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三章 十七歳、夏  雷鳴の夜3

 夏休みに入り、朝から晩まで夏期講習を受ける日々が始まった。

 私は、お盆休みのみんなで行く夏祭りを心の拠り所にして日々の勉強を熟していた。

  塾からの帰り道、ビルを出るとたまたま他の受講生を親が迎えに来ているところに出くわした。どうやら、このまま田舎の総父母のところに帰省するみたいだ。

 受講生は、迎えに来た親に、勉強、よく頑張ってると褒められて照れくさいのか、そっぽを向いている。

「いいなぁ」

 それが、家族との旅行のことなのか、親に褒められていることなのか、もう私にもわからなかった。

 思わず口から飛び出てしまった言葉は、誰に聞かれることもなく夜の闇に消えていった。

   

 夏祭り当日、私は自分の服装を姿見で確認して「よし!!」と声を上げた。

 結い上げた髪自分でセットしたにしては決まってるし、一昨年買ってクローゼットの肥やしになっていた浴衣は哀しいことに、その時から身長が伸びていないのでピッタリだ。

 浴衣にセットでついていた下駄を持って、音を立てずにそっと玄関に行き出かけようとした。

「待ちなさい!」

 いきなり背後からかけられた声に、びくっと肩が飛び跳ねた。胸に手を当てて、鼓動を落ち着かせながら、ちらっと横目で声の主である母を盗み見る。

「綾香、行ってはだめよ。あなたは受験生なのだし、友達との交友にうつつを抜かしている暇はないはずよ」

「……行ってきます」

 苦し紛れの母の言葉を無視して出かけようとすると、母がものすごい力で肩を上からわし掴んできた。

「待ちなさいと言ってるでしょ!!」

 ガリっと肉がえぐれる音がした。

「痛い!!話して、お母さん!!昨日までちゃんと勉強してたし、ほんとなら毎年家族旅行に行っているはずの時期よ。今日くらいいいでしょ!!」

 旅行の話が出た瞬間、母の顔がさらに険しくなった。肩をつかむ手にさらに力がこもる。本当にどこにそんな力があったのか不思議に思うくらいだ。

「ーー、なんのために、何のために、あんたを!!……あんただけ、あんただけそんなの許さないわよ!!」

「??? なんの話なの?というか、痛い、いや!!」

 どこか狂気をはらんで不気味な瞳の母が怖くて、掴まれている肩が痛くて、恐怖で身がすくんだ。

 のどの奥で小さな悲鳴を上げ、息をのんで、母の腕を力ずくでふりほどき、その勢いのまま私は家の外に飛び出した。

 はあ、はあっ。

 そのまま待ち合わせの場所まで一目散に走ったからか、心臓がばくばく鳴っている。

 落ち着いてきたら、掴まれた肩と慣れない下駄で走った足からじわーっと痛みが這い上がってきた。

「もうやだっ」

 私は情けなくて、その場にうずくまった。せっかくセットした髪はぐしゃぐしゃだし、汗だくだ。

「……どうしたの?」

 顔を上げると、私を心配そうに見下ろす影があった。

「ーー楓子?」

「そうだよ? ……ん? あっ、もしかして峯岸君だと思った?なんかごめんね」

「ちがっ、違うよ。あのさ、足、怪我しちゃって……」

 楓子はいつもは天然なのに、こういう時だけ鋭い。私は慌てて話題を変えながら自分の足を見せた。

「わあっ、大変!!」

 楓子は自分のポーチから絆創膏を取り出すと、私の足の傷口に綺麗に貼ってくれた。

「私も、初めて履く下駄の時は必ず鼻緒で靴擦れするから、絆創膏持ち歩いてるんだぁ。あっ、もしかして綾香ちゃん、遅刻しそうで走ってきたの?髪の毛ちょっと崩れちゃってるから整えさせてね」

「ありがと、楓子」

「ううん、急いできてくれたんだね、ありがとう。でも、怪我するんだったら、ゆっくりきていいんだよ。」

ほわほわ笑いながら、いろいろとお世話を焼いてくれる楓子の笑顔に、沈んでいた心が急上昇する。

「楓子、大好き!!」

「あ、綾香ちゃんどうしたの?……うん、私も綾香ちゃんのこと好きだよ?」

 そうして二人でじゃれていたら、残りの二人も到着した。

「おお、こんなところで二人でじゃれてどうしたんだ?」

「夏沢さん、花咲さん、テンション高いね。どうしたの?」

「あのね、綾香ちゃん、新しい下駄で来たみたいで、鼻緒ずれしちゃったみたいなの。それで絆創膏貼ってたの」

「うん!!楓子が優しすぎて大好きだなあって!!」

「まじか。まあ、仲がいいのは分かったけどさ。なんで女子って靴連れするって分かってても下駄とか履いてくるんかね。雨の日のミニスカとかショーパンとかも寒そうだし。体調崩すんなら普通の格好でいいじゃん」

「あー、稜人、それは……」

 巽君がデリカシーのない発言をして、峯岸君に頭をはたかれている。心配してくれているんだろうが、その発言は楓子が……。

 案の定、「これ、だめだったかなぁ?」とちょっとしょんぼりした楓子を見て、慌てて弁解する羽目になっている。

 その姿を見ていると、笑えてしまった。ちなみに、峯岸君も苦笑していた。

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