二章 十七歳、春 青空との出会い4
少し短いです
「ねえ、これなに?」
塾から帰宅した直後、私をリビングで待ち構えていた母は、例のプレゼントを買ったときのネット注文の伝票を持って問い詰めてきた。
「学校でお世話になってる友達にプレゼントしただけだよ」
険悪な雰囲気の母に、私もいつもよりも固い声で淡々と返事をする。
それが余計に火に油を注いだのか、抑えたような無表情から一転、母は頬を真っ赤にして私を怒鳴りつけた。
「お礼って、何のよ!!このメーカー男物のボールペンでしょ?この時期に男の子と仲良くしている暇があなたにあるとおもっているの?そんな時間があるなら、勉強しなさい!!」
「してるじゃん!お母さんの言う通り、部活も勉強のために辞めたし友達が沢山いたのに慣れ親しんだ塾だって変更した!!私の学校での友達のことまで口を出さないで!!」
「なによ!私はあなたのことを思ってーー」
「思ってないじゃん!!ただの友達なのに変なこと言うし、最近のお母さん変だよ!!」
そういい捨てて、ダダっと二階への階段を駆け上がって自室へ飛び込み、部屋の鍵をかけた。
「待ちなさい、綾香!!」
鍵を閉めた扉を、母は狂ったようにガンガンと叩く。
私は両手で耳をふさいでその場に座り込んだ。
母は、こんな人だっただろうか?
確かに前から気が強い人ではあった。だけど、こんな風に狂ったように罵詈雑言を吐きながら、扉をたたくような人ではなかった。
扉の外から人の気配が消えても、私はしばらく膝を抱えて座り込んでいた。
あれから、私と母の仲は急激に冷え込んだ。
元々関係は悪化の一途をたどってはいたが、その件以来私と母の会話は無くなり、たまに母からの成績等の質問が飛んできたり、一方的に命令してくるのみとなった。
そんなことが繰り返される食事の時間は次第に苦痛を伴うものになっていた。その苦痛の記憶は食事と結びつき、私の味覚を奪うに至った。
ある日、いつも通りもそもそとお弁当を食べていた時のことだった。
「あれっ?」
食べ物が舌に乗っている感覚はあるのだが、味がしないのだ。あえてその感覚を例えるなら、砂を食んでいるような感触といえるだろうか。
「どうしたの?」
「夏沢さん?」
「何か嫌いなものでも入っていたか?」
いつものメンバーも私が急に食べるのをやめたのが不思議だったのか、口々に尋ねてきたが、私は「ううん、何でもない」と言って、その場を濁した。
理由を言ったら母とのことも言わなければいけないような気がして、みじめな自分を知られたくなかったのだと思う。
味覚がなくなって一月もすると、食べることが楽しみどころが怖さと苦痛をはらむものになってきた。正確には、次こそは味がするかもと期待をして裏切られることが怖いのだ。
それに、単純に味がしない食事はただの作業と同じで苦痛だった。
弁当を一度残して持って帰ったら、母が激怒したのでこっそり学校で捨てている。弁当がいらないと言ったこともあるが、なぜか聞き入れられなかった。
この日もいつものメンバーで昼食をとっていたら、楓子と巽君が何かをひそひそと話し合っている。
二人は意味ありげにこちらを見た、ご飯を食べ終わったのか席を立ち、通りすがりざまに峯岸君の方をぽんぽんと叩いて去っていった。
「任せた」
「りょーかい」
楓子が、何かを任せたと言ったが、頼み事でもあったのだろうか?
最近、あたりに薄い膜が貼ってあるように常にぼんやりとしていて思考が良くまとまらない。
弁当の中身を見ると、まだ半分以上残っていた。しかし、これ以上砂を食べられる気がしなくて、私は弁当箱の蓋をそっと閉じた。