人間だもの!
警察の事情聴取が終わり、白衣の天使に昼前には帰って良いと言われた。
って事で、遺憾ながら白衣の天使へと桜田に12時に下のロビーで待っていると言う伝言を頼む。
嫌な顔一つせずに伝言を頼まれてくれた優しい白衣の天使に対し、仕方がないとは言え、醜悪で強烈な見た目の桜田の下へと送り込んでしまった事に申し訳ない気持ちで胸が張り裂けそうだ。
どうか、偶々コンタクトを無くしたり、目にゴミが入って桜田を凝視する事が出来ない事を心よりお祈り申し上げます。
シャワーを浴びて、病院から準備された、返しに来なくても良いと言う灰色のスウェットパンツと真っ白なTシャツに着替え、荷物を纏めてロビーへと向かう。
まだ少し時間があったけど、形だけの退院手続きをさっさと済ませ、ロビーの待合場所のソファーに座ってスマホを弄る。
──数十分後──
豚が来るのが遅すぎる……
スマホの時計は既に12時45分に差し掛かろうとしている。
朝に食べた病院食が少なすぎて、空腹で若干イラついてきた。
観ている動画も空腹で集中できなくて、このまま帰ろうかと思った矢先、異様な空気を纏いながら、“ソレ”はいきなり現れた。
「マジかよ……」
驚愕している俺の視線の先には、ピッチピチと呼ぶにはヌルすぎる、ヘソの穴が見え隠れしている、横にも縦にもパツンパツンなTシャツを着て、俺が履いているのと同じゆったり系のスウェットパンツの筈が、レギンスの様にギッチギチで丈が異様に短いイカレた格好をした桜田が現れた。
なんて言うか、完全に色々とサイズが合っていない。
子供服を無理やり着た大人な感じで、恐ろしいほど身体の線が出まくっていて、見た目が卑猥って言うか、エグいって言うか、キツいって言うか、キモい。
そして、ソファーに座っている俺を見つけるや否や、早歩きで慌てる様にやって来る。
「……遅かったな」
「いや…… 遅いも何も……」
「何だよ…… 遅れておいて言い訳かよ」
「いや…… そのでござるな……」
コイツの首と顔の境目が何処かは知らんけど、神妙な顔を軽く捻って背ける桜田。
「んだよ。 もう何でもいいから早くしろよ」
「…………こんな格好で部屋から出て行く為に、 自分を鼓舞するのに時間がかかったでござるよ……」
「ブフゥォ──!?」
俺の前に立つイカレた格好の桜田の返答を聞いた瞬間、俺は一切なんの抵抗もできず強制的に吹き出してしまった。
「グフォっ── ブフゥっ── ゴフォっ──」
変なところに唾が入ってしまい、盛大に咽せる俺。
「酷いでござるよ……」
「ブフォっ──!? ガハっ── ゴホォっ── お前がソレを言うな! 酷いのは俺を待たせていたお前とその格好だろぉが! さっさと退院の手続きしてこいよ!」
「うぅぅ── 分かったでござるよ……」
悲しげに回れ右した桜田の背中には、ピッチピチのTシャツとスウェットと言う格好とは全く似合わない、いかにも高そうなPCバッグが背負われていた。
「フぐぅぅっ──!?」
これから病院から出て行く筈なのに、速攻でお世話になりそうなくらいに腹とほっぺたが痛い。
って言うか、桜田の格好にカナリ病院側の悪意を感じた。
たった一晩で一体何が起きたって言うんだ。
そんな病院内を歩く桜田の格好には多くの人が不審者を見る様な奇異な視線を向けており、親は咄嗟に子供に目隠しをして、桜田の存在をこの場に無かった事にしようとしていた。
桜田よ……
強く生きるんだぞ……
そんなこんなで病院を出て行った俺達。
桜田へと返すモノを全て返し、長年心に突き刺さっていたド太い釘が抜けたかの様に一心地つく。
そんな俺の横ではと言うと、
「ウッヒョォォォイ!! 僕の愛しのワンドォォォオ!!」
と、受け取ったドピンクの魔法少女ステッキを天高々に掲げて発狂しているアニ豚が居た。
「……俺、腹減ったからご飯食べに行くわ」
「僕もぉぉぉお!」
何故か俺と同行しようとしている桜田の姿をザッと上から下へと流し見て、
「いや、一人で行くわ」
即決で断る。
「お願いしますぅぅぅう! 僕も一緒に連れて行ってくださいませでござるぅぅぅう!」
「無理」
「そこをなんとかぁぁぁあ!」
「無理」
「こんな格好では一人で歩けないでござるよぉぉぉお!」
「察しろよ! 俺はそんな格好のお前と一緒に歩きたくねぇんだよ!」
こんなヤツと一緒に街中を闊歩しようものなら、俺も同類と思われる事間違いない。
しかも共に病院から支給された同じ格好であり、サイズ感はアレだけど、見た目はペアルックか何かのユニフォームとしか思われないだろう。
仲間や同類と思われるだけでもマジで死ねる。
「何卒ぉぉぉお! 何卒ぉぉぉお!」
かなり必死な形相で俺の脚に縋り付く桜田。
引き剥がそうにも重すぎてビクともしない。
って言うか、病院を行き来する人達の俺を見る視線がカナリ痛い。
「クソっ! 分かったよ! 分かったから離れろよ!」
「ありがとうございますぅぅぅう!」
そう言いながら躊躇なく土下座する桜田。
「やめろって! 周りの俺を見る目が痛すぎるんだよ!」
いたし方なく桜田と行動する事になった俺。
今と言い刑事さんの尋問と言い、コイツが俺への呪いか何かにしか思えなくなってきた。
こんなヤバい格好をした豚を連れて真昼間から飲食店に行ける訳もなく、何処に行こうか全力で考えるが、
「仕方ない…… 行くぞ……」
こんな格好でも行けるとこなんてアイツんとこしか思い浮かばねぇわ……
………………
…………
……
…
そんなこんなで歩く事数分。
何処にでもあるコンビニに到着する。
横に居る豚をチラリと見た後に、勇気を振り絞り意を決して中へと進む。
ピポピポピポ〜ン
入店を告げる音が鳴り響き、
「いらっしゃいませ〜」
かなりやる気も抑揚もない声で店員が塩対応する。
そんな店員は来客に微塵も興味が無いと言わんばかりに俺達には脇目もくれず、カウンター内で椅子に座ってファッション雑誌を読みふけっている。
「オイ。 ちゃんと仕事しろよ」
「あ〜ん?」
俺の声に店員は読んでいた雑誌から睨む様に視線を俺へと向け、
「──チっ。 んだよお前かよ」
隠そうともせずに堂々と舌打ちをしながらダルそうに椅子から立ち上がる。
「どもでござる……」
「お? 葵ちゃんも一緒なのか? 相変わらずお前ら仲が良いな〜」
そんな俺達を出迎えた全くやる気の無い店員は、俺と桜田と一緒の学科の一緒のクラスの一緒のゼミにいる幼馴染。
所謂、腐れ縁の腐れ野郎。
そして、このコンビニの店長の『娘』だ。
こんな男みたいな口調ではあるけど、名前も木梨 雫って言うかなり女の子な名前。
「オマエ、また髪型変えたのかよ? 一体何処に向かってんだよ?」
「あ〜ん。 夏だから涼しくしようと思ってな」
「頭悪そうな髪型だな……」
「キン○マ鉄アレイで擦り潰すぞモヤシ野郎」
「女の子がなんて発想と言葉遣いしてんだよ……」
可愛い顔のクセに口調と行動が男勝りすぎる雫。
そんな雫の髪型は、ツーブロックのショートボブを耳にかけ、トップから赤、ピンク、白と毛先に向かってグラデーションで染まっていて、内側が白とクリーム色のカモ柄と言うカナリ奇抜な色をしていた。
「かき氷でござるか……」
「おっ! さっすが〜! 葵ちゃん分かってんじゃん!」
「かき氷なのかよ……」
てっきり返り血に染まったスプラッターかと思ったぞ……
普通にしていれば、身体の線が細くてモデル並みにスタイルも良いし、カナリモテそうな綺麗な顔なのに、性格や行動にかなりの難がある雫。
しかも何故か桜田を気に入っていて、会う度に、
「ウッヒョ〜! それにしても相変わらずの巨乳だな!」
「や、やめろでござる!」
「減るもんじゃねぇしイイだろぉ?」
こうして男の桜田の胸を揉みシゴいている。
「……お楽しみのところ悪いが、昼ご飯食べるから横使わせてもらうけど良い?」
「おう。 良いぜ。 それじゃ、私も一緒に食うとするか」
「木梨氏はあっち行けでござる!」
「連れないな〜、葵ちゃ〜ん」
そう言いながらも、雫は大きなぬいぐるみを抱く様に、桜田の大きな腹へと背後から腕を回してマッタリしている。
「パパぁぁぁあ! 葵ちゃん達と一緒にメシ行ってくるから店番頼むぅぅぅう!」
雫が大声を上げると、
「おうっ! 行ってこい!」
の太くてイカつい大声がバックヤードから帰ってきた。
「桜田。 それじゃ俺は先に弁当選んでるわ。 後はごゆっくり」
「ちょ、ちょっと紅葉氏ぃぃぃい!?」
「葵ちゃ〜ん。 私達も選っぼうっぜぃっ!」
そんな雫は無理矢理桜田の手を取って真っ先にドリンクコーナーへと進んで行く。
どう見ても恋人同士にしか見えない、アニ豚とオトコオンナ。
おかしなヤツら同士、何か惹かれるものがあるのだろう。
こうして世の中と言うのは上手くバランスが成り立っているんだろうな。
きっとそうなんだな。
人間だもの。
「紅葉氏助けてぇぇぇえ! 木梨氏が缶チューハイのロング缶を手にしたでござるよぉぉぉお!」
………………
…………
……
…
そんなこんなで雫が務めるレジで会計を済ませ、コンビニの横にある道場の庭先で買ってきた食べ物を広げる。
雫の家は、江戸時代より前から代々続く武士の家系であり、コンビニの裏側は大きな土地、いや、ちょっとした山がある武家屋敷に住んでいて、コンビニの横では剣道の道場を運営している。
所謂、この辺の大地主であり、チェーンのコンビニ運営と剣を教える以外でも、マンションやアパート、借家と言った不動産業で多くの財を築いている。
俺が住んでいるボロいマンションも、桜田が住んでいる新築マンションも、雫ん家の土地の上に建っている。
「ぷファぁ〜!! うんめぇぇぇえ!」
「なんでお前は昼間っから酎ハイ飲んでんだよ? しかもロング缶…… この後店番あんじゃねぇのかよ?」
「終わりだ終わりぃ! 後はパパとこれから来るバイトに任せりゃいいんだよ!」
酎ハイロング缶レモン味を片手に、スルメや豆と言った乾き物を口にする雫。
オイ、オマエ。
さっき飯休みっつって抜けて来たよな?
飯要素が全く見れないんだが……?
お前は鳩かナニカか?
こんなヤツに日々の生活の拠点の殺生与奪を握られている様な感じがして、マジで腑に落ちないのが甚だ癪だ。
「木梨氏の行動がオッサンと一緒でござるよ……」
「いひいひうるふぇな…… ふぅぅぅぅ── 葵ちゃんわぁ」
更にタバコを吸う雫。
桜田が言う様に、マジでオッサンと同じ行動である。
しかもダメな方の……
「って言うかなんなんだよお前らの格好は? お揃いでペアルックかよ? 羨ましいな! イッヒッヒッヒ──」
揶揄っている様にも聞こえるけど、本当に羨ましがっている様にも聞こえる。
なんせ、コイツは桜田好きだからな。
当の桜田はと言うと、こんな男勝りのオッサンみたいな行動をする雫を女性としては見れないらしく、かなり迷惑してるっぽいけど。
「まぁ、色々あってな」
「色々ってなんだよ? 言えよ。 言わないと殺すぞモヤシ?」
「殺すってオマ…… 桜田、説明してやれ」
「なんで僕が!?」
「ペアルックな理由、ちゃんと包み隠さず説明しろよ葵ちゃん! 私に隠し事したら殺すからな! そしてその後私も死ぬからな!」
「木梨氏…… 恐ろしく酷いメンヘラっぷりが出てるでござるよ…… と言うか紅葉氏ぃ。 何処から言えば良いでござるか……」
2つ目の弁当に手を出している桜田が、雫のキツイ視線にビクビクしながら俺を見る。
やっぱり雫は俺と桜田がペアルックな事が気になりまくっていた様だ。
はぁ〜……
仕方ない……
「桜田。 全部言え。 信じるも信じないもコイツ次第だ」
「うぅぅ…… 分かったでござる……」
桜田よ。
本当に強く生きるんだぞ。
お読みいただきありがとうございます。
基本、土日の投稿はお休みとさせて頂き、続きは月曜日となりますです。
執筆のモチベになりますので、☆やブクマにてご評価頂けましたら幸いです。




