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アナザー・マジック・リベリオン  作者: 出雲・ツキ
一章:星の巫女
57/73

第53話 逃

これは間違いない。

私はこれで。

灰色。

俗世では他にも、ネズミ色などと言われる。

黒と白という色の大源を混ぜ合わせた、真の大源とも言える色だ。

しかしこの色を大声で好きと言えるほどに、好む者は星の一部ほど少ない。

灰色は白と黒の合わさる真の大源であるもののの、ネズミ色に埋め込まれた印象は人が湧き立つものはない。

所詮は二色の狭間にある、陰影のような存在なのだ。


だが私はこの二色が大好きなのだ、私の心に火を灯す一等星なのだ。

私の暗く埋まらない心を端から端まで灯してくれる、慈愛に満ち溢れた色そのものなのだ。

みんなが目を背けるものが、私の心を癒してくれていたのだ。

まるで水を陶器の器に注ぐように、私に癒しというモノを心に注いでくれたのだ。


私が殺した人々の山積みの末にできた、指先まで血まみれの手を拭ってくれる。

外の世界によって冷やされた心を、暖かさで癒してくれる。


私の罪科を遠い遠い存在にしてくれる、たった一つの希望だった。


だが私は……私は、その灰色すらも失ってしまった。

……厳密には失ってはいない、しかし奴らという存在が入ってきた時点で、私の灰色の世界は汚された。

全てが無機質な灰色な世界に、無機質な私の心に……奴らという目が眩むほどに感情が詰め込まれた、私が反吐ほど嫌う存在が現れた。


生きた人間、私はこの存在が大嫌いだ。


どんなことでも感情を物差しに考え、悪や善などと断言する。

自身の都合を善として、不都合を悪とする。

私はこんな物事すべてを、どこか破綻させたような考え方をする、幼稚な知的生命体が大嫌いだ。

自身の正しい道だと信じれば、同族の人間ですら殺すことができる。

私はそう考えながら、今までたくさんの人々を、自身のこの魔術《ちから》で屠り続けた。

”あの方“の頼みが来たら、魔術という星の弩弓を人の渦に射ち放つ。


それが私の使命であり、私の役目であり……。

私が私の心に、灰色を埋め立てる手引きなのだから。



ソロスヴェーニャ・アンヴィシリカ=アルラ・カルラ……。

ソンブレロ。


私の身に焼き刻まれた銘だ。

私という、骨と肉と血の塊に付けられたの名前。


私は目覚めと同時に意識の扉を開いた、それが私の始まりだった。

鼻腔から漏れる息、肌身に触れる大気、そして夢心地の頭に焚べられる黒に燻った罪悪感。

それが私の朝に据えられたモノだった。

いかにして普通、当然にして普遍、普遍にして不変。


そうやって私は今日も昨日も、そして明日も生きるだろう。

一生無くならない。

そもそも死がないのなら、一生と言えるのかすら分からない。

無生、そう呼ぼう。

不老不死は断然、生きていない。

生きていると言うのは終わりがあるからであって、終わりがないことを生きると言うのは破綻しているからだ。


でも、やっとチャンスが回ったんだ。

これで私を殺してくれる、処刑人《きゅうせいしゅ》が現れたんだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



青年の鉾のような杖が、先端を発光させながら胸を穿った。

胸を穿った光は少女の胸のうちに、吸い込まれ消えていった。

乾いた土に飲み込まれる、水雫に見えた。


「…………これで終わったよ」


青年が漏らした室内に轟く声は、どこか消沈しきったものであった。

吹き抜けた階段に響くような、木枯らしに淘汰されてしまうほど小さい風そのもの。

聞いているこちらですらも、視線を下方に向けてしまう。


「もう動かないはずだよ、多摩市を壊した感覚が腕の中に走った。

でも私の姉は相当な魔術を持つ者、まだ息を隠しているかもしれない」


青年は手を下した出来事を、生々しくどこか無感情に語った。

まるで魂の内に塞ぎ込んだ何かの心臓に、刃先を突きつけたかのようであった。

しかしその言葉の片鱗からは、自身の行いに対する罪悪感を、混濁させ語っているようにも聞こえた。

自身の手から放った死という存在を、噛み締めているようであった。


「背を向けながら歩いてはいけないよ、一人ずつこの階の階段を降りて」


青年はこの箱部屋に集まる者たちに、諭すかのように語った。

その語る声すらもやはりと言うべきか、冷たい悲壮感を身の肌で感じられた。


「じゃあ、誰から降りる?」


白髪の少女が、台詞を書き記すように声を放った。

その途端、言葉が続くかと思いきや、部屋には静寂が広まった。

聴覚の音波計の乱れる波線が、一直線に伸び切った。


するとこの場にいた全員の目線が、一様にして俺に差し向けられた。

向けられる全ての目線は、まるで寒気に冷やされたナイフのようだ。

身体中に織られた肉皮に込められた水分が、加減ない冷気に晒されたかのようだった。


「七星クンを優先した方がいいかもしれないね、君が決して無力とは言う気は無いけれど、君にはコレに対して対処ができないと思うからね」


彼女の優しい言葉が耳元を過ぎ去った。

その声に秘められたのは、傷を受けてほしく無いという一途な願いだった。

その味は子を心配する母親か、弟に気をかける姉のようであった。


「俺もそれを推薦する」


「同言だ」


初手に金髪の巨漢が、言葉を切り出した。

切り出された声に続きこの場に集っていた、もう一人の白髪の男が声を漏らした。

会話内容は先ほどの彼女の言葉に、賛推の意を示すモノであった。


「そういうことだから、七星クンに要求する」


彼女は集った意見を取りまとめ、結論の杭を打ちつけた。

その思念固まった結論の矛先を突かれるは、紛う事なきこの俺であった。


「じゃあ……先に失礼しますね」


縮毛のように短く細く角張った、意気抜けた声で返した。

そこの肉塊より、少しまともに魂が鼓動しているだけだった。


そのまま風の軌道を残すかのように、その場から身を引き離した。

耳に響き渡る靴底の音は須くとも綴るべきか、脳の血管に染み渡るほど冷たかった。

体の奥底の奥に透き通るとも、言えてしまうものだった。


視界が横に関節曲がりすると、角角とした灰の階段が現れた。

その吸い込まれるような奥に広がる、また苦同じ色をした床は、体を貫くような淋しさが煙たがっていた。



「……」


何かが脳幹を貫いたような気がする。

だがそれに意識の片鱗を傾けるようなことは、全くしなかった。

どうでもいいコトであるのに、引き剥がさぬように脳裏に焼き付いた。


地道にことを進めるように、何も考えずに階段の段という凹みに、靴底を擦り付けてはその下部にある凹みに足をつける。

角でできた床を歩み、爪先を伸ばせば床が間も無く、というところまで近づいた。

その小さくも一つの結末を締めるような、物事を終わりへと弾《ひ》き放った。


「ふぅ……」


躊躇うことなく最後の一段を踏み締め、足を多変ない灰色の床に落とした。

石質特有の鈍い音が、水紋のようにくねりながら広がった。


「みんな、大丈夫かな」


杞憂呆然。

己が一番の弱きだと知りながらも、仲間の身を案じるその姿勢と思考は、どこまでも愚直で真面目ったらしいもの。

もしこの場でビル倒壊級の爆発が起きれば、最先に命を散らすのは己である。


しかしそれは"もし"ではなく、今であるのだ。

この人二人分ほどの短い階段を登れば、全てを雲散霧消にしてしまう、規格外の存在が付しているのだ。


「……今は、自分の身を案じよう」


仲間の安否という思考を切り落とし、己にだけ両眼を差し置いた。

もはや隠す気もない身の保身、ただそれだけが澄んだ心に染み渡った。


“壁に腰でも掛けよう、階段を椅子にしたら嫌な予感がする”


風のない日の弾道のように、まっすぐな直感に従う。

真正面に展開された灰色の壁に身を向わせ、腰を接舷させるように付け、体にストレスが溜まるほど硬いコンクリートの床に座る。


「あっ」


時間潰しに自らの平手を覗いた。

手には砂浜でも擦ったかのように、石質の粉塵が皮にのめり付いていた。

灰色、白、土混じりの砂、規則性のない粒々たちだった。


「……ふうん」


その粒子の群を瞳に映し、意味も定まっていない言葉を吐く。

何もこもっていない浅くも深くもなく、ただ水平で何もない言葉だった。


「本当に死んだのかな、本当に……死んだのかな」


弱さだけが表裏に煮詰まった言葉を吐いた。

それは恐怖から来たモノか、魔術に対する疑心暗鬼から来たモノか。

すでに考えが台詞に支配され尽くした自身には、その“題”に灰色の脳細胞を掛ける余力はなかった。


「なんだかあっけない、どこかあっけない。

なにしろ都合が良すぎる、名前や伝承に釣り合った力が見えてない」


寸前から流れ続けた思案を、絶え間なく言葉に練り漏らし続ける。


「いや……大丈夫かな」 


想像でしかない前途洋々を、思考のうちに巡らせる。

この先の事象など複雑怪奇で、人間の思考で予測できる範疇にはない。


夏なのに乾いたように冷たい風が、首の頸を切り裂いていく。

首の神経を伝って、体全体が言語化不明の冷たさに包まれる。

閉じ込めたはずの疑心暗鬼が、またも身を脅かさんと潜んだ心の奥地から、鉄砲水のように溢れ始めたのだった。


地の底から這い登ってくるような、何処かの奥から魂に触れる。

鷹の爪のような鋭い"尖"が、心を切り裂くように抉りに抉る。


身体を鞠のように丸く蹲る。

まるで周囲からの形容不明なものから守ようにか、はたまた自らのうちに潜む何かを閉じ込めるかのように。



「七星クン逃げて……!!」


正面から声が聞こえた、方位で表すのならば正面0°。

その靡く声は記憶の内にて、髪を揺らす白髪の少女であった。

台詞の香りはまさに、救いの手を差し伸べるものそれであった。


下げた顔をあげ、正面に目を向ける。

一瞬だけ視界が歪んだものの、一瞬にして正常に入れ替わった。

追随を掛けるように、建物の全てが砕かれるように、轟音を垂らしながら揺れた。

まるで建物自体が一つの生き物のように、唸っていたのだ。


「……っあ!!」


衝動的に走り出す。

手前の伽藍とした筒抜けの窓枠に走り始める、まさしく建物の呼吸孔そのものに、足を掛け向けた。


自覚はしているものの、狂気的な方法そのものだった。

タガがギリギリまで緩み、もはや狂犬の成り行きの巡りとしか言えない。


目前まで窓枠が迫る、まさに命の先行きを決める二つの選択肢だった。

だがそんなものなどどうでもよく、強行的に窓枠を踏み台に、青々とした空を描く外に飛び込んだ。


眼下に見ゆるは夏の暑気を浴びる、不定形極まれる瓦礫たち。

地面を照らすだけですら、人の目に張られた網膜を焦がす太陽の日射光。

皮膚がよだつほどの暑さを身に呑ませる、白色筋の眩《まい》るほどの熱線。


だがその障害などどうでもいい。

今はただ一つ、身を保身の渦に飛び込ませることに全身全霊をかける。


「異界幻像《アナザー・ファントム》機動!!」


全神経が脈拍《うめいた》。

空気の流動や、体から漏れ出る多種数多の物質。

普段ならば、理解できないところまでが総じて理解できた。

放った”ただ“の弾頭の道筋が捻じ曲がり敵に向かうように、ありえないものがあり得てるように感じる。


地面が壁のように立ちはだかった。

不安定に積み重なった瓦礫の山に無策で落ちれば、全身が悉く砕かれ折れた骨が肉を裂き皮を抉る。

もはや千本針で貫かれた方が、何倍も幸せになるほどのもの。


だが、魔術《コレ》があれば違う。


「……、つ!!」


身体の力が抜け拡散されるように、四方八方に発散された。

全ての感覚が遠い彼方に置いてきたような、感覚すらも鈍る感覚に囚われた。

永遠《とわ》の空を飛ぶ鳥のように、全ての呪縛から吐き出された気分だ。


自由落下を保ちながら、地に着する。

怪物のように見える瓦礫の峰に、突っ込んでいく。


「ぐぅあっ……!」


意識が瞬く間にカケラとかした、物で記すなら結晶を砕いたが妙的だ。


石のが如く重い槍のような衝撃が、身体の芯軸を貫いた。

もはや弾丸としか思えない、人の許容感知範囲の限度を越した速度だった。


しかし、決して痛くはない。

擦り傷ていどの痛みもない。

その度を超す、身体の骨が折れた感覚も、肉が抉られた感覚もなかった。


「……うぅ、大丈夫なのか。いや、声を出せてるのなら大丈夫」


自身の状況を独り言に起こす。

積み重なった瓦礫の一角に、背をのめりつけていた。

石質の物体が持つ特有の、冷たさが身体の露出した部分を襲った。

だが熱気が毛穴を突き刺す今季には、心地よさすら抱く。


だが余興は長くは持たなかった。


冷気に身を寄せた身体には、到底重すぎるものだった。

耳元で爆発が巻き起こったかのような、解れた心が動乱する音が鳴り響いた。


音なる方へと、視線の針路を傾けた。

それは先ほど飛び降りた、見上げるほど大きくない雑居ビルであった。

そのビルの最上階付近から、石灰色の粉雪のような粒子が降りしきる。


だが、忽然と静けさは消えた。

粒子の郡は、瞬く間に砂嵐のように吹きかかってきたのだ。

脳波の伝達よりも早く、身体が身勝手に動いた。

身体に指令を出したのは理性ではなく、深部に潜む粋な本能からであった。


立ち塞がる瓦礫の牟礼《むれ》を、足場にして立ち所を移す。

今はただ自らを死というモノから避けるために、自身の全てを自身に奉る。

己の存在をこの世で最も至高で丁重であるべきものだと、認識を脳に巡らせる。


「はっはぁぁ、逃げないと……」


今はただ迫る脅威から、自身を切り離さなければならない。

それだけを藁へ縋るように想い続ける。


居座っていた地点から、三〇米《メートル》ほど離れた。

瓦礫の断面を飾る粉が逃げ続ける間、身体の至る所に付着した。

だがそれは所詮汚れ、落とせばいいだけの単純な話。

それよりも優先に針を刺すべきは、体に襲いかかるこの疲労感だ。


一心不乱そのものを表すかの如く走り続けた体は、優しくない疲労に包まれていた。

今にでも枯れ木のように崩れ去っても、有様に違和感を抱くことはない。

心臓の鼓動だけで、体の内臓が破裂してしまいそうだ。

血管が拡張し全身から汗が漏れるほどに、体が加熱される。


「疲れた、休み……たい」


息も絶え絶えというべき声が喉より呻く。

もはや声すらも渇ききっており、耳元で呟かれなければ分からないほどだ。


「だけど。まだここで休んだらダメだ、まだまだ距離を取らないと」


水分を失った棒切れのような足をあげ、引きづりながら歩行する。

足は生まれたて子鹿など、同じ舞台に立てないほど震えていた。

恐怖と疲労諸共が混じった心情では、情緒と肉体を維持するだけでも、とんでもない苦労である。


しかしそれを札に休むことは、何があろうとも決して許されない。

ただ離れなければという必死な感情を胸に、足をとめどなく進める。



「死ね」


心の騒々しさすら、蜘蛛の子を散らすように引いた。

血管を全速力で駆け巡っていた熱い血液すら、挫いたかのように動きを弱らせた。

心臓は掴まれたと言わざるおえないほど、鼓動を潰すように弱めた。


声が聞こえたであろう後方に振り向いた。

その行動は、反射的や本能的だとしか説明できない。


「あっ……」


意識を無視して声が漏れた。

一直線に伸びた言葉は、渦巻く空気へ無造作に消えた。



俺の目の前にいる人物に、その言葉はどう感じられただろうか。

仇討つべき敵が漏らした、憎たらしい言葉に他ならなかっただろう。


本能が逃げろと叫んだ。

体も賢明《それ》に従おうと頷いたのか、疲労困憊の足に力が込められた。


しかし、それは決められた結果かのように途切れた。


「ぁ…………」


体のどこかが穿たれた。

どこかしか分からない、詳細な位置を上げることはできない、くまなくまで混乱しきった脳内には理解ができなかった。


だが一つ。

これは間違いなく、最大級の危機だと。



第53話 終

はいどうも、出雲・ツキです。

今回の話はどうだったでしょうか?

六千文字ほどの長さがありますが、ここまで読んでいただきありがとうございます。

では次回でお会いしましょう!!

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