第二話 新たな出会い
高校に入学して数週間が経った頃、私は千田貴翔に告白された。
クラスで圧倒的な人気を誇る彼は、まるで漫画の王子様のように完璧だった。
誰にでも優しく、女子たちの憧れの的。
だからこそ、私にはまったく無縁の存在だったはずなのに。
「西原さん、ちょっといい?」
放課後の教室で彼に呼び止められたとき、私は驚いた。
彼と二人きりになるのは初めてだったし、何より、彼がわざわざ私に話しかける理由が分からなかった。
「俺さ、ずっと前から君のこと気になってたんだ」
「……え?」
信じられなかった。
だって、私は彼の取り巻きの女子たちみたいに明るくないし、可愛くもない。
「可愛いし、話してみるとすごく魅力的だし……付き合ってみない?」
心臓が跳ねる音が聞こえた。
彼は微笑みながら、私を真っ直ぐに見つめている。
「どうして……私?」
声が震えた。
彼の隣に立つには、私はあまりにも釣り合わない。
「どうしてって……好きだから、じゃダメ?」
彼は少し寂しそうに微笑んだ。
その表情があまりにも自然で、私は思わず息を呑んだ。
── 千田貴翔が、私を好き?
信じられなかったけれど、あまりにも彼の言葉は魅力的で。
私は、まるで操られるように、小さく頷いてしまった。
「……うん」
けれど、交際が始まってすぐに、私は違和感を覚えた。
彼は優しい。
けれど、どこか私に対する扱いが、他の女子とは違っていた。
・必ず私の肩を抱く
・人前でわざと「俺の彼女、可愛いでしょ?」とアピールする
・クラスメイトの前で手を繋ぎ、「ほら、可愛いだろ」と微笑む
恋人同士なら普通なのかもしれない。
でも、私にとっては違った。
私は彼と付き合うことで、心が温かくなるどころか、息苦しさを覚えていた。
彼は、私自身を見ているのではなく、私を“見せる”ために扱っているようだった。
そして、その違和感が確信に変わる出来事が起こった。
ある日、私は千田が友人と話しているところを、たまたま聞いてしまった。
体育館裏で、彼は親しい男子たちと談笑していた。
「六花って、ちょっと可愛すぎるじゃん?」
「だから俺のモノにしといた」
耳を疑った。
「マジで?」
「うん。彼女っていうより、アクセサリーみたいなもんかな」
その瞬間、血の気が引いた。
「でもさ、お前、本当に六花のこと好きなの?」
「いや? 好きとかじゃなくて、ただ俺の横に置いておきたかっただけ」
足がすくんだ。
「ほら、俺ってさ、いつも注目されてるじゃん? だから、彼女もそれなりに可愛い方がいいでしょ」
「六花、地味だけど可愛いし、俺が手を出しておけば他の奴も簡単にちょっかい出せないしね」
世界が崩れた。
彼の言葉は、私を弄ぶためのものだった。
恋愛ではなく、ただの「所有物」。
彼は私を、本当に好きだったわけじゃない。
ただ、自分の価値を上げるためのアクセサリーとして、私を手に入れただけだったのだ。
私は、その場から逃げるように立ち去った。
「嘘……だよね?」
でも、彼の態度を思い返せば思い返すほど、全てが繋がる。
── 彼は、私を「自分の彼女」として扱っていたけど、「私個人」を見ていたことはなかった。
翌日から、私は千田を避けようとした。
けれど、彼はそれを許さなかった。
「おい、六花」
「……っ」
下校途中、腕を掴まれる。
強引ではないが、逃がさないと言わんばかりの力だった。
「どこ行くの?」
「……家に帰る」
「俺の彼女が、俺の許可なく他の奴と話していいと思ってんの?」
心臓が跳ねる。
優しい声。
だけど、その裏には、決して逆らえない圧力があった。
「俺、六花のこと大事にしてるよな?」
「……」
それが嘘だと分かっていても、言い返せなかった。
周囲のクラスメイトは、何も気づいていない。
「六花ちゃん、羨ましいなあ」
「千田くん、すっごく大事にしてくれてるよね!」
誰も、私の異変に気づいてくれない。
彼の「完璧な恋人」の演出に、誰も疑問を持たない。
── 逃げられない。
私は、彼のための「アクセサリー」として生きていくしかないの?
そんなとき、私の異変に気づいた人がいた。
「六花……お前、何かあった?」
それは安原ミチルだった。
私の幼馴染であり、過去に裏切られたはずの人。
彼とは距離を取っていたのに、彼は私の変化にすぐに気づいた。
「お前、本当に千田と付き合ってんのか?」
私は何も言えなかった。
そんな私を見て、彼は低く呟いた。
「……分かった。俺が、あいつからお前を取り戻す」
私は、驚いた。
「どういう──」
「六花は、六花のもんだ。千田なんかに渡していいわけねぇだろ」
彼の目には、燃えるような感情が宿っていた。
そして、もう一人。
私の義弟、リオも異変に気づいていた。
「ねぇ、お姉ちゃん……俺、あいつ嫌い」
リオは、私を心配そうに見上げた。
彼の目には、千田に対する明確な敵意があった。
「……大丈夫だよ、リオ」
「大丈夫じゃないでしょ」
彼の言葉に、私は答えられなかった。
千田貴翔。
ミチル。
リオ。
私は、この歪んだ関係の中で、どうすればいいの?
── 私は、ただのアクセサリーなんかじゃない。
この運命に、私は抗わなければならない。