0話 “日常”の終わりは、黒猫が連れてきた。
駅のホームに一歩足を踏み入れた瞬間、白夜 澪月は眉をひそめた。
スマホのアンテナが、一気に“圏外”へ落ちる。通知も止まり、WiFiも繋がらない。
──今日は、オフ会のはずなんだけどな。
ため息をつきながら、スマホをポケットに戻す。人の流れから抜けるように、澪月は構内を離れた。
視界の端に、駅前のベンチで周囲を見渡す白髪の男が見えた。あの無造作な前髪と人懐こそうな顔は──真白 空汰だ。
「空汰?」
声をかけながら近づくと、空汰は気づいて片手を軽く上げた。
「おー、澪月。マジで電波死んでるよな。スマホ、ただの板になったわ」
「俺も。まさか、ここまで繋がらないとは思わなかった」
「まあでも、会えたし良かったよな」
空汰が肩をすくめて笑う。軽い口調とは裏腹に、ちょっと安心したような顔をしていた。
そのとき──
「……澪月、空汰……?」
後ろから、か細い声が聞こえた。振り返ると、小柄な少女が困ったように立っていた。ピンクゴールドの髪に、揺れる視線。月野 詩乃だ。
「詩乃か。合流できて良かった」
「うん……どうしようかと思ったけど、ここに来たら会えて……よかった……」
ほっとしたように笑う詩乃を見て、澪月も自然と表情を緩めた。
「これで3人。あとは廻だけか」
空汰が言ったその直後だった。
「おーい! みんな、待ってくれ〜!」
声のした方を見ると、小柄ながらがっしりした体格の男性が酒の袋を手に走ってくる。陽気でどこか熊っぽいその男──榊 廻だった。
「悪ぃ、酒買ってたら遅くなった!」
「お前……朝から飲む気かよ」
空汰が呆れたように言うと、廻は「朝じゃねぇよ、オフ会始まったらもう夜だろ?」と笑った。
「酒は常備薬みたいなもんだし」
そう言って胸を張る廻に、澪月は苦笑した。
──結局、このいつも通りのやりとりが、俺たちの“日常”なんだ。
そう思っていた、そのとき。
「……にゃー」
どこからか、柔らかくも鋭い鳴き声が響いた。
「ん?」
4人が足元を見やると、そこには黒猫がいた。深く黒い毛並みに、金のような瞳。こちらをじっと見つめている。
「……猫?」
澪月がしゃがみ込んで手を差し出すと、黒猫はするりと身体をひねって歩き出した。
「……かわいい」
詩乃がぽつりと呟く。
「追いかけてみようか?」
澪月が何気なくそう言うと、詩乃もすっと立ち上がった。
「おいおい、なんで追いかける流れになってんの?」
空汰がぼやくが、二人はすでに猫のあとを追いかけていた。
「はいはい、行きゃいいんだろ」
空汰が肩をすくめてついていき、最後に廻が楽しげに笑った。
「こういうのはな、乗っといた方が面白い」
黒猫は狭い路地へと消えていく。その姿を追い、4人は言葉もなく歩みを進めた。
路地をいくつも抜けるたびに、空気が変わっていく。喧騒が遠のき、匂いも、色も、温度までもが別世界のように変化していく。
──そして、気づいたときには、彼らは見知らぬ街の中にいた。
「……ここは……?」
廻が周囲を見回し、空汰が呆然と立ち止まる。
「RPGの街かよ……リアルすぎるだろ」
詩乃はきょろきょろと辺りを見渡しながら、わくわくしたように息を呑んだ。
「これ……まさか」
澪月が言いかけた瞬間、黒猫が立ち止まり、こちらを振り返る。
その瞳は、まるで──「ようこそ」と語りかけているようだった。
澪月「まさか、黒猫についてったらこんなことになるとはな……」
空汰「いやマジで。あと駅でギャグ滑ったの納得いってねーからな」
詩乃「でも……また、みんなに会えてよかった……」
廻「次はどんな面白ぇこと起きるんだろうな!楽しみだわ!」
──ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
作者です。
この物語は、最後までしっかり描ききるつもりで書いています。
ただ、投稿ペースは少し不定期になるかもしれません。
それでも、どんな形になってもこの世界を最後まで描き切る覚悟でいます。
評価・感想・いいね・ブックマーク、どれも本当に励みになります。
それでは、また次の更新でお会いできることを願って──。