みらしい。
「街の中で必要になるでしょう。返済は……必要ありません」
理由なき善意。それに、誰かがふっと息をのむ。
だが、リサの表情に下心は見られなかった。
「それと……黒猫様も、ご一緒に」
四人の足元で、例の黒猫が静かに座っていた。
相変わらず無言だが、その視線にはどこか知性のようなものが宿っている。
「黒猫様が、あなた方を気に入っておられるのです。きっと、お役に立つでしょう」
リサの言葉に、空気が少し張りつめるが──
やがて、誰からともなくうなずき、立ち上がる。
黒猫はすっと立ち上がり、扉の方へ歩き出した。
その後を、四人がゆっくりと追い始める。
* * *
城の外に出ると、街の賑わいが視界いっぱいに広がった。
午前中とは打って変わって、通りには多くの人と種族が行き交っている。
耳の長いエルフのような存在。背中に羽を持つ少女。小さな獣人。
この街は明らかに多種多様で、それがごく自然に溶け込んでいた。
押し売りのような呼び込みもなく、活気と落ち着きが共存している。
「思ったより、こう……普通に賑わってるね」
詩乃が目を丸くする。
「朝通ったとき、こんなだったか?」
空汰が眉を寄せる。
「静かすぎて、印象に残ってなかったんだろ」
廻が肩をすくめた。
「どこ行く?」
澪月がポツリと問いかけると、詩乃がすっと手を挙げる。
「雑貨屋さんとか、かわいいの見たい」
「賛成」
空汰が即答する。
「金はある。使って損なし」
澪月が袋を軽く揺らした。
その瞬間、黒猫がぴんと尻尾を立て、音もなく歩き出す。
行き先を知っているかのように、迷いのない足取りで。
案内されたのは、裏通りにひっそり佇む雑貨屋だった。
古びた木造の扉の奥、ショーウィンドウには色とりどりのぬいぐるみやアクセサリーが並んでいる。
「……かわいい」
詩乃が無意識に店の中へ吸い込まれていく。
詩乃の視線は、小さな猫のぬいぐるみに止まっていた。
虹色の毛並みと丸い瞳。どこか、黒猫に似ている。
「買っちゃいなよ」
空汰が軽く背中を押す。
詩乃はぬいぐるみを抱えてカウンターへ向かう。
無表情な店主が、無言で二本の指を立てた。
詩乃は、模様が二つ刻まれたコインを差し出す。
受け取った店主は、棚から赤いリボンを取り出し、ぬいぐるみの首に結んだ。
それは丁寧で、どこか親しみのこもった仕草だった。
袋に入れることもなく、そっとぬいぐるみを手渡す。
詩乃は嬉しそうに頷いた。
「次、どこ行く?」
廻が問いかける。
「飲み屋」
廻は即答した。
「またかよ、昼から……」
空汰があきれつつも笑う。
黒猫は再び歩き出し、大通り沿いの居酒屋へと導いた。
木の看板、開いた窓から香る出汁と香ばしい煙。
扉を開けると、陽気な声が飛び込んできた。
「いらっしゃい! おお、珍しい顔だねぇ。旅の途中かい?」
陽気な店主が笑顔で迎え、廻はすかさず声をかける。
「麦の酒と、軽いツマミを」
「任せな! 良いのが冷えてるよ」
杯の紋様が刻まれたルーナを渡すと、店主は手際よくグラスを満たし、焼いた串を皿に乗せて出してくる。
「……ふつうに、居酒屋だな」
空汰が笑う。
「うまい」
廻が満足げにグラスを傾けた。
「最後、空汰の番だろ」
詩乃が言うと、空汰はにやりと笑う。
「ゲームに出てくる怪しいアイテム屋とか!」
黒猫がくるりと向きを変え、今度は奥の路地へと足を踏み入れる。
重たい扉の奥に広がっていたのは、錆びた歯車、怪しげな水晶、呪文が刻まれた札──
“魔王の世界”を彷彿とさせるような空間だった。
空汰はまるで子供のように目を輝かせ、半透明の魔石を手に取る。
三本の指を立てる店主に、翼の紋様があるルーナを三枚渡し、アイテムを手に入れる。
「次は澪月?」
廻が振り返る。
「アクセ、見る」
その一言に、黒猫が再び歩き出す。
今度は石造りの重厚な建物。
棚にはシンプルなシルバーアクセサリーや、金属と革を組み合わせた無骨なブレスレットが並んでいた。
澪月は、黒い石が埋め込まれたリングをひとつ選ぶ。
猫の紋様が刻まれたルーナを二枚出し、黙ってそれを受け取った。
何も言わずに指にはめたその姿が、どこか自然に見えた。
黒猫は、再び前を向く。
今度は誰も何も言わずにその背を追う。
──あの日、この世界に来たときのように。
夕陽が差し込む道を、彼らは再び歩き出す
廻「昼から飲める世界に悪いやつはいない──なんて、思いたいけどさ。
……あの黒猫、なーんか裏がありそうなんだよな」
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作者です。今回も読んでいただきありがとうございます!
第2話では、異世界の街を歩きながら、ちょっとずつ“この世界の違和感”を感じてもらえるよう意識しました。
空気感はのんびりしてるのに、どこかピースが足りないような……そんな雰囲気、伝わっていたら嬉しいです。
物語はまだまだ序盤。
黒猫の正体も、この街の裏側も、これから少しずつ明かされていきます。
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更新は不定期かもしれませんが、必ず最後まで書き切りますので、気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。