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四章 十七歳~十八歳、秋  紅葉し、散りゆく木の葉1

 雷鳴と共に夏が過ぎ去り、公園の紅葉やイチョウが色づいてくるころ、クラスの中はもう、受験一色に染まっていた。

 夏休み前までは、どこか浮足立った雰囲気だった人々も、今やどこを見てもいっぱしの受験生といった風格になっていた。

 私も、みんなに倣って教室で塾のテキストを広げるが、内容が一向に入ってこなかった。

文字が羅列してあることは分かるのだが、どうしてだか頭に残らないのだ。

 ここ最近、何をやっても半分ぐらいしか頭に入ってこない。勉強しても上がらない成果に苛立ちは募り、更に効率を悪くしていくといる負のループに陥っていた。

「ふーーっ」

 深く深呼吸をしてから、もう一度テキストに向かう。先ほどよりは文字が頭に入ってきた。そのまま、一心不乱に問題を解いていると、ふとした瞬間にあの夜の父の姿が目の前に浮かんできた。

「ーーーーっ」

 ぎゅっと目をつむって、頭を空っぽにする。そうしてもう一度テキストに向かうと、覚えようとした内容も一緒に忘れてしまっていることに愕然とするのだった。

「あ゙ーーーー!!」

 周りに聞こえないように、喉奥で低く唸って机に突っ伏した。

 このところ、集中すればするほど、父や、母のことがぱっと思い浮かんでは消え、心がかき乱されるのだ。

 頭をリセットしようとすると、先ほどみたいに勉強内容も何割かリセットされてしまう。 父や母のことが浮かんだまま勉強しようとすると、あらぬ方向に思考が引っ張られて行き、結局のところ勉強に集中できないのだった。

「……勉強しろって言ってる当人たちが邪魔してどうするんよ」

 にっちもさっちもいかない状態に白旗を上げた私は、気分転換をするために、席を立って教室から出て外へ向かった。

 校舎内から出ると、外は秋風が緩く吹いていて、ぐしゃぐしゃになった頭の中を冷やしてくれた。

「ふーー」

 この時期はほとんど誰も来ない、中庭の端の寂れたベンチに一人座って、青空を見上げた。

 秋空は、夏の空よりも、空の青が少し遠く感じる。

 誰もいないことをいいことに、口をぽっけと半開きにして、呆けたように座っていると、ふと峯岸君のことを思い出した。

(そういえば、なんで自力で大学行くことにこだわるんだろう? 祖父母が大学行かせてくれるって言ってるなら、行けばいいのに)

 それに、就職なら普通科コースの方が有利のはずだ。

 首を傾げながら考えたが、何も思い浮かばなかった。

 キーンゴーン

 予鈴のチャイムが鳴り響き、慌てて私は飛び起きて、クラスへと戻った。

  その後も、そこら中から鳴り響くカリカリという音に私も参加するために、何度もテキストや教科書を開くのだが、何も頭に入ってこなかった。

 時には、文字が空に浮かんできているようにも見えて、あせればあせるほど、難解な呪文の羅列と化していくのだった。

 思わず助けを求めるように隣を見てしまうが、真剣な顔で机に向かう彼を見ると声をかけるのを躊躇してしてしまうのだった。それは、他の二人の友人に対しても同じことだった。

「助けて」

 喉まで出かかっている言葉を必死で飲み込み、邪魔しちゃいけないと幾度も心の中でつぶやいた。

 三人の姿に勇気づけられてもう一度、と机に向かうのだが何もできず、ますます惨めになっていくのだった。



「綾香!これはどういう事なの?」

 ああ、やっぱり。

 母は、どなった勢いのままに模試の結果の用紙を私に叩きつけた。

「こんなに点数がいきなり下がるなんて、わざとなの?」

「……」

 私は無言で俯いた。

 だってどうしようないじゃないか。ここ最近、勉強ができないのだ。机に向っても、目の前に浮かぶのは雷雨の日の父の姿だ。振り払っても振り払っても、違う悪夢のような景色がかわるがわる浮かんでくる。

 浮かんで来なくなって、いざ勉強しようとしたら耳鳴りがしたり、急に机と距離が空いたような感覚になったりして、全く集中できないのだ。

 一回休んでから勉強しようと、ベッドにもぐりこむと、今度は母の罵声や冷たい視線が追いかけてくる気がして、どこにいても気が休まらないので、集中を欠く悪循環に陥っていた。

「綾香、そんなに私に嫌がらせしたいの?こんなにもあなたの事を思っているのに」

(ああ、これは呪いだ。私の事なんて思っていない事は分かっているのに……)

 母が語り掛けてくる言葉は、私に呪いのように、しみこみ、刻み込まれて行って、さらに悪夢に雁字搦めにしていくのだった。

「ーー次はちゃんとやるから」

「受験に次なんてないわよ!? ……あなた、最近友達付き合いにかまけているからこんなことになっているんじゃないの? いい機会よ。もう付き合うのをやめなさい」

「友達は、関係ない!!」

「ふんっ、どうだか」

 怒る私をスルーして、母は吐き捨てるように鼻で笑い、去っていった。

 耳鳴りは酷くなり、頭痛も引き起こすほどに鳴り響いていた。

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