-1歩
「ママ〜、あれ買って〜 」
「はいはい、今日は誕生日だからね。あと3つくらい良いわよ 」
「やった〜! あっ、パパ!!! 」
左腕のない男に、小さな娘が飛びつく姿が見えた。
そんな平和な光景を見てると……不思議な気持ちになってしまう。
(ほんとうに……戦争は終わったんですねぇ〜 )
「あっ、ロキ!! ごめんね待たせちゃって 」
「いえいえお構いなく〜。少し待っただけですから 」
やっと来たリューべは白いワンピースを着ていた。
髪はバッサリと切り、自分が渡した変装用の帽子をかぶっている。
「左足……大丈夫そうです? 」
「えぇ、いい義足を貰いましたから。前ほどじゃないにしてもちゃんと走れますし、義手もいい感じです 」
戦争が終わってから、もう半年になる。
内戦が起こるかと思ったが、意外にも戦争を反対するものが多く、それにとある権力者が同調した。
結果、何十年もつづいた戦争は、呆気なく終わった。
けれど逆に、多くの問題がのこしてしまった。
「どうしました? 難しい顔してますけど 」
「……リューべの故郷について考えてましてね。当然ですけど、ここと『星屑の国』の確執は深まったままです。だから故郷に埋めたあのひ」
話してる最中なのに、眉間にデコピンを喰らわされた。
「たしかに文句の一つくらい言いたいですけど、それはあなたの気にすることじゃないでしょ。むしろ……お母さんの墓があると分かってるだけで安心です 」
「……ですか 」
「さっ、買い物に行きましょ。今日はお出かけ日和ですから 」
ベンチから立ち上がり、近所の雑貨屋に二人ではいる。
今日の夕飯の食材、掃除道具、洗剤、色んなものをバケットにいれてる最中、リューべから首を傾げられた。
「その洗剤高くないです? こっちの安いのにしません? 」
「高い……ですかねぇ? すみません、買い物とかしたこと無かったので 」
「そうなんです? 」
「えぇ。ここ半年ずっと病院に居ましたし、戦争中なんか買い物する暇なんてありませんでしたからねぇ 」
「……ロキ 」
商品を棚に戻してると、重々しい声で名前をよばれた。
顔をあげれば、怒ってるようなリューべの顔がある。
「な、なんです? 」
「今日は夜まで付き合ってもらいますからね! たくさんお店回りますからね!! 引きずってでも連れてきますからね!!! 」
「えっ、あっ……はい。リューべと一緒ならそれでいいです 」
なんで怒ってるのか分からないリューべに引っ張られ、色んなところを連れ回された。
「こういうのが今のオシャレですので!! 着ましょう!!! 」
「はい 」
服屋に連れていかれ、茶色のズボンと白いシャツ、あと青いコートを着せられた。
(内ポケットはなし……武器隠せないなぁ。あぁでも義手のスペースになにか詰めれば)
「ロキ? 次行きますよ 」
「ん、分かりました 」
次はアクセサリー店に連れてかれた。
(これ……改造すれば隠し武器になるなぁ。火薬つめれば簡易的な爆弾にも )
「そのブレスレット気に入ったんですか? 」
「あぁいえ、気に入ったとかでは無いです。ただ……なんでもないです。先に店を出てますね 」
「ちょっと…… 」
ブレスレットを棚にもどし、リューべを置いて外にでる。
すると大きなため息がでてしまい、床に座りこんでしまう。
(戦争のことばっかり考えるなぁ )
戦争が終わったというのに、未だに昔の考えに囚われてる。
……いや違う、囚われてるんじゃない。
手放すのが怖いんだ。
その考えを捨てると……『逃がし屋』としての自分が消えてしまいそうで。
『お前だけ幸せになるのか? 』
「っ!!? 」
あの声が聞こえる。
すぐに振り返るが、そこには心配そうな顔をしたリューべがいた。
「ロキ? 顔色が悪いですよ 」
「あぁ……えっと……平気です、次に行きましょう 」
あの声から逃げるように、リューべとレストランに入った。
「お待たせしました。『南海フィッシュのポワレ』でございます 」
「わ〜美味しそうですね! 魚なんてはじめてです!! 」
「そっちの国は火山地帯ですからねぇ 」
リューべは意外にもお上品に魚を食べていく。
それにつられてナイフを持つけれど……これを食べたいとは思えなかった。
「ロキ? 」
「……あぁそうでしたね。毒なんか入ってる訳ないのに 」
「そうですか……私、ちょっとお手洗いに行ってきますね 」
「はい 」
席を立つリューべ。
それを見送り、魚を切りほぐして食べてみる。
けれど味がよく分からない。
(レーションばっか食べてたからなぁ )
「ん? 」
店の外にいる男を見る。
どこにでもある服装をしているが、体の傾きで銃をもっているのが分かった。
しかも……店にはいる素振りをせず、レストランの中をじっと見ていた。
「お客様、どうかしましたか? 」
「いえ。あぁちょっとトイレに行ってきます、食事は下げないでください 」
「かしこまりました 」
店員と話してる間にナイフを隠し、男子トイレにはいるフリをして女子トイレに入る。
「リューべ? 」
名を呼ぶ。
けれど返事はない。
すぐさま個室のトイレを蹴破ると、そこには誰も居らず、壊れた窓だけがあった。
状況を見れば、リューべが誘拐されたのだとすぐに理解できた。
「……はぁぁぁぁ、暗殺じゃなくて良かった 」
一息付き、すこし頭を回す。
(人を連れてくなら路地裏だなぁ。ケースとかに入れて運んでも、それが動いてたらさすがに不審がられる。即効性の薬なら長時間は作用しないし。あとリューべは赤い声帯を隠してたし、どこかで確認したいはず。路地裏のルートを考えると…………あそこの潰れた倉庫かなぁ )
窓から外に行き、狭い路地裏を利用して屋根にのぼる。
そして目的地へ全力で向かい、屋根の傾斜を利用して勢いをつける。
「おっ邪魔しまぁぁす!!! 」
「「「「「っ!!? 」」」」」
倉庫の二階窓をつき破る。
すると案の定、武装した五人と暴れるケースがあった。
(ハンドガン、防弾チョッキ……余裕ですねぇ )
一人を頭から踏みつけて無力化し、右手の銃をすぐさま奪う。
そして天井を撃ち、ぶら下がったコンテナを地面に落とす。
「全員でかこめ!!! 」
「よっこいしょ〜 」
「「っ!!? 」」
コンテナを蹴り、それごと二人を吹き飛ばす。
その隙に一人は弾を撃ってきたが、ノビてる男を盾にしてそいつの両足を撃つ。
「がっ!!! 」
(ん? )
いつの間にか、二階に登ってる男がいた。
すぐに天井のコンテナへ一発、すると弾が切れた。
「はっ、どこを狙っで!!!? 」
撃ったのはコンテナの片側の釣り具。
それが壊れ、バランスを崩したコンテナは振り子のように動き、二階の男を下から吹き飛ばした。
「悪いですねぇ。自分これでも、狙撃の成績は2位だったんですよ? 」
「っ……ぐ 」
「さて、大丈夫ですかリューべ? 」
盾にした男を捨て、持ってきたナイフでケースを破くと、口枷をつけられたリューべが顔を出した。
「あっ……すみません 」
「いえ、自分の不注意です。もっとはやく気がついてたら…… 」
そんな後悔をしながら振り向き、銃に手をのばす男に向かってナイフを投げる。
するとその刃先は、男の左手に突き刺さった。
「がぁ!! 」
「詰めが甘いんっすよ〜。それで、依頼主うんぬんとか話して貰いますけど……自殺用の毒飲むなら今のうちですよ? 」
「赤い義足。そうか、お前が仲間殺しの『逃がし屋』か 」
「っ!? 」
「聞いたぞ? 仲間を置いて自分だけが安全な場所に逃げる、最低な野郎だってな 」
手が震えた。
心臓が痛い。
耳鳴りがし始めた。
あの声も……
『なぜここにいる 』
『自分だけ幸せになるつもりか 』
『見捨てたのに? 』
『自分だけ逃げたのに? 』
『のうのうと』
『普通に』
『『『生きられると思っていたのか? 』』』
「あっ……あっ!! 」
「バカが 」
男は新たな銃を取りだした。
けれど避ける気になれなかった。
死ぬならそれでいいと……思って
「『やめろ』 」
酷く冷たい声が聞こえた。
男はなぜか銃を撃たない。
「『抵抗するな』 」
リューべは僕たちの間にわり込み、するりと銃を奪う。
瞬間、男の頭横に弾を撃ちまくった。
「依頼主に伝えて? 今度は殺しに行くって 」
「ひ、ひぃぃぃ!!!!! 」
悲鳴をあげて逃げる男に対して、リューべは冷たい顔で銃を投げ捨てた。
「大丈夫……じゃないですね 」
「いえ大丈夫ですよ……さっ、食事の続きでも」
「無理しないでください。お金はあとで貰いますから、今は自分のために時間を使ってください 」
「……はい 」
強気なリューべに頷くと、力強く右手を捕まれた。
「行きましょうか 」
レストランに賠償金と食事代を払い、手を引かれながら街を離れた。
その間もずっとあの声が聞こえていた。
あの手もずっと足に絡みついている。
けれど手を引かれてるおかげで……辛いと嘆く、暇さえなかった。
「……落ち着きました? 」
「えぇ……こんな時間になってすみませんね 」
「気にしないでください 」
あの声が聞こえなくなったのは、もう日が暮れてからだった。
森の中は暗く、冷たい風が吹いている。
冷えた土に座ってることもあって、夏とは思えない寒さを感じる。
「……リューべ。すごい急なんですけどね、話しておきたい事があるんです 」
「……なんです? 」
「僕は……自分が戦場にいるべきだと思ってるんです 」
リューべと顔を合わせず、話をつづける。
「ここ半年、ずっと平和な世界で過ごして分かったんです。自分の居場所は……ここじゃないって。寝ても起きても戦争してる気分で、このままここに居たって、一生戦争からは逃げられない。しかもですね……気がついたんです。人を傷つけてるときは、『逃がし屋』である強い自分のときは、あの声が聞こえないって 」
「……… 」
「だから戻ります、弱い自分を捨てたいから。それを……あなたには伝えたかった 」
ヒュるりと風が吹いた。
それを境に立ち上がろうとする。
けれどそれよりはやく、リューべから肩を掴まれた。
「一言いいですか? 」
「えぇ…… 」
「バカですかあなたは!! 私があなたを守るって言ったの忘れたんですか!!? 」
「でもそれじゃ」
「でも!! ……私にも、あなたを守れない時があります 」
弱々しい声に、ハッと顔をあげる。
するとリューべの涙がにじんだ瞳がみえた。
「今日さらわれた時……怖いって思ったんです。なにも出来なくて、抵抗できなかった。けどあなたが撃たれそうなときに……やっと体が動いた 」
「リューべ…… 」
「だからですね、弱い私を……強いあなたが守ってくれませんか? 弱いあなたを……強い私が守りますから 」
右手を両手でつかまれた。
今度は優しく……そっと包み込むように。
「戦争はあなたの居場所じゃない、あなたを殺すものです。だから絶対に、あなたがしっかり考えたことであっても……私はそれを否定します 」
言葉の節々に感じる、『死なせない』という想い。
それがあの時と同じようで……なんだか、こんな話をしたことが申し訳なくなった。
「……はい、分かりましたよ。それであの、もう一つだけお話が 」
「なんです? 言い訳なら聞きませんよ? 」
「あぁそうじゃなくて……えっと…… 」
なんと言ったらいいか分からず、頭を回すがなにも言葉が出てこない。
「あーその……ん〜 」
「……? 」
「僕と結婚してください 」
右ポケットにある昨日買った指輪。
それをリューべの前に差しだす。
「……えっ結婚!!? 」
「はい……そのぉ……ダメですかね? 」
「いや全然いいですけど!! めちゃくちゃ嬉しいですけど!!! ……わぁ、これが結婚指輪なんですね 」
潤む瞳を輝かせながら、リューべは指輪をはめてくれた。
左手の薬指に……しっかりと。
夜空にかざされたクリスタルの指輪は、自分が買った時よりもずっと綺麗に見えている。
「というか本当に急ですね。普通はお付き合いとかから、始めるものですけど 」
「うっ……いやぁそのぉ、昨日やっと結婚できる歳になったので……ちょっと焦ったという……いやリューべと一緒に居たいのは事実ですけど…………どうしました? 」
ふと見たリューべは、なぜか虫を潰してしまったような……とにかく驚いたような顔をしていた。
「えっ? ……この国って何歳から結婚できるんです? 」
「16……ですけど? 」
「私19……えっ歳下!!? 」
「歳上!!!? 」
あまりに予想外すぎて、リューべまでも表情が固まった。
けれどまた風が吹くと……リューべは笑いだした。
それにつられて、こっちも笑ってしまう。
「絶対に……あなたを戦場には行かせません。どうかこの手から逃げないでください 」
ギュッと……抱きしめられた。
その体にそっと右腕をまわす。
「はい。じゃあ自分は……あなたを危険から逃がします。長生きしましょうね 」
「お互いに……ですよ? 」
「……えぇ 」
暗くて寒い夜の森。
僕たちはそこで一生を誓い合い、戦争以外での居場所を……見つけられた。