壮絶すぎだろ!
パパさんの鶴の一声で一応聞く耳を持った俺達。
そしてジジイが俺達に読み聞かせる様にポツポツ話し始めた。
──むかしむかしのお話の続き──
竜宮城から帰って来た浦島太郎。
手には乙姫から貰った箱が一つ。
困った時に開けてと言われた玉手箱。
しかし帰ってきた所には自分が住んでいた知っている村は無く、全く知らない土地だった。
時がいつなのか分からない。
此処が何処なのか分からない。
見かける人達の言葉が分からない。
不安で──
寂しくて──
悲しくて──
怖くて──
自分が住んでいた村へと帰りたい。
置いてきた母親に会いたい。
想いを寄せていた村娘に会いたい。
酒を呑み交わす友に会いたい。
押し寄せる郷愁。
悶える感情。
目を瞑れば見えるあの日の光景。
気づけば海岸で座り一人ぼっち。
乙姫の言葉を思い出し──
そして箱へと手を伸ばし──
「お爺さんになるでござるな!」
「黙れ!」
「ブヒぃ!?」
「俺の話を端折るな豚ぁ!」
哀れ桜田。
南〜無〜。
──こうして箱は開かれた。
だが、箱を開けた太郎は絶望に打ちひしがれた。
箱には何も入っていなかったから──
箱の中は空だったのだから──
一見して空の箱。
しかしそれは空ではなかった。
箱の底には光が届かない程の漆黒の闇が広がっていたのだ。
暗澹で──
漆黒で──
冥漠で──
幽暗で──
中には黒が、闇が、虚無があった。
そんな箱の中へと太郎は誘われる様に手を入れる。
恐怖は無い。
唯々一心に帰郷を願うのみ。
困ったら開けろと言われた言葉を信じ、村に帰れる何かが入っていると期待を込め、探る様に箱の中を弄るが、
指が入り、
手首が入り、
肘が入り、
腕が入り、
肩が入り……
まるで太郎を喰らうかの様に、どんどん身体が箱の中へと飲み込まれていく。
このままでは箱の中に落ちてしまうと思える程に底が無い。
帰郷の念より箱への恐怖や不安が勝り、急いで箱の中から腕を抜き出そうと持ち上げる。
しかし、不意に『ガチャリ』と言う施錠がされた様な音が鳴り、腕を抜こうにも何故か抜けない。
音が聞こえた後、箱がだんだんと小さくなって肩に迫って来た。
このままでは自分の腕が肩から消えてしまうと言う恐怖と絶望によって正気を保っていられず、言葉にならない声を上げ、見知らぬ土地の砂浜を激しく何度も転げ回る。
どれくらいの時間の間そうしていたのかも分からない。
気がついた時には声は枯れ、口は裂け、全身は酷く傷つき、髪からはツヤが消えて真っ白に。
そして、思い出したかの様に自分の腕へと視線を向ける。
小さくなっていく箱によって失われたと思った自分の腕がそこにはあった。
激しく暴れた為に傷だらけでボロボロな腕。
爪が割れ、剥がれ、血が固まり、指先が黒く染まった手の中には、指を開くのがやっとな程に強く握りしめられた小さな箱。
そして掌には、握りしめている箱の様な、四角くて黒いアザができていた。
「ナニコレ……」
「白髪の理由が……」
「軽くホラーでござる……」
ジジイが話す浦島太郎にドン引きな俺達。
だが、まだまだジジイの話は終わっていない。
──正気を取り戻したが満身創痍な太郎。
周りの景色は既に暗く、空には星が輝いている。
困った時に開けた箱。
だが、助けてくれるどころか、身体はボロボロになって満身創痍。
しかも危うく狂気に呑まれそうになった。
コレは悪い夢だと何度も呟くが、身体中の痛みによって現実へと戻される。
少しでも現実から遠ざかろうと頭を上げて星を観る。
一体此処は何処なのか。
住んでいた村は何処にあるのか。
色々と考えなければいけないが、喉が渇き、腹が減る。
口にできそうなモノは何か無いかと辺りを見回すが、いつの間にか太郎の背後には紅く光る沢山の何かがあった。
暗闇の中で眼を凝らしてよく見ると、紅く光る何かは、ナニかの眼と言う事が分かった。
沢山の眼は隙を窺うかの様に、離れて距離をとって太郎をジィっと見つめている。
そんな折、月を隠していた雲が晴れ、月明かりの下に現れたのは──
──沢山の異形な化け物達。
このまま此処に居ては身が危ないと悟った太郎は、満身創痍の身体を動かして、化け物達から逃れるために海岸線を必死に駆ける。
走り去って行く太郎を、化け物達が1匹、また1匹と追いかけて行く。
助けを呼ぼうにも声が出ない。
海へ入ろうにもこの身体では波にさらわれ溺れるのは明白だ。
そして追いついた1匹が跳びあがり、太郎の背中へと手を伸ばす。
化け物に組みつかれるのを拒絶するかの様に、咄嗟に両手を伸ばして翳す。
こんな訳が分からない所で死ぬのは嫌だと。
何が何でも生き延びて、生まれ育った村に帰るのだと。
帰郷の思いだけで思考が埋め尽くされ、感情を吐き出すかの様に音の無い叫び声をあげる。
瞬間──
化け物へと翳した掌から箱の中で見た様な漆黒の闇が飛び出して、襲いくる化け物を包み込んだ。
闇に包まれた化け物は、必死に闇を振り払おうと暴れるが、闇は意思のある生き物の様に化け物へと纏わり絡み着く。
そして、まるで雑巾を絞るかの様に化け物と一緒に捻れていき、そのまま化け物を捻じ切った。
自身の手から出てきた黒いナニカ。
化け物を捻じ切った漆黒のナニカ。
そんなナニカに意識を向けた途端、太郎は瞬時にソレを理解した。
まるで呼吸の仕方を知っている様に──
産まれた時から使い方を知っていたかの様に──
自身から出たナニカに驚愕し思案するも、化け物達は容赦なく次から次へとやって来る。
太郎は理解したソレを使う為に迫り来る沢山の化け物へと向けて手を翳し、化け物達を捻り切る。
数に押されて何度となく化け物に組み憑かれるが、太郎に触れた化け物達は一瞬にして捻切られる。
夜が明け、水平線の彼方から日が昇り始めた。
明るく照らされ始めた海岸線は、捻れて切れて無惨な姿に変わった無数の怪物達で埋め尽くされていた。
その後、太郎は力尽きて倒れているところを土地の者よって救われた。
太郎によって捻り殺された化け物達は、この土地では昼夜を問わず現れていた。
土地の者達は生きる為に化け物を退治し続けていたが、化け物を退治するのに酷く手こずっていた。
状況を知った太郎は、助けて貰ったお礼として化け物退治を買って出た。
月日はあっという間に流れ、そうこうしている内に言葉を覚え、仲間ができた。
しかし、未だに潰えぬ帰郷の想い。
死ぬ前に故郷を一眼見たいと、親しい仲間達と共に旅に出た。
「とまぁ、とあるところでは浦島太郎はこう言う風に伝わっている」
「「「………………」」」
もう、こんなのは小さな子供に読み聞かせできる様な御伽噺じゃないと言う様な目でジジイに怪訝な視線を向けてドン引きしている俺達。
「浦島太郎、壮絶すぎだろ……」
「御伽噺じゃなくてマジモノの冒険譚じゃねぇか……」
「いやもう、異世界小説でござるよ……」
違った意味で驚く俺達に、何故かドヤ顔をキメているジジイ。
そして逆に、何故か酷く気不味そうな顔をしている八千流木さん。
「こうして、化け物退治を生業にした浦島太郎が作ったのが、【浦島機関】と言う訳だ」
「都市伝説と言うか、もう立派な伝説でござるな……」
「って言うか、何でジジイがそんな事知ってんだよ? グビグビ──」
今尚、缶酎ハイをあおり続けている孫娘の質問に一瞬眉を顰めたジジイは、
「まぁ、俺も昔はそこで仕事してたからな」
とあっさりと言い放った。
「「「………………」」」
と、同時に、真顔で固まる俺達。
あ、八千流木さんも固まっちゃってるわ。
お読みいただきありがとうございます。
土日はお休みとなり、次は月曜日に投稿です。
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