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7-1 詐欺、窃盗、放火、未成年者略取誘拐教唆という完璧なコーディネートで煉獄のパーティ会場へ

 その後の俺は小山田と一緒に警察官に補導され、交番へ。そこで公園管理事務所のおっさんに首根っこを掴まれた木ノ下と再会し、科学部に追われ助けを求めて飛び込んできた三条と対面した。


 挙げ句のはては、俺達の一晩の所業はすっかり学校に知れてしまい、保護者代理として駆けつけた体育教師のマッチョ藤岡と、ヘラクレス近藤によってこんこんと説教を受け、これは体罰ではなく、師による愛の教育的指導だ、熱き男同士の相互理解だ、種馬にもならん馬刺しになる寸前のお前達を救済する為の調教だ、と書店の店主に勝るとも劣らない肉体美とくんずほぐれつのスキンシップを行い、職員室から解放されたのが夜の十時。


「お前らの処遇は追って沙汰する。本来なら停学を言い渡すところだが、あいにく夏休みだ。……まあ、かといってお咎めなしという訳にもいくまい。明日以降は自宅で待機していろ」



 結局俺達、というより、一夜明けると俺だけが悪党になっていた。


 文芸部と科学部の連中の仕業だ。


 新聞にこそ載らなかったが、学校中の部活では事件の全てが知れ渡っていた。それぞれの事件の主犯者である三匹のろくでなしどもは、それぞれの部から除名されて、存在そのものが闇に葬られたそうだ。


 全てが白鳥の居る文芸部を守ろうとする学園側の手回しに違いなかった。俺に全ての罪を着せてこの一連の騒動の幕引きを図る魂胆なのだろう。


 おまけにネット上では、白鳥の文芸部にあだなす不埒な輩、まさに文芸界の敵だと写真と名前を公開され、詐欺、窃盗、放火、未成年者略取誘拐教唆という完璧なコーディネートで煉獄のパーティ会場へと誘われた。


 あとはもう、ありとあらゆる尾ひれがついて、それもリュウキンさながら優雅に泳ぐならまだしも、金魚の糞のごとき輩が俺を捕らえるべし、粛正すべしと、各個に私刑を煽り立てたものだから、文字通り燦燦さんさんと照りつける真夏の太陽の下を歩くことが出来ぬ身となってしまった。


 こうして、夏と夏休みの幕開けとともに、俺の本格的な逃亡劇が始まった。


 自宅にいてはいつ襲われるか判ったものではないと、親には高校最後の夏休みだからチャリンコで日本一周してくる、と十数万の自作の印税報酬をウェストバッグに、リュックと寝袋、銀マットを括り付けたママチャリを駆って家を出た。


 母は「受験勉強は大丈夫なのか」と心配してくれたが、父は「男は若いうちに広い見聞を得てこそ、将来大きく成長するものだ。マルコポーロという若者は単身アンデスの山を越えて三千里の旅をしたのだそうだ、お前も見習うがよいよ」などと吹き、こちらの置かれた状況に気づくそぶりもなく、泰然自若とした態度で俺を見送った。


 母上、もはや受験など私の人生においてはただの通過儀礼でしかないのですよ。それはいささかも私の人生に影響を及ぼすことはない。なぜなら私は作家として大成するからだ。


 父上、木を見てそれが必ずしも森になるなどと無邪気に考えられるあなたは、幸福な人だ。あなたは翼を持てなかった。故役職も得ることがなく社内で最高齢の平社員として名を馳せている。


 それは、空高く舞い上がることを夢想することもなく、眼下に広がる巨大な森を俯瞰することもなく、ただ幾十の葉が折り重なる木漏れ日の中で安穏と暮らしてきたからだ。


 私は鳥になる。それも地つきの昆虫をついばむチンケな小鳥ではなく、悠然と蒼を翔る大空たいくうの覇者となろう。


 しかし、この町の外れを目指し自転車をこぎこぎ、出奔を試みようとしていた俺は、逃亡一日目にして隣町の学区の文芸部員に発見され、追い回されることになる。クソ、業界の情報網がここまでとは。


 町を出るには隣接する学区をいくつかまたぐ必要があった。俺は街に人に紛れながら、それらの区域を渡り歩いた。これには相応の時間がかかった。


 そして、ようやく辺境の学区にさしかかった。


 ここを最短距離で横切るために、危険を承知で遮蔽物のない堤防をひた走った。逃げ切れば勝ちだと。ここさえ抜ければと。


 しかし、甘かった。


 堤防上の道を全速力で走る俺の自転車を、およそ文明的ではない、どこぞの野蛮な辺境校の文芸部員達が堤防の脇から駆け上がってきて、箒を持って追いかけてきた。


 しかもあろうことか、彼らは自転車の車輪に箒を突っ込み、俺を転倒させるという暴挙にでる。

 幸い怪我は擦り傷程度で済んだが、自転車と散乱した荷物は抑えられ、奪われ、取り返すことは絶望的だった。


 俺は傍らに転がっていたウェストバッグだけをひっつかみ、ひたすら堤防を駆け降り、浅い川を渡って向こう岸に渡り難を逃れた。


 向こう岸でわめき立てる文芸部員たちの声が聞こえた。どうやら彼らは川を神聖なもの、あるいは畏怖の対象とする種族のようで、それ以上は追ってこなかった。


 しかしこの事は、俺の悪行がそんな未開の蛮族の耳にまでゆき届いているということの証左となった。


それから何度か方角を変え、我が町と隣接する都市部への逃亡を試みたが、そのいずれもが徒労に終わった。言わずもがな、どちらに向かったところで現地の原住民達の激しい抵抗に遭い、俺はそのたび遁走の憂き目に見舞われることとなった。


 日暮れ時、降り出した雨の中、市街地を抜けて町の外れの河川に向けて走った。


 雨をしのげて人気のない場所。町の外れの橋の下に潜んで一夜を明かそうと思ったのだ。


 今更で、我ながら実にチキンだと思うが、スマホに保存していた小説関連のファイルを持っていることが恐ろしくなった。今まで秘密裏に書きためてきたオリジナルのファンタジー作品だ。無論何処にも公開するつもりはなかった。いつか規制対象から外れたとき、華々しく発表するのだと夢見ていた。


 世界よ刮目せよ、ラノベ界の超新星きたりと。


 だが追われる身となった俺が、もはや再び文壇へと戻ることは難しいだろう。


 今の俺は作家としてだけではなく、一般社会からして実質追放なのだから、規制対象から外れたとて発信力などあろうはずもない。


 そんな弱々しい俺をさらに追い込むように、雨は豪雨となった。周囲の音は雨に阻まれ、視界は雨粒によって遮られた。


 ライトアップされた橋上の街灯の光と、豪雨から逃がれる為に、橋下の闇に飛び込んだ。様々な思惑が俺の中を駆け巡り、明滅し、時に襲いかかってきた。


 思考がぐるぐる回って着地点を完全に見失っていた。


 俺はこれからどうなるのか、何をすればいい、どう生きればいい。


 この状況だ、もはや自宅も制圧されているだろう。俺が家を出たタイミングはあれで僥倖であったのだ。


 膝の間に頭を埋めるように小さくなった。雨に濡れた身体が寒くて身震いをした途端、くしゃみが出た。今は闇が最も心を癒やしてくれた。俺は闇に抱かれるように体を小さく縮めていた。


 すると、


「あんちゃん、どうした?」


 突然暗闇から男の声がして、俺は文字通り飛び上がって二メートルあまり後ずさった。


 声は笑う。そんなに驚くこたぁねぇだろ、と。


 暗闇に一人だと思っていたのは俺だけで、男はずっとそこにいたらしい。周囲の湿度と共に漂ってくる街灯のわずかな明かりから見て取れるのは、汚れた服を着て髭を生やした不潔な身なり。


 ここらを根城にしているホームレスなのだろう。普段なら視界の内にさえ入れるのを憚るような人物だった。


 喉がれているのか、ひどいダミ声で日本語なのかも怪しいと思えるほどだったが、今は一人ではない事が判っただけでも心が安らいだ。


「すみません、すこし、雨宿りを……」男に対して、ここに留まることを乞うような言い方をしてしまった。気力がすっかり萎縮していたせいだろう。


「はは、いいってことよ。若いな。家出かぁ?」


「まあ……そんなところです」


 ここは男の自宅であるようだ。


 橋のたもとと堤防の斜面に出来た空間の隙間を埋めるようベニヤ板で造作した住まいは、単に囲っただけというより、割にしっかりしたもので、住まいと呼んでも良いような気がした。拾ってきたモノだろうが、周辺には生活用具が一式揃っているようだった。


  だが、かといってホームレスと話すことなど多くもあろうはずもない。俺は男に背を向けたまま黒い川面を眺めていた。


 すると背後で明かりが点った。振り返るとホームレスが電灯を灯している。それもどこかで拾ってきたのだろう、簡素なヘッドランプで自身の手元を照らしていた。


 その光のおかげで周囲がよりよく視えるようになった。


 しかし何より驚きだったのは、男の傍らには積みあげられた大量の本があった。火を炊く時の燃料なのか、あるいは無類の読書家なのか。


 それらも方々から拾得してきたものだろうが、まさしく本に埋もれていると形容していいような佇まいだった。


 俺は目をこらし、より男を観察した。


 なんと男は手に取った一冊の本を火種にする訳ではなく、読み始めたのだ。さらに驚くべきことに、そのカラフルな装丁の書籍はラノベに違いなかった。きっと彼を囲むように積み上げられたそれら、その全てはラノベであると思われる。


 つい俺は、この男に対してシンパシーを抱いてしまい声をかけてしまう。


「本が、ラノベが、お好きなんですか」


 突然彼が顔を上げたので、ヘッドランプの光が俺の視界に直接入り、顔を背けてしまう。


「ああ、すまん……」


 男はヘッドランプの角度を変え光を逸らせた。そして何度か咳払いをした。


 男は俺のことをじっと見ていた。ヘッドランプのわずかな反射光で男の表情が見て取れた。その顔は意外にも想像より若かった。四十ほどだろうか。無精髭は生え放題で頬はこけていて不潔そのものに見えたが、身体はむしろいらない肉がそぎ落とされて、しっかりした印象だ。


 しかし突然その顔に驚愕の表情が浮かぶ。


「く、くにしげ? か……」

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