文化祭で女装の化粧をしたらキスをされて彼女ができました
文化祭で女装をすることになった。
もう一度言おう。
文化祭で女装をすることになった。
「だから嫌だって言ったじゃん!」
涙目になりながら、外の流し場ですね毛を剃った俺。
喪失感がすごい。
「それにしても、高須の足はきれいだなぁ」
「褒めてくれてありがとうっ!でもなんか悲しい!」
教室に戻って、カーテンで四方を覆った簡易更衣室で着替えた。
女子から借りたスカートをはいて仁王立ち。
友人の静夜が褒めてくれるけど。
「それなら静夜がやってくれてもいいじゃん!」
「環と文化祭まわるから、やだ」
「いいなぁ!俺だって彼女欲しい!」
両手で顔をおおって叫ぶ
「顔を隠すとさらに女子っぽいな」
「ちくしょう!165センチの己が憎い!」
「はいはい、それじゃあメイクするから座ってね〜」
両肩をがしりと掴まれる。
声の主は、静夜の双子の姉・静流。
「怖がらなくていいのよ……高須……私が綺麗にしてあげる……」
「不穏さしかない!」
「こっちだって本気でMr.ミスコンの優勝を狙っているんだからね!それとも高須がクラス全員分の学食奢ってくれるの?」
「……ぅうぅ〜、が、がんばらせていただきますぅ」
「ふっ……気にしないでね。文化祭の準備期間に、差し入れのジュース1箱をどぶ川に落としちゃったことなんて……」
「ものすごく根に持ってるよね!」
身長の高い静夜に対抗して、重いものでも運べると見栄を張ったのがいけなかった。
ぐすぐすと涙目になりながら、メイク道具が並んだ机の横の椅子に座る。
クラスの出し物も終わって、教室には女装コンテストに関わる俺たちしかいない。
というか、メイクされるところを見られたら、死ねる。
「あ、ウィッグに使うヘアピンがない。
ごめん、静夜。環のところに行って来てくれない?たぶん、買い出しの時に置いて来た」
「わかった。行ってくる」
「時間ないからイチャイチャしてこないでね〜」
「うるさい!コンテスト見るときに一緒に行くからいいんだよ!」
「ひゅ〜!おあついですなぁ」
「静流のそういうところおっさんくさいな」
「うるさい!早く行け!」
「はいはい、おねーちゃん、いってきますねー」
静夜と静流のいつも通りのやりとり。
仲良いよなぁ。
少し羨ましい。
ため息をついた。
「あれ?まだ気が重い?」
「……いや、違うよ、今のは…まあ、いいや」
「きっちり綺麗に仕上げてみせるから!まずは肌のお手入れね」
「はぁい」
「目をつぶって」
「はぁい……えっ?!」
「化粧水と乳液は目に入ると痛いよ?」
「わ、わかった」
心臓がどきどきする。
ぎゅっと両目をつぶる。
ちゃぷちゃぷと音がして。
頬に触れる感触。
「……ん?」
「ああ、これはコットン。ここに化粧水を染み込ませて肌にあてるの」
「そ、そうなんだ」
「はい、目を閉じて」
「はい」
静流の指がくるのかと思って構えていたら。
違う感触で驚いた。
ぺちぺちと肌を軽く叩かれる。
開け放した窓からは、屋外ステージのスピーカーから流れる放送が聞こえる。
どこかから、金木犀の匂い?
「これ」
「うん?匂いいいでしょ」
「うん?これじゃないような」
「ふぅん?」
無言で静流が離れた気配がする。
そっと目を開けると、メイク道具にかがみ込んだ静流が見えた。
少しだけ顔を動かしたのか、さらりと背中の髪が落ちる。
おろした髪が隠していた、日に焼けていない細くて白い首筋。
耳元の髪をかき上げて、柔らかそうな耳が露わになる。
伏し目がちな目元に落ちる長いまつ毛の影。
口紅のぬられた柔らかそうな唇。
反射的に喉が鳴る。
慌てて顔を背けると、静流に顔を掴まれた。
「はい。じゃあ、化粧下地クリーム塗るよー」
「はい!」
目を閉じて、黙る。
顔が赤いかもしれない。
不意打ちで、静流の指が俺の頬にクリームを塗りつける。
「………!」
「動かないで」
「………!」
目を閉じているから、静流の指の感触がダイレクトに伝わる。
俺の指先とは違う女の子の柔らかい指。
それがそっと壊れ物を扱うように、俺の肌をすべる。
「……………!」
叫び出したいのに、我慢した俺を誰か褒めて!
好きな女の子の指が、優しく触ってる!
耳元まで真っ赤になっている気がするけど、黙っていよう。
どかどかと心臓がうるさい。
ふっ、と、指先が離れて、ハタハタと粉っぽいものを叩かれる。
「……これは?」
「ファンデーション。美肌になぁれ〜」
「……なぁれ〜」
聞いたけれど、何がどうなっているのか正直分からない。
「よし、じゃあ本番いくよー。アイメイクがっつりやるからね!」
「目……お手柔らかに」
何をされるのか分からない。
目ってなんだ。
怖い。
そう思ってぎゅっと眉間に力を入れる。
不意に目尻に指先の感触。
「……!」
「アイラインは濃くするから。耐えて」
「はい!」
話す静流の息が肌に届く。
今、静流の顔が俺の前にある!
息を止める。
やっぱり無理。
控えめに、ゆっくりと鼻で呼吸する。
やっぱり、金木犀の匂いがする。
……………ん?
今、俺の目の前にいるのは静流。
金木犀の香りも、静流が近づいたらしてきた。
ってことは。
これ、静流の身につけている匂いだ。
かっ、と全身の血が巡る。
ちょっと待て。
ちょっと待て。
ちょっと待ってくれ!
目を閉じたまま、目元に触れる静流の指先と目の際をなぞる筆の感触と、静流の匂いを嗅いでいると。
ものすごくやましい気持ちがするんだけど?!
お、襲われてる、というか襲って欲しいというか。
待て待て。
落ち着けよ、俺。
ただの文化祭のためのメイクをしているだけだ。
やましいことは何もない。
何もないけど。
この状況が、やましい気持ちを静流に対して持っている俺にとって、耐え難い。
なんだこれ。
ご褒美なのか、拷問なのか。
俺はスカートの裾を両手でぎゅっと握りしめて耐えた。
「はい。目を開けていいよー」
「…………」
「あ、ごめん、やっぱ閉じて」
「?」
目元をぐりぐりと色々された後。
ようやく目を開けようとしたら、止められた。
その理由はすぐに分かった。
唇に触れるリップクリームの感触。
鼻に流れ込むのは、金木犀の匂い。
え、これ。
「はい。できた。目を開けていいよー」
「……ど、どうも」
「はい、鏡」
渡された手鏡を見て、吹き出した。
「あはは!なんだこれ!すごいな!」
「ちょっと!せっかく頑張ったのに爆笑って!」
「あ、ごめん、違うよ。思った以上に我ながら美少女で」
「ふふん。でしょう?」
静流が何をどうやったのか分からないが、目力の強いぱっちりメイクの可愛い女の子が手鏡の中にいた。
肌の色も白さが増していて、男とは誰も思わないだろう。
「あえての制服姿にしたのは、素材の良さに自信があったからね!」
「そういわれると複雑だけど……一応、男なんだけど」
笑いがおさまって、また手鏡を見る。
色々な角度から見て、気づいた。
口紅の色が、静流と同じだ。
「……いや、その、うん。男の子だな、と思ったよ。やっぱりパーツとか、違うし」
「そう?」
「あ!ちょっと!口紅触ってる!」
「え?」
無意識に唇に指を置いていた。
「もぉ、はい。こっち向いて」
顎の下に指を差し込まれて、どきっとする。
伏せ目がちにして静流を見ると、顔が赤い。
「静流……?」
「男の子だな、と思ったよ。唇とか、全然違うし」
「………この口紅、静流もつけてる?」
「うん、おそろい」
ゆっくりと俺の唇に、口紅が塗られる。
それだけなのに、ひどく心が乱される。
「おそろいだから、キスしてもバレないよ」
静流の指先に力が入り、顎を上に持ち上げられる。
目の前には、顔を真っ赤にした静流。
「ねえ、キスしていい?」
「………!」
「高須、だめ?」
喉がぐぅっと鳴る。
金木犀の香りがする。
俺の唇からなのか、静流の唇なのか、もうわからない。
互いに唇を寄せ合う。
触れる。
1㎟だけ触れた時、遠くから足音がした。
勢いよく、静流と顔を離す。
「ウィッグ用のヘアピン持ってきたぞー。化粧終わったか?」
のんびりとした静夜の声。
俺は顔を真っ赤にして俯く。
その頭にウィッグが落とされる。
「はい!これで完成!」
「おお?ウィッグ被せると高須に見えないぞ」
「あ、ちょっとまって。ちゃんと合わせるから」
しゃがみ込んだ静流の顔は真っ赤で。
真っ赤な顔のまま、俺の顔に触れてウィッグの位置を調整している。
しばらく、無言で作業して、言い訳のようにしゃべり始める。
「ちょっと美少女すぎてびっくりよね!メイクした私まで照れてきちゃった」
「う、うん、静流のメイクすごいな」
「でしょ?あ、静夜、ヘアピンそこ置いといて。もう少しで終わりだから、環とデートに行っていいよ」
「……へぇーい。じゃあ、ステージ前で応援してるな」
「うん、よろしく!」
静夜がゆっくりとした足音で立ち去る。
校内放送のスピーカーからは、Mr.ミスコンの集合のアナウンス。
「い、行かなきゃな」
「う、うん、行かないとね!」
立ち上がると静流と同じ目線。
お互いに真っ赤な顔のまま。
キスを止めた時に思った。
その前に言うことがある。
「静流、俺の彼女になって?」
「……うん、いいよ」
彼女になった静流とちゃんとキスをしたい。
女装姿で、スカートで、メイクまでしてるけど。
シュールな絵面の告白とか、そんなこと考える余裕はなかった。
ただ、告白して、OKしてもらって、それだけで胸がいっぱいになった。
真っ赤な顔のまま、俺と静流は屋外ステージの方に向かった。
結果は圧勝だった。
顔の火照りが取れないまま、ステージに上がった。
女装していることより、静流とキスしかけたこととか、彼女になってくれた喜びで頭が爆発しそうだった。
その効果が妙に女の子っぽいムーブになったらしい。
「高須、かわいい!」
「ちょっと変な夢見そう!」
「うちらより可愛いって何?!」
「恥じらいが、神」
あちこちから声をかけられた。
優勝賞品の学食の食券をクラス人数分もらい、無事終了。
写真を撮られたり、からかわれたりしながらも、だんだんと人の輪がなくなっていった頃。
ようやくステージのテント裏で静流と一緒になった。
「静流のメイクで優勝しました」
「うむ。感謝したまえ」
お互いの目が合わせられない。
芝居がかったやりとりで誤魔化す。
「打ち上げまで高須はそのままなー」
「ええ、勘弁してよ」
「校内だから大丈夫だって」
わいわいとクラスメイトたちが立ち去った後。
制服を貸してくれた女子が走ってやってきた。
「ご、ごめん!高須くん!スカートのポケットにチケット入ってないかな?」
「え?チケット?」
「文化祭のビンゴ大会の参加チケット」
「あ、ちょっと待って。えーと」
スカートのポケットってどこだ?
俺がぱたぱたとスカートを探っていると。
静流の手が俺のスカートに伸びた。
そして、迷うことなくホック近くに手を入れて、俺のスカートの中のポケットをまさぐった。
「……うわぁっ〜〜〜!!」
「あ、あった。はい、これかな?」
「あ、ありがとー。じゃあまた後でね〜」
チケットを受け取った女子は急いで会場に向かった。
残されたのは、テント裏に身を隠すようにうずくまる俺。
スカートはいてても中身は男なんだから、好きな子に突然布ごしとはいえ、太もも近くをむやみに触られたらだめだと思うんだ。
女子には分からないと思うけど。
「どうしたの?」
不思議そうな顔で見下ろす静流。
「……ちょっと疲れた。休憩」
誤魔化す俺。
何か会話をしておこうと思って口を開く。
「身長ないけど、俺でもいいの?」
でも、結局出てくるのは卑屈な俺。
さっきは勢いで静流に告白できたけれど、身長が165しかない俺はやっぱり男としての自信はない。
ちょっとでもヒールのついた靴をはかれたら、静流より小さくなってしまう。
じっと上目遣いで静流を見る。
すると。
「……かわいい」
ぼそっと静流が呟いた。
そのまま、静流は上を向いたままの俺にかがみ込むと、ゆっくりとキスをした。
「……身長が同じくらいなら、キスしやすくて、いいと思うけど」
「……しず、る」
口を開こうとする俺を封じるかのように、また上からキスをされる。
「……上からキスするのも、いいね」
とろけた目で俺を見下ろす静流。
その唇には、同じ色の口紅。
「やっぱり同じ色だと、キスしてもわからないね」
静流がゆっくりと俺の唇を人差し指でなぞった。
その後、化粧直しのたびに静流にキスをされた。
「くせになりそう」
うっとりとした顔で見つめる静流。
おそろいの口紅はその日だけだったけど、俺がリップクリームを塗るたびに静流に襲われるようになるのは、もう少し後の話。
*短編『ニーハイの絶対領域に誘惑されたら彼女ができました』(https://ncode.syosetu.com/n1956hw/)もよければ、どうぞ。
静夜が主人公のにやにやハピエンです。
***イラストいただきました〜(*´Д`*)***
「ウィッグ用のヘアピン持ってきたぞー。化粧終わったか?」
のんびりとした静夜の声。
俺は顔を真っ赤にして俯く。
その頭にウィッグが落とされる。
「はい!これで完成!」
「おお?ウィッグ被せると高須に見えないぞ」
「……かわいい」
ぼそっと静流が呟いた。
そのまま、静流は上を向いたままの俺にかがみ込むと、ゆっくりとキスをした。
©️四月咲香月様
まだあるよ!↓