巫山戯んなよ!
『キャァァァァァァァァァァァ──』
「──え?」
「これは…… 悲鳴、でござる、か?」
悲鳴が聞こえてきたテラス席の外側へと視線を向けると、公園内で寛いでいたであろう人達が一定の方向へと向かって走って逃げて行くのが目に入ってきた。
「何これ?」
「ど、どうしたんでござるか?」
走り去って行く人達の顔は只事では無い形相をしていて、皆が皆、その顔へと恐怖を貼り付けていた。
そして走って来るスーツ姿の若い男性は、美少女桜田が目についたのか、
「君! 早く逃げるんだ!」
「え?」
「逃げる?」
「良いから今すぐ此処から逃げるんだよ!」
逃げろと言いながら美少女桜田へと手を伸ばし、
「──ちょ、ちょっとぉぉぉお!?」
いきなり訳も分からず自分の手を取られて強引に引っ張られる桜田。
「何するでござるかっ!?」
「ちょ、アンタ!? いきなり何してんだよ!?」
その強引すぎるいきなりな行動に吃驚した俺と桜田。
「ま、待つでござるよ! 僕のフラペチーノがまだ──!?」
ソコじゃないだろと反射的にツッコミそうになったけど、引っ張られて体勢を崩した桜田の反対側の手を取る。
「オイ! なんなんだよアンタ!」
「良いから早く逃げろって! 刃物を持ったイカれたヤツらが人を殺しまくってんだよ!」
「え?」
「は?」
いきなり来てイキナリな事を言う男が自分が走ってきた方向にチラリと顔を向けると、
「うぉお!! コッチに来たぁぁぁあ!?」
顔を青ざめさせて強引に引っ張っていた桜田の手を離して走り去った。
「「え?」」
俺と桜田は意図せずに男が見ていた方向へと顔を向け、
「ま“!?」
「ブヒィィィイ!?」
目に入ったその光景に驚愕する。
俺達の視線の先には、真っ赤なポンチョの様な長いコートの様なモノで全身を包み、手には西洋剣や槍を手にした異様な集団がコッチに向かって走って来ていた。
「も、紅葉氏ぃぃぃい!? 何アレぇぇぇえ!?」
「し、知るかっ! 知らんけど俺達も逃げるぞ!」
この場から急いで逃げようとテーブルに出していたタブレットや桜田のスマホ、そしてドピンクの魔法少女ステッキを纏めて鞄へと詰め込もうと手を伸ばした瞬間、
「アガっ──!?」
俺の左半身に重い衝撃が走り、同時に視界がグルグル回転した。
グルグル回る視界の中、数度身体のあちこちに痛みを感じた後、何故か俺は店のガラスに背をもたれさせながら地面に尻をつけていた。
「うぐゥ── な、にがおき──!?」
何が起きたのか確認する為に辺りへと視界を彷徨わせ、俺を呆然と見ている桜田が目にとまる。
が、さっき迄俺が居たであろう位置には、槍を持った赤装束の男が立っていて、
「身を捧げよ。 我が主の復活の為に」
「紅葉氏ぃぃぃい!?」
「さく──!?」
槍を逆手で持って頭上へと掲げ、今にも振り下ろさんと槍先を桜田へと向けている。
「──凍らせろぉぉぉおおおおお!!」
「ヒィィィイ──!!」
俺の声に反応した桜田は、咄嗟にテーブルの上にあるステッキを手に取って身体を反転させ、目を瞑りながらステッキを赤装束の男へと突き出して光らせる。
「桜田ぁぁぁあ!」
「──ブヒィィィイ!?」
赤装束の男は、桜田の魔法によって槍を掲げている状態で全身を凍らせられ、それを見た桜田は、自身が凍らせた赤装束の男の無残な姿を見て力なくその場にヘタリ込む。
「桜田っ!! 早く鞄を持ってこっちに来い!」
「ヒィっ!?」
「何してんだよ! グゥ──!」
節々が痛む身体をガラスに手を着いて立たせ、デッキにヘタリ込んでアワアワしている桜田の元へと向かう。
「こ、腰が抜けて立てないでござるよぉぉぉお!」
「オマっ!? 早く立てって!」
ヘタリ込んでいる桜田の脇へと腕を絡ませ、無理矢理身体を持ち上げて立たせる。
持ち上げた桜田はめちゃくちゃ軽くて、桜田が元の豚な状態じゃなくて良かったとマジで思えた。
「も、紅葉氏!? 頭から、血が出てるでござるよ!?」
「そんな事より早く此処から逃げるぞ!」
チラリと見た背後では、赤装束達が走ってこっちに向かって来ているのが確認でき、急いでテーブルの上にある物を詰め込んでバックパックのジップを閉めて肩へとかけ、この場から逃げる為に脚を動かす。
脚をヨロめかせながらも、桜田も自分のバックパックを担ぎ、俺の後を追う様に走る。
店を離れた俺達の背後からはガラスが割れる音や多くの悲鳴が聞こえて来るが、知らない他人より自分の身の方が大事だから急いでこの場から離れる為に走る。
「紅葉氏ぃぃぃい! 僕達を追ってくるのがいるでござるよぉぉぉお!」
走る度にズキズキ痛む頭を抑えながら背後へと視線を向ける。
「巫山戯んなよ! なんで、俺達が、追われなきゃ、なんねぇんだよ!」
「そんな事、僕が知る訳、ないでござる、よ!」
「って言うか、お前の魔法で、なんとかしろよ!」
「なんとかしろって、どうするでござるか!?」
「それこそ俺が知るかよ! 威嚇でも攻撃でも足止めでもなんでも良いから、なんか適当にアイツらをやっつけろよ!」
「僕に丸投げするなでござるよ! 僕にどうしろって言うでござるか!」
「そんじゃ、さっきみたいに凍らせれば良いだろうが! って言うか魔法少女のクセに逃げてどうすんだよ! マジで使えねェ魔法少女だなお前は! そりゃぁ週末の早朝限定放送な訳だ!」
「クっソぉぉぉお! 僕をバカにしても良いけど、魔法少女はバカにするなぁぁぁああああああ!!」
桜田の中にある怒りの琴線に触れたのか、桜田が走るのをやめて身体を反転させ、赤装束達に向かってステッキを突き出した。
「『アイシクル☆バインド』ォォォォオ!」
そして、如何にも魔法少女っぽい技名的な何かを叫ぶと、ステッキがピカって輝いて桜田の足元の芝生が凍りつき、こっちに走って来る赤装束達へと向かって伸びて行った。
先頭を走っている赤装束が桜田の足元から伸びている凍った芝生を踏んだ瞬間、
「──!?」
瞬く間に全身を凍りつかせ、走っていた慣性によって脚が折れて勢いよく前へと転倒。
それを見た後方の二人はサっと左右へと飛び退き、迫り来る凍りつく芝生を回避する。
「紅葉氏っ! やったでござるよ! 一人仕留めたでござるよ!」
「お、おう…… スゲーな……」
自分の魔法が命中してとても興奮しているのか、可愛い顔をして物騒な物言いをする桜田と、全身を凍らせながら脚が折れて転倒した赤装束の無残な姿に俺は驚愕。
だが、喜んでいるのも束の間、左右に飛び避けた二人が俺達を挟み込む様にして左右から迫って来る。
「オイィィィイ!? 桜田ぁぁぁあ!? 来てるぞぉぉぉお! 左右から来てるぞぉぉぉお!!」
「任せるでござる! 魔法少女な僕に任せろでござる!」
そう言うや否や、桜田は自分に向かって来ている赤装束へとステッキを突き出し、
「ロック☆ブレットォォォオ!」
野球ボールみたいな岩の弾を発現させて発射した。
桜田に向かって来た赤装束は、
「オゴォォォオ──!?」
左半身へと直撃した岩の弾丸によって、身体をクルクルと錐揉み回転させながら飛び上がって倒れる。
「こっちもぉ! ロック☆ブレットォォォオ!」
明らかに調子に乗りまくっている模様の魔法少女桜田さんは、エネルギー波を発射する、某、アイロンな男の様な動きをしながら身体を反転させ、俺に迫って来ている赤装束へと向けて再び岩の弾丸を発射。
ブォシュン──!
「うぉぉぉお!?」
俺の顔スレスレで発射された桜田の魔法。
異様な風切り音が耳の横を通り過ぎる。
「あっぶねぇぇぇえ!?」
しかし、赤装束の男はアメフトのサイドステップみたいに身体を動かして、走りながら桜田の魔法を難なく躱す。
「な!?」
赤装束が魔法を躱した事に驚愕。
「躱されてんぞオイ!?」
「ロック☆ブレットォォォオ!」
桜田はそんな事は気にせずに再度魔法を放つけど、またしても走りながら魔法を躱す赤装束。
「小癪なぁぁぁあ! ロック☆ブレット! ロック☆ブレット! ロック☆ブレット! ロック☆ブレットォォォオオオオオ!!」
躱されても連続してノリノリで魔法を放つ桜田の動きは、マジで某アイアンでマンな動きであるが、それよりも、物凄い速さで放たれている桜田の魔法を走りながら躱し続けている赤装束の動きと反応に絶句。
そして俺達まで約5メートルと言うくらいの距離で赤装束がいきなり腰を落として姿勢を低くし、
ドンっ!
地面を力強く踏み込んだ瞬間、
「な!?」
「え!?」
赤装束の足元の芝生が弾け、姿が消えた。
そして俺達の背後から、
「フン。 こんな所で魔女に遭遇とは運が良い」
低い男の声が聞こえ、
「グゥゥゥウ──!?」
桜田が身体をくの字に曲げて、地面と水平に飛んで行った。
「は?」
「さぁ、先ずはお前からだ──」
「え?」
赤装束の男が訳の分からない事を言いながら、
「──我が主の為に命を捧げろ」
俺へと向けて手にしていた西洋剣を高々と掲げる。
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