第四話 過去との決別
私は、自室の窓から夜空を見上げていた。
リオとの日々に救われる一方で、安原ミチルとの再会が心に重くのしかかっていた。
中学時代、ミチルから受けた束縛の数々は、私にとって忘れられない過去だ。
それでも、ミチルが再び私の前に現れた理由を問いただすべきだと感じていた。
◆◇◆◇
次の日、私は放課後にミチルを呼び出した。
学校の裏手にある小さな公園。風が桜の花びらを舞わせる中、彼はいつものような軽い調子で現れた。
「六花、俺を呼び出すなんて、珍しいじゃん。」
その笑顔は、中学時代と変わらなかった。
けれど、私はそれをただ懐かしいとは思えなかった。
「……ミチル、話があるの。」
私が真剣な表情でそう言うと、ミチルは少しだけ表情を曇らせた。
「話って？」
「なんで、また私の前に現れたの？ もう、お互い違う道を歩んでると思ってた。」
◆◇◆◇
ミチルは少しの間黙った後、小さな声で答えた。
「……だって、お前のこと、忘れられなかったから。」
「……」
「ずっと、ずっと一緒にいるって思ってたのに……気づいたら、お前は俺の手の届かないところに行っちまってた。」
「手の届かないところに行ったのは、ミチルのせいだよ。」
私はきっぱりと言い切った。
ミチルの顔が、驚いたように揺れる。
中学時代、私は彼の過剰な干渉に耐え切れず、距離を取ることを選んだ。
それを言葉にするのは辛かったが、彼と向き合うには避けられないことだった。
「私は、ミチルが私を縛るのが辛かった。何をするにもミチルに報告しないといけなかったし、他の友達と話すのも怒られた。」
「だって、それは……俺が六花のこと、大好きだったから……」
ミチルは視線を落としながら答えた。その声には、深い後悔と悲しみが滲んでいた。
◆◇◆◇
私は、言葉を選びながら続けた。
「ミチルが私のことを大切に思ってくれてたのは分かる。でも、それが私を苦しめてたことも分かってほしいんだ。」
「苦しめてた……？」
ミチルは驚いた顔をした。
彼にとっては、それが私への愛情表現の一つだったのだろう。
しかし、私の言葉が嘘ではないと気づくと、彼は肩を落とした。
「……俺、そんなつもりじゃなかった。ただ、お前が他の誰かに取られるのが怖かっただけで……」
「その気持ちは分かる。でも、私は私の人生を生きてる。ミチルのものじゃない。」
ミチルは、唇を噛み締めた。
そして、静かな声で呟いた。
「……ごめんな、六花。俺、自分のことばっかりで……」
◆◇◆◇
しばらくの沈黙の後、私は口を開いた。
「ミチル、私たちがこうやって話せて良かったと思う。過去のことをしっかり話す機会がなかったから。」
「……俺も、六花とちゃんと話せて良かった。自分が間違ってたって、今なら分かる。」
ミチルは目に涙を浮かべながらも、微笑みを浮かべた。
その表情は、どこか安堵の色を帯びていた。
「でも、だからこそ言わなきゃいけない。私たちはもう、前みたいに一緒にいることはできない。お互いに別々の道を歩むべきだと思う。」
私の言葉に、ミチルは小さく頷いた。
「分かってる。六花のこと、これ以上困らせたくない。でも……最後に一つだけ言わせて。」
「……何？」
「俺、今でも六花のことが好きだ。ずっと好き。でも、これからはその気持ちを押し付けないようにする。」
ミチルはその言葉を伝えると、少しだけ笑みを見せた。
それは、過去を断ち切るための彼なりの覚悟だった。
◆◇◆◇
ミチルが去った後、私は公園のベンチに座り込み、深く息を吐いた。
過去と向き合い、ミチルと話したことで、心の中にあったしこりが少しだけ軽くなった気がした。
その夜、帰宅するとリオがリビングで待っていた。
「お姉ちゃん、遅かったね。どこ行ってたの？」
「ちょっと大事な話をしてたの。」
「……誰と？」
リオの目が一瞬険しくなったが、私はその視線を避けることなく答えた。
「ミチルだよ。過去のことをしっかり話してきた。」
リオは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに小さく頷いた。
「……そっか。でも、お姉ちゃん、これで良かったんだよね？」
「そうだと思う。これからは前を向いていくために必要なことだった。」
リオは安心したように微笑み、私の隣に座った。
「お姉ちゃんがちゃんと自分のことを考えられるようになって嬉しいよ。これからも僕が支えてあげるからね。」
その言葉に、私は少しだけ笑い、静かに答えた。
「ありがとう、リオ。頼りにしてるよ。」
こうして私は、ミチルとの過去に決着をつけ、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
◆◇◆◇
部屋に戻り、窓を開けると夜風が静かに頬を撫でた。
桜の花びらが舞う夜空を見上げながら、私はそっと目を閉じる。
もう、私は過去に縛られない。
ミチルとの関係に決着をつけたことで、私は少しだけ自由になれた気がする。
── でも、私はまだ知らなかった。
この決断が、新たな波乱の幕開けになることを。
リオの視線が、私を見つめる時間が長くなっていることに。
