三章 十七歳、夏 雷鳴の夜4
気分も浮上して、夏祭りの会場についた。
色とりどりの屋台を見て回っていると、いくつか定番の屋台を見つけた。
「おお!!金魚すくいじゃん」
「わあっ!かわいい」
楓子と巽君が二人でそちらに寄っていく。
「夏沢さんも金魚すくい行く?」
「……ううん、金魚はかわいいと思うけど、いえじゃあ金魚は飼えないしね」
「そっか」
二人が金魚すくいに夢中になっている間、私はなんとなく手持ちぶさたになって、あたりの屋台を見まわして暇つぶししていた。
「あっ……」
思わず驚きの声がこぼれた。最近ではあまり見ないが、幼いころ好きだった屋台が一つだけあったのだ。その屋台の方に視線が吸い寄せられた。
「夏沢さん、どの屋台見てるの? 面白そうなのあった? ……亀すくい?」
同じく手持ちぶさたになっていた峯岸君もそちらに目線をやる。
「亀、好きなの?」
「亀、かわいいよね。あのおっとりと動くところとか」
好きかと聞かれて、前のめりに少し食い気味に答えた私に対して、峯岸君は少しのけぞった。
「う、うん。わかった。じゃあ、亀すくいやりに行く?」
改めて、やる? と聞かれて少し迷ったけれど、私はかぶりを振った。
「ううん、……今、家で飼えないし」
「……そう」
少し含みのある言い方だったことは気が付いただろうに、彼はスルーしてくれた。
なおも亀の屋台を未練がましく見つめる私を見て、彼は私の背をそっと押した。
「ねえ、夏沢さん、やっぱり亀すくいやってきなよ」
「えっ?でも飼えないし」
「いいよ、俺が引き取るから。実はさ、金魚は小さい頃にすくったのを家で飼ってみたんだけど、すぐに死んじゃって悲しかったからもうやらないって思ったけど、亀は長生きするみたいだしね」
金魚すくいをしなかった理由が何とも彼らしかった。
「それなら、お願いしようかな」
少し逡巡したが、結局また彼に甘えることにしてしまった。
最近彼に甘えてばかりな気がする。ちらっと彼の顔を盗み見たが、彼が何を考えているかは分からなかった。
「と、取れた!!」
「わあ、おめでとう、夏沢さん」
何度か失敗して、ようやくすくえた子亀は、定番の緑の甲羅に赤い耳のかわいい子だったが、自分ですくったからか他の子亀よりかわいらしく見えた。
「やったな、夏沢さん!!」
「綾香ちゃん、取れてよかったね。亀さんかわいいね」
周囲からも拍手が沸き起こる。どうやら亀すくいに熱中している間に、物見遊山のギャラリーが集まっていたらしい。一部の人は楓子たちと同じ金魚すくいから流れてきたみたいだ。
「あ、ありがとうございます」
気が付かないうちに大勢に見られていたことがいたたまれなくて、私はギャラリーに向かって小さくお辞儀をしてから峯岸君の手を取って駆けだした。
祭りの屋台街から少し離れた神社の階段で、私は火照った頬を冷ましていた。
「はい」
「あ、ありがと」
峯岸君から渡されたのは、ビー玉入りのサイダーだ。お祭りで見つけると何故か飲みたくなるあれだ。
プシュッ!!
ビー玉を押し込んで、懐かしい音を響かせ開いたサイダーでごくごくと乾いた喉を潤す。
じゅわっとした炭酸が急に喉にきて思わずむせてしまった。
ゲホ、ゴホとせき込んでいる私の背を楓子がさすってくれた。
「大丈夫?綾香ちゃん」
「夏沢さんって、たまに抜けてるよな」
「そこが綾香ちゃんの面白いとこじゃない」
「そうだけどね。……ほら、おちついて夏沢さん」
三人に呆れ気味に言われて、私は深呼吸を一つする。
落ち着いてから、もう一度サイダーを一口飲む。
「おいしい」
それを見ていた他の三人も次々とビー玉を押し込んでいく。独特の空気音が鳴り、なんとなくサイダーで乾杯してから思い思いに口にする。
「これ飲んでると、なんでか祭りって感じするよな」
「ほんと。なんで何だろうね」
「懐かしの味ってやつかなぁ?」
ぐだぐだと他愛ないことをしゃべりながら、独特の雰囲気がある屋台の明かりを眺めていると、私は亀すくいの屋台を離れることを急いでいて、肝心なことを忘れたことに気が付いた。
「あっ!!」
「どうしたの?」
「か、亀もらってくるの忘れた。せっかく掬えたのに」
別に、私が飼えるわけではないのだが、それでも、ちょっと落ち込んでいると、峯岸君が苦笑しながら子亀の入った袋を差し出してきた。
「ほら、花咲さんが忘れてるの気が付いて持って来てくれてたよ」
ばっと楓子の方を向くと、どことなくどや顔をしているように見えた。
「楓子、ありがと。嬉しいけど、その顔はちょっとむかつく」
「うふふん、どういたしまして」
ふふん、と鼻を高くしている楓子は放っておいて、私は子亀の袋の中を覗いた。小袋の中の子亀は小さな手足を懸命に動かしていて、その様がかわいくて愛おしかった。
「かわいい……」
子亀にくぎ付けになっていると、横に峯岸君もやってくる。
「なっ、俺も子亀なんてって思ってたけど、これはかわいいわ。人気あるのもわかるな」
巽君と楓子も子亀の袋を覗き込んで、テンションが上がっている。巽君は袋の外からちょんちょんと指で軽くついてちょっかいを出して楓子に止められていた。
「夏沢さん、帰る時までもってなよ。帰り際に引き取るからさ」
「うん、ありがとう」
手の中で動いている小さな命をまだ手放したくなかったので、私は峯岸君の気遣いに感謝した。
「そういえばさ」
楓子がこそっと寄ってきて、私に耳打ちするように囁く。
「綾香ちゃんって、峯岸君ことどう思ってるの?」
「な、なに、急に!?」
びっくりしてサイダーを吹き出ししてしまった。
横にいる楓子をちらっと睨み、少し離れたところで話している男の子二人の方を見る。……良かった、気が付かれていないみたいだ。
「だって、綾香ちゃん、さっき亀さんの屋台から逃げる時、峯岸君の手を引っ張って逃げたでしょ」
「え!!」
無意識だった。
そして、意識したら急に恥ずかしくなった。その時のことがゆっくりと脳内再生されて行って徐々に顔が赤く染まっていく。
「うわーーーー!!」
一人頭を抱えた私を、楓子は、くすくす笑って見ていた。
「……とりあえず、お似合いだと思うよ、私は」
そう言うと、彼女はニヤリとしてから男の子たちの方へ走っていった。
宵闇と、提灯の明かりにライトアップされた彼女は、浴衣なのも相まって、いたずら好きの妖精のようで、いたずらされた私はというと、赤くなった頬を隠すためにしばらくそこを動けなかった。




