火ぃぃぃいいいい!
幻覚を見ているヤク中みたいに急に騒ぎ出した桜田。
きっと、ダウンロードした魔導書(PDF)のせいで俺には見えない何かが見えているんだろうけど、挙動が如何せんヤバすぎる。
ぶっちゃけ、今すぐにでもこの場から走って逃げだしたい衝動に駆られてるけど、紹介した手前そう言う訳にもいかず、何も知らないフリをして適当に合わせる事に。
多分、って言うかほぼ確実に俺が味わったような何かに巻き込まれているに違いない。
違いないのだが……
何故か白目をむいて直立し、感電する様にビクンビクンと激しく身体を痙攣させ始めた。
もうダメだ……
挙動が完全にホーラーすぎてマジで今すぐ逃げだしたい……
白目で俺を見ながら痙攣してるとかマジで無理すぎる!
なんで俺を見てるし!!
しかも、痙攣が終わると同時に剥き出しのキモい白目が『グリンッ!』ってな具合に黒目が戻り、
「ㇶい──っ!?」
右手を天へと翳しながら、
「輝け月! 煌めけ星! 照らすは太陽! 望むはマジカル! 顕現せよっ!! マッダ☆レぇぇぇナァァァぁぁぁああああああ!!」
この歳でもって言うには、カナリ拗れた完全アウトなヤバい台詞をいきなり大声で叫び始めやがった。
これには流石にマジでドン引き。
次いで、って──
──ぇえっ!?
何故か全身がモザイクで覆われ、全身放送禁止状態になった桜田。
──なんでモザイク!?
桜田の危険な思考回路だけじゃなく、遂に世界からコイツの存在自体までもがヤバイと判断されたらしい。
桜田にモザイクをかけるのが遅すぎるのでは?と感じつつも、世界の良心的な判断に対して大いに納得でき、嬉しさで感極まり、気を抜いたら今にも涙が溢れ落ちそうになった。
やっとあいつの醜悪な姿を見ずに済む……
だが、そんな俺の細やかな希望をブチ壊すかの様に、桜田にかかっているモザイクが薄れて晴れていく。
ダメだ!
それだけはダメだぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!
世界中の人々よ!
醜悪の魔人が再びこの世に降臨するぞ!
心臓の弱い人やグロ耐性がないヤツは、目を伏せて絶対に家から出てくるんじゃないぞ!
桜田にモザイクがかかった事で俺の心が晴れやかになったのも束の間、醜悪の魔人が再降臨。
落胆している俺を尻目に桜田のモザイクが薄れていく。
「──っク!」
しかし、そこに現れたのは──
「え?」
何処ぞの朝の特撮番組に出てきそうな格好をし、突き上げている右手にはコレまた何処ぞのアニメの魔法少女が持っていそうな、ドピンクで星や月のゴテゴテした飾りがついた、先端がハート型になっている定番なアレを持った──
──美少女。
黒髪ポニーテールをフワリと靡かせている小さな顔。
そんな小顔に黒縁眼鏡をかけ、完璧に配置されている整った小さな鼻と切長の目。
程よく薄桃がかった雪の様に白い肌で、細くて長い手脚がスラリと伸びている、華奢で薄い身体。
なで肩の下にある大きくも小さくもないバランスの取れた胸と、細くて長い脚の付け根にある小尻。
そんな、アイドル以上にアイドルな見た目の美少女が、桜田と入れ替わるようにしてモザイクの中から現れた。
そして、その美少女は、俺と目が合うやいなや、プルんプルんの柔らかそうで桃色の小さな口を開く。
「紅葉氏!」
「…………え?」
鈴の音の様な可愛らしい声で、面識も接点も全く何もないはずの美少女にいきなり名前を呼ばれた俺。
いきなりすぎて何も考えられずに、頭の中が真っ白になって思考が一瞬にしてフリーズする。
同じ名前の誰かだろうと思って咄嗟に背後や辺りを見回すけど、店内の窓際に座っている全員が俺の目の前に居る美少女をガン見している。
って言うか、テラス席には誰も居ない。
って言うか、桜田は何処行った。
って言うか、なんなのこの状況。
「名前を呼ばれてなんでキョドっているでござるか?」
「え?」
「なんでござるかそのよそよそしい態度と表情は? 僕に対する新たなイジメでござるか?」
「は?」
ござる口調?
ウソだろ?
「っと言うか紅葉氏! 僕の夢が叶ったでござるよ! 魔法使いになったでござるよ! しかもかなりステキなワンドが貰えたでござるよ!」
美少女は、手にしているドピンクの魔法少女ステッキを見せびらかしながら、
「ありがとうでござる!」
いきなり俺に抱きついてきた。
「フぁぁぁアアアっ!?」
同時に柔らかな胸の感触も。
「え!? ちょっ!? 待って!?」
当たってるぅぅ!
柔らかなお胸様が当たってますよぉぉぉおおおおおお──!!
──お?
ん?
アレ?
柔らかなお胸様が物凄く当たっているのに、何故か興奮しないんだけど……?
逆になんか嫌な気持ちなんだけど……?
ナニコレ?
何故か絶対に興奮する事ができない感情のまま、力づくで強引に引き剥がした美少女を真顔で見下ろす。
「もしかして…… お前…… 桜田、なの、か?」
「何を当たり前の事を言っているでござるか?」
目の前の美少女、もとい、桜田は、可愛らしい小顔をコテンと横に傾けて、何言ってんだコイツみたいな目で俺を見る。
「………………」
うわぁ〜……
最悪だ〜……
俺の左手以上に最悪な事になってるぞコイツ……
「……ハッキリ言うけど、オマエ、マジで大変な事になってるぞ。 俺の左手より酷い事になってるぞ」
「え?」
「先ずは自分の身体を確認してみろよ」
「え?」
桜田はゆっくりと顔を下げて自分の身体へと視線を向け、
「え? 何この格好? なんでスカート!?」
生足モロ出しのフリル付きミニスカートと言う、健全な男子が選ぶ服装では先ずありえないであろう変態的な格好に驚く。
そして自分のケツの匂いを嗅ぐ犬みたいにその場でグルグルと回りながら自分の格好を見ている桜田を、
「………………」
カシャッ!
スマホで写真を撮って見せてやる。
「コレ」
「んへ? 誰でござるかこの素敵な魔法少女な格好の美少女様は? かなり気合入っている格好でござるな」
「……いや、完全にお前なんだけど」
「「………………」」
「……いやいやいやいや。 んな訳ないでござる。 僕は歴とした男でござるよ」
「自分の手足を見てもそう言う事が言えるのか?」
「いやいやいやいや。 自分で言うのもアレでござるが、どう見てもいつもの太い指で…… え? ホッソ!? ってかナニコレ!?」
自分の手を見た桜田は、急に走り出してカフェの入り口で立ち止まる。
そして、カフェの入り口のガラスドアに写った自分の姿を見て、
「ファァァァァァァアアアアアアアアアアアア!?」
絶対に美少女が出さないであろう酷く間抜けな奇声を上げた。
「………………」
かなり容姿が良いだけに、とても残念なヤツに見えてしまう。
そして店先で奇声をあげているコスプレじみた格好の美少女に対し、店内に居る人達が物珍しそうに注目しまくってくる。
って言うかコイツ、もしかしてこの姿で今後生きていくのかよ……
「オイ…… かなり悪目立ちしまくってるから取り敢えずコッチ来い……」
コイコイと手を振って、店頭前の残念美少女を呼び寄せる。
ガラスに写る自分の姿をチラチラと見ながら、足取り重く、トボトボと歩いて来る、かなり落ち込みまくっている桜田。
しかし、席に着くや否や、
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ〜!!
テーブルの上にあるフラペチーノを盛大にバキューム、いや、接種する。
「………………」
「がはァァァァァァあっ!!」
そしてこめかみを両手で押さえて苦しそうに悶絶する美少女。
姿形が変わったとしても、コイツの中身はいつもの桜田だった。
腹でしか物事を考えられない豚だった。
「って言うか、なんで落ち込んでんだよ? 魔法少女になりたかったんじゃねぇのかよ? しかもすっごい美少女じゃねぇか。 さっきまでの不細工なお前と比べたら、この姿の方が全然喜べるだろ?」
こめかみを押さえて苦しそうにテーブルに突っ伏している桜田。
「不細工ってなんでござるか…… と言うか魔法少女になりたいって言っても、こんなの嫌でござる…… 趣味はあくまで趣味でござる…… 男の僕で魔法少女になりたいでござる…… 男で魔法少女をやるからこそ興奮できるのでござる…… 美少女がやる魔法少女とか、当たり前すぎてちっとも盛り上がれないでござる……」
いきなり最悪すぎる自分の性癖をカミングアウトした桜田。
「………………」
流石にこれには俺もマジでドン引き。
今すぐ通報していいかな?
お巡りさん呼んでいいかな?
ってかもう帰っていいかな?
「紅葉氏ぃぃぃ…… これから僕はどうすれば良いでござるかぁぁぁ」
「そんなの俺が知るか」
「趣味が趣味じゃなくなってしまうでござるよぉぉぉおおお!!」
「ソコかよ!? ってかもう、このまま美少女として生きていけよ。 その方がお前にとっては幸せになると思うぞ。 まぁ、俺なら絶対にゴメンだけどな」
そりゃそうだろ?
いくら女性になってしまったからって言っても、今までの男の思考回路と心のままで男を愛せる訳がない。
ましてや勝手知ったる男の身体になんぞ微塵も興味が湧かないどころか、触られるだけで拒絶反応を起こすぞ。
「僕も嫌でござるよ〜。 このままだと同性愛者になる事間違いないでござるよ〜」
「それもそれで複雑な人生だけど…… 逆に楽しめば良いんじゃないか?」
おかわりした抹茶ラテを飲みながら黒い線がある自分の左手へと視線を向ける。
「まぁ、俺は無難な選択をして良かったって思ったわ……」
「そうでござるね…… 無難最高でござるね…… 過去に戻って調子に乗っていた馬鹿な自分をしこたま殴ってやりたいでござるよ……」
さっきの俺と同じ様に過去の自分に対してかなりの殺意を向けている桜田。
目が据わりすぎて闇落ちしたみたいになっているぞ……
しかし容姿が良いばかりに何故か絵になっている。
これが豚のままだったら、闇堕ち以前に、何もしていないのにも関わらず、事案モノ扱いで即通報されていたであろう。
「それはそうと、魔法はどうなったんだよ? まさかTSして人生やり直しましょうってだけのオチじゃないよな?」
俺は今の今まで忘れていた当初の目的を桜田に確認する。
テーブルの上でゴロゴロとだらしなく不貞腐れている桜田が、
「それなら大丈夫でござるよ……」
そう言うや否や手にしているドピンクのステッキを振ると、
「ホラ」
「うぉおおお!?」
まるで息を吐くかの様にいとも簡単に指先に小さな炎を灯しやがった。
「火ぃぃぃいいいい!? 火が出たぁぁぁあああ!?」
お読みいただきありがとうございます。
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