なぜ闇野美琴の作るカレーはこんなにもうまいのか。
闇野美琴は近くのスーパーに買い物に来ていた。
風邪をひいて寝込んでいる不動に何か差し入れでもしようと思い立ったのだ。
買い物かごを取ってゆっくりとした足取りで店内を回りながら不動とテレパシーで会話をする。
「不動さん。何か食べたいものでもありますか?」
「無い」
「お粥とかはどうでしょう。胃に優しいですよ」
「断る」
「おにぎりはどうですか? 日本人の故郷の味です。わたし、作れますよ」
「要らん」
「でも、ご飯食べないと風邪も治りませんよ」
「俺は水も食い物も要らん。自力で治す」
「免疫力は大事ですが、過信は禁物です。食べたいものはありますか?」
「……カレーを」
「え?」
「激辛のカレーなら食べてもいい」
「わかりました! わたしがとびきり美味しいカレーを作ってあげますっ」
不動からようやく食べたいものを聞き出せた美琴はニコニコの笑顔でテレパシーを終了し、カレーに必要な材料を流れるようにかごに入れていく。
たまねぎ、人参、ジャガイモ、ヒレ肉(薄い肉の方が食べやすく味も染み込みやすいというのが美琴の持論である)、それからカレールーのコーナーに行き、はたと止まる。
ひとくちにカレールーといっても膨大な種類があり、不動がどのルーを好むのかまったく知らないのだ。
美琴は眉を八の字にして腕を組んで唸る。
もう一度テレパシーを使って訊ねたら不動は苛立つはずだ。
とりあえず、辛口ということはわかっているので特に辛そうなルーをかごに投入する。
調味料コーナーで様々な隠し味も購入してから、不動が寝ているアパートへと行ってみる。
電気こそ付いているがひっそりとしている。ノックしてドアを開けて中に入ってみると、静かだった。
同居人であり不動の腹違いの弟である星野天使はどこかへ出かけているようだ。美琴は思った。
病気の不動さんを放ってでかけるなんて星野くんは優しさがないのでしょうか。
自然と怒りで頬が膨らんでくる。
買ってきた材料をテーブルに置き、まずは不動の容態を確認することにした。
彼の部屋に一歩入るなり、美琴は目を丸くした。
白髪になった不動がベッドから上半身を起こしているからだ。
額には熱さましを貼っているが、いつもは猛禽類のように鋭い眼力は光彩が失われ、どことなく虚ろだ。
口元には弱弱しい笑みが浮かんでおり、額からは大量の汗が流れている。
不動の背中まで伸ばした長髪は彼のエネルギー源だ。普段は茶色い髪が今は真っ白と化している。
それだけ症状が重いのだろう。
「いらぬ世話をかけてしまったな」
「そんなことないですよ。不動さんの体調が心配なのは当然ですから。カレー、今から作りますけれど、食べられそうですか」
「ああ……すまない」
常に強気の不動がこれほど簡単に礼を言う。
その現実に彼の病状の深刻さを察した。
まずは額の汗を拭いてやり、熱冷ましを交換し、水を飲ませてから部屋を出る。
エプロンを付けて長袖をまくって気合を入れて調理開始だ。
自分と手を洗って、続けて人参やジャガイモを洗いピーラーで皮をむいていく。
当初はレトルトという案も考えたのだが、それではあまりにも彼に対して失礼だろうと考え、たとえ時間がかかってもゼロから作ることにしたのだ。
肉や野菜をじっくりと煮込んで旨味を抽出してからルーを入れてかき混ぜる。
コショウをひと瓶と握り拳に掴めるほどの鷹の爪を投入する。
更にタバスコと数滴の激辛ソースを注いだ。
もうもうと立ち込める煙が顔にかかると、美琴の切れ長の瞳から大粒の涙が溢れ出る。
煙さえも辛くて痛いのだ。
味見をしたら舌が激痛で大変なことになってしまうだろう。
それでも不動が喜んでくれるのならと、美琴は懸命にお玉を回し続ける。
最後の仕上げに彩りの意味としてかなり甘めのコーンを投入した。
「完成ですね……」
炊き上げた白米を盛り付け、真っ赤なカレーを上からかける。
付け合わせとして作った豚足も小皿にのせてトレイでもっていく。
赤いカレーを見た不動はわずかに頬を緩ませた。
「ありがたいものだ。星野は甘いカレーしか作らないからな」
「いっぱい食べてくださいね」
美琴は匙で米とカレーをすくってから彼の口の前へと持っていく。
「なんの真似だ?」
「不動さん。あーん、ですよ」
「口を開ければいいのか」
「そうです」
言われるままに口を開けたところにカレーを食べさせる。
反芻してから飲み込むのを確かめてから沈黙が起きた。
「どうですか。おいしい……でしょうか?」
「まさかお前がこれほど俺の好みの味を作るとは思わなかった。驚いたよ」
「喜んでいただけてよかったです! さっ、もっと食べてください!」
「お前に手伝ってもらわずともひとりで食える」
「それでしたら食べ終わるまで見ていますね」
「俺はいい弟子に恵まれて幸せだよ」
「何か言いましたか?」
「なんでもない」
おしまい。




