2.再婚約
レオンハルトが謁見室にたどり着くと、そこには国王と王妃、オルコット公爵一家が揃っていた。
公爵夫人はひたすら泣いており、それ以外は無言だった。
「来たか、レオンハルト」
「遅れて申し訳ありません、それでローズマリーは…」
国王に一礼して周囲を見回すと、夫妻の前に棺が置かれていた。
「あぁ、何という事だ、ローズマリー!水の中はさぞ苦しかっただろう!」
そう叫んで、棺に縋りついた。
「…死因は溺死だそうだ。森の中にある湖に浮かんでいるのを発見された。散歩をしていてそのまま落ちたのだろう」
国王の言葉に、公爵が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「何という事だ。王太子妃教育もほぼ終わって、あと少しで我が家から王太子妃を出せたのに!」
「そうですね。ローズマリーは優秀で、弁えていましたから、良い王妃になったでしょうに…惜しい相手を無くしました」
公爵の言葉に、王妃も同意する。
「そのことなのですが、ローズマリーの代わりに、アンヌマリーと婚約するというのはどうでしょう?」
「何?」
突然の王太子の提案に、国王が眉を顰める。
「もともとこの婚約は、王家とオルコット公爵家を結びつけるためのものでしょう?それなら実妹のアンヌマリーでも良い筈です」
いかにも名案だというように、レオンハルトが両腕を広げて誇らしげに言う。
そこにそれまで泣いていた公爵夫人が、ヒステリックな声で叫んだ。
「そんな!ローズマリーが亡くなって、半日と経っていないのですよ!?いくら何でもあんまりです!」
夫人の言葉に内心舌打ちしながらも、レオンハルトが反論する。
「確かにローズマリーが亡くなってすぐで、不謹慎かもしれない。しかし王族として貴族として、時には非情な決断をしなければいけない時もある。王家と公爵家の繋がりが失われる事は、互いに大きな痛手だ。ならば今が決断の時だろう」
レオンハルトの言葉に国王は考えるそぶりをし、公爵とアンヌマリーが目を輝かせる。それを好機と見たレオンハルトは、さらに言葉を続ける。
「そもそもローズマリーは、勉学や礼儀作法は優秀でも、妹を虐めるほど人格に問題がありました。これは良い機会だと思うのです。姉の虐めにけなげに耐えたアンヌこそ王太子妃に、ひいては王妃にふさわしいと思うのです」
そこまで言い切ると、レオンハルトはクライマックスを演じきった役者のように、満足感でいっぱいの顔をしたが、それを聞いた周囲は怪訝な顔をする。
「レオンハルト、お前何を言っているのだ?ローズマリー嬢は…」
言いかけた国王の言葉を、アンヌマリーが遮った。
「国王陛下!私からもお願いします!私とレオン様は、愛し合ってるんです、どうかお許し下さい!」
アンヌマリーの不敬に、公爵が顔色を変える。
「アンヌマリー!陛下のお言葉を遮るとは、何事だ!」
怯えるアンヌマリーを、レオンハルトが庇う。
「待ってくれ公爵、彼女は私の為に必死になっているだけなんだ。父上、私からもお願いします。どうかアンヌマリーとの結婚を認めて下さい」
しばしの間、国王はじっと息子を見る。
レオンハルトも、無言で国王を見返した。
「…いいだろう。ただし条件がある。アンヌマリー嬢には、姉と同じ王太子妃教育を受けてもらう。王太子妃にふさわしい知性、教養を身に付けるまでは発表を控える。期限は姉の喪が明ける一年後だ。それまでに出来なければ破棄だ、よいな」
国王の言葉にレオンハルトとアンヌマリー、公爵の顔が明るくなる。
「ありがとうございます、父上」
「ありがとうございます陛下、私頑張ります。お姉様にも出来たくらいなんですもの、私なら楽勝だわ」
「そうだな、さすが私の娘だ。今夜は祝杯だな、はっはっは」
笑いあう三人と、無言で泣き続ける公爵夫人を国王は無言で見ていた。
王妃の「無くした」発言は、誤字じゃないです。




