第七話 貴翔ふたたび
午後の柔らかな陽射しが差し込む教室で、私は一人、窓際の席で本を読んでいた。
穏やかな時間を過ごしていたそのとき、不意にドアが開き、聞き覚えのある声が響く。
「ねえ、六花。久しぶり。」
その声に驚いて顔を上げると、そこには千田貴翔が立っていた。
以前と変わらない華やかな笑顔を浮かべているが、その奥にはどこか不穏な影が見え隠れしている。
「貴翔……? どうしてここに?」
私は思わず立ち上がり、彼を見つめた。
彼は教室の中に入ると、私の机の前まで歩み寄り、軽く笑う。
「びっくりした?」
貴翔は笑顔を浮かべながら私の机に手を置き、私をじっと見つめる。
その瞳はまっすぐで、まるで私の心を見透かそうとしているようだった。
◆◇◆◇
それから数日、貴翔は何かと理由をつけて私に話しかけてきた。
昼休みには「一緒に食べない?」と誘い、放課後には校門で待ち伏せることもあった。
「ねえ、六花。今日はどこか行かない? 昔みたいにさ。」
放課後の帰り道、彼がそう声をかけてきたとき、私は立ち止まって彼をじっと見つめた。
「貴翔、正直に言って。どうして急に私の前に現れたの?」
「どうしてって……また君と一緒にいたいからに決まってるじゃない。」
貴翔は笑顔を浮かべながら答えたが、その目にはどこか焦りの色が見えた。
それを見逃さなかった私は、言葉を選びながら問いかけた。
「でも、私たちは一度関係を終わらせた。あのとき、私がどれだけ傷ついたか、貴翔だって分かってるはずでしょ?」
その言葉に、貴翔の笑顔が一瞬消えた。
◆◇◆◇
「……ごめん。」
突然の謝罪に、私は少し驚いた。
貴翔はうつむきながら、静かに続けた。
「あのときのこと、後悔してる。俺、君のことが好きだったのに、自分勝手なことばかりして……君を苦しめたよね。」
「それは……」
「でも、もう一度やり直したいんだ。今度は、ちゃんと君のことを考えるから。」
貴翔は真剣な目で私を見つめてくる。
その瞳には確かに誠実さが感じられたが、私はまだ迷いを抱えていた。
「貴翔、本当にそう思ってるの? 私を利用したり、縛ろうとする気持ちはもうないの?」
私の厳しい問いかけに、貴翔は一瞬言葉を失った。
しかし、やがて小さく頷いた。
「もう、そんなことしない。君の気持ちをちゃんと大切にする。だから……」
◆◇◆◇
その言葉を聞いた私は、しばらく沈黙した後、静かに口を開いた。
「貴翔、私も君の気持ちは分かる。過去のことを後悔してるのも、やり直したいって思ってるのも伝わった。でも……」
「でも?」
「私は、同じ過ちを繰り返したくない。君が変わろうとしているのは分かるけど、それを信じるには、まだ私には時間が必要なんだ。」
私の言葉に、貴翔は目を見開いた。
その後、彼は苦笑いを浮かべながら答えた。
「そっか……そうだよね。いきなり信じてなんて言えないよね。」
「貴翔、私は君のことを嫌いになったわけじゃない。でも今は、自分自身の気持ちに向き合いたいの。」
その言葉に、貴翔は小さく頷いた。
「分かった。六花の気持ち、ちゃんと受け止める。これからは無理に近づいたりしないから、安心して。」
「ありがとう、貴翔。」
◆◇◆◇
貴翔が去った後、私は静かに空を見上げた。
彼との再会は私にとって大きな試練だったが、その中で自分の成長を感じることができた。
「私は、もう逃げない。」
そう呟いた私の心には、一つの決意が芽生えていた。
それは、自分の気持ちに正直に生きるということ。
そして、過去を乗り越えた先にある新しい未来を歩むことだった。