表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逃がし屋  作者: エマ
8/12

-1歩



「ママ〜、あれ買って〜 」


「はいはい、今日は誕生日だからね。あと3つくらい良いわよ 」


「やった〜! あっ、パパ!!! 」


 左腕のない男に、小さな娘が飛びつく姿が見えた。

 そんな平和な光景を見てると……不思議な気持ちになってしまう。


(ほんとうに……戦争は終わったんですねぇ〜 )


「あっ、ロキ!! ごめんね待たせちゃって 」


「いえいえお構いなく〜。少し待っただけですから 」


 やっと来たリューべは白いワンピースを着ていた。

 髪はバッサリと切り、自分が渡した変装用の帽子をかぶっている。


「左足……大丈夫そうです? 」


「えぇ、いい義足を貰いましたから。前ほどじゃないにしてもちゃんと走れますし、義手もいい感じです 」


 戦争が終わってから、もう半年になる。


 内戦が起こるかと思ったが、意外にも戦争を反対するものが多く、それにとある権力者が同調した。

 結果、何十年もつづいた戦争は、呆気なく終わった。


 けれど逆に、多くの問題がのこしてしまった。


「どうしました? 難しい顔してますけど 」


「……リューべの故郷について考えてましてね。当然ですけど、ここと『星屑の国(二ビル)』の確執は深まったままです。だから故郷に埋めたあのひ」


 話してる最中なのに、眉間にデコピンを喰らわされた。


「たしかに文句の一つくらい言いたいですけど、それはあなたの気にすることじゃないでしょ。むしろ……お母さんの墓があると分かってるだけで安心です 」


「……ですか 」


「さっ、買い物に行きましょ。今日はお出かけ日和ですから 」


 ベンチから立ち上がり、近所の雑貨屋に二人ではいる。

 今日の夕飯の食材、掃除道具、洗剤、色んなものをバケットにいれてる最中、リューべから首を傾げられた。


「その洗剤高くないです? こっちの安いのにしません? 」


「高い……ですかねぇ? すみません、買い物とかしたこと無かったので 」


「そうなんです? 」


「えぇ。ここ半年ずっと病院に居ましたし、戦争中なんか買い物する暇なんてありませんでしたからねぇ 」


「……ロキ 」


 商品を棚に戻してると、重々しい声で名前をよばれた。

 顔をあげれば、怒ってるようなリューべの顔がある。


「な、なんです? 」


「今日は夜まで付き合ってもらいますからね! たくさんお店回りますからね!! 引きずってでも連れてきますからね!!! 」


「えっ、あっ……はい。リューべと一緒ならそれでいいです 」


 なんで怒ってるのか分からないリューべに引っ張られ、色んなところを連れ回された。


「こういうのが今のオシャレですので!! 着ましょう!!! 」


「はい 」


 服屋に連れていかれ、茶色のズボンと白いシャツ、あと青いコートを着せられた。


(内ポケットはなし……武器隠せないなぁ。あぁでも義手のスペースになにか詰めれば)


「ロキ? 次行きますよ 」


「ん、分かりました 」


 次はアクセサリー店に連れてかれた。


(これ……改造すれば隠し武器になるなぁ。火薬つめれば簡易的な爆弾にも )


「そのブレスレット気に入ったんですか? 」


「あぁいえ、気に入ったとかでは無いです。ただ……なんでもないです。先に店を出てますね 」


「ちょっと…… 」


 ブレスレットを棚にもどし、リューべを置いて外にでる。

 すると大きなため息がでてしまい、床に座りこんでしまう。


(戦争のことばっかり考えるなぁ )


 戦争が終わったというのに、未だに昔の考えに囚われてる。

 ……いや違う、囚われてるんじゃない。

 手放すのが怖いんだ。


 その考えを捨てると……『逃がし屋』としての自分が消えてしまいそうで。


『お前だけ幸せになるのか? 』


「っ!!? 」


 あの声が聞こえる。

 すぐに振り返るが、そこには心配そうな顔をしたリューべがいた。


「ロキ? 顔色が悪いですよ 」


「あぁ……えっと……平気です、次に行きましょう 」


 あの声から逃げるように、リューべとレストランに入った。


「お待たせしました。『南海フィッシュのポワレ』でございます 」


「わ〜美味しそうですね! 魚なんてはじめてです!! 」


「そっちの国は火山地帯ですからねぇ 」


 リューべは意外にもお上品に魚を食べていく。

 それにつられてナイフを持つけれど……これを食べたいとは思えなかった。


「ロキ? 」


「……あぁそうでしたね。毒なんか入ってる訳ないのに 」


「そうですか……私、ちょっとお手洗いに行ってきますね 」


「はい 」


 席を立つリューべ。

 それを見送り、魚を切りほぐして食べてみる。

 けれど味がよく分からない。


(レーションばっか食べてたからなぁ )


「ん? 」


 店の外にいる男を見る。

 どこにでもある服装をしているが、体の傾きで銃をもっているのが分かった。

 しかも……店にはいる素振りをせず、レストランの中をじっと見ていた。


「お客様、どうかしましたか? 」


「いえ。あぁちょっとトイレに行ってきます、食事は下げないでください 」


「かしこまりました 」


 店員と話してる間にナイフを隠し、男子トイレにはいるフリをして女子トイレに入る。


「リューべ? 」


 名を呼ぶ。

 けれど返事はない。


 すぐさま個室のトイレを蹴破ると、そこには誰も居らず、壊れた窓だけがあった。

 状況を見れば、リューべが誘拐されたのだとすぐに理解できた。


「……はぁぁぁぁ、暗殺じゃなくて良かった 」


 一息付き、すこし頭を回す。


(人を連れてくなら路地裏だなぁ。ケースとかに入れて運んでも、それが動いてたらさすがに不審がられる。即効性の薬なら長時間は作用しないし。あとリューべは赤い声帯を隠してたし、どこかで確認したいはず。路地裏のルートを考えると…………あそこの潰れた倉庫かなぁ )


 窓から外に行き、狭い路地裏を利用して屋根にのぼる。

 そして目的地へ全力で向かい、屋根の傾斜を利用して勢いをつける。


「おっ邪魔しまぁぁす!!! 」


「「「「「っ!!? 」」」」」


 倉庫の二階窓をつき破る。

 すると案の定、武装した五人と暴れるケースがあった。


(ハンドガン、防弾チョッキ……余裕ですねぇ )


 一人を頭から踏みつけて無力化し、右手の銃をすぐさま奪う。

 そして天井を撃ち、ぶら下がったコンテナを地面に落とす。


「全員でかこめ!!! 」


「よっこいしょ〜 」


「「っ!!? 」」

 

 コンテナを蹴り、それごと二人を吹き飛ばす。

 その隙に一人は弾を撃ってきたが、ノビてる男を盾にしてそいつの両足を撃つ。


「がっ!!! 」


(ん? )


 いつの間にか、二階に登ってる男がいた。

 すぐに天井のコンテナへ一発、すると弾が切れた。


「はっ、どこを狙っで!!!? 」


 撃ったのはコンテナの片側の釣り具。

 それが壊れ、バランスを崩したコンテナは振り子のように動き、二階の男を下から吹き飛ばした。


「悪いですねぇ。自分これでも、狙撃の成績は2位だったんですよ? 」

 

「っ……ぐ 」


「さて、大丈夫ですかリューべ? 」


 盾にした男を捨て、持ってきたナイフでケースを破くと、口枷をつけられたリューべが顔を出した。


「あっ……すみません 」


「いえ、自分の不注意です。もっとはやく気がついてたら…… 」


 そんな後悔をしながら振り向き、銃に手をのばす男に向かってナイフを投げる。

 するとその刃先は、男の左手に突き刺さった。


「がぁ!! 」


「詰めが甘いんっすよ〜。それで、依頼主うんぬんとか話して貰いますけど……自殺用の毒飲むなら今のうちですよ? 」


「赤い義足。そうか、お前が仲間殺しの『逃がし屋』か 」


「っ!? 」


「聞いたぞ? 仲間を置いて自分だけが安全な場所に逃げる、最低な野郎だってな 」


 手が震えた。

 心臓が痛い。

 耳鳴りがし始めた。

 あの声も……


『なぜここにいる 』

  『自分だけ幸せになるつもりか 』

『見捨てたのに? 』

『自分だけ逃げたのに? 』


     『のうのうと』

  『普通に』


『『『生きられると思っていたのか? 』』』


「あっ……あっ!! 」


「バカが 」


 男は新たな銃を取りだした。

 けれど避ける気になれなかった。

 死ぬならそれでいいと……思って


「『やめろ』 」


 酷く冷たい声が聞こえた。

 男はなぜか銃を撃たない。


「『抵抗するな』 」


 リューべは僕たちの間にわり込み、するりと銃を奪う。

 瞬間、男の頭横に弾を撃ちまくった。


「依頼主に伝えて? 今度は殺しに行くって 」


「ひ、ひぃぃぃ!!!!! 」


 悲鳴をあげて逃げる男に対して、リューべは冷たい顔で銃を投げ捨てた。


「大丈夫……じゃないですね 」


「いえ大丈夫ですよ……さっ、食事の続きでも」


「無理しないでください。お金はあとで貰いますから、今は自分のために時間を使ってください 」


「……はい 」


 強気なリューべに頷くと、力強く右手を捕まれた。


「行きましょうか 」


 レストランに賠償金と食事代を払い、手を引かれながら街を離れた。

 その間もずっとあの声が聞こえていた。

 あの手もずっと足に絡みついている。

 けれど手を引かれてるおかげで……辛いと嘆く、暇さえなかった。


「……落ち着きました? 」


「えぇ……こんな時間になってすみませんね 」


「気にしないでください 」


 あの声が聞こえなくなったのは、もう日が暮れてからだった。


 森の中は暗く、冷たい風が吹いている。

 冷えた土に座ってることもあって、夏とは思えない寒さを感じる。

 

「……リューべ。すごい急なんですけどね、話しておきたい事があるんです 」


「……なんです? 」


「僕は……自分が戦場にいるべきだと思ってるんです 」


 リューべと顔を合わせず、話をつづける。


「ここ半年、ずっと平和な世界で過ごして分かったんです。自分の居場所は……ここじゃないって。寝ても起きても戦争してる気分で、このままここに居たって、一生戦争からは逃げられない。しかもですね……気がついたんです。人を傷つけてるときは、『逃がし屋』である強い自分のときは、あの声が聞こえないって 」


「……… 」


「だから戻ります、弱い自分を捨てたいから。それを……あなたには伝えたかった 」


 ヒュるりと風が吹いた。

 それを境に立ち上がろうとする。

 けれどそれよりはやく、リューべから肩を掴まれた。


「一言いいですか? 」


「えぇ…… 」


「バカですかあなたは!! 私があなたを守るって言ったの忘れたんですか!!? 」

 

「でもそれじゃ」


「でも!! ……私にも、あなたを守れない時があります 」


 弱々しい声に、ハッと顔をあげる。

 するとリューべの涙がにじんだ瞳がみえた。


「今日さらわれた時……怖いって思ったんです。なにも出来なくて、抵抗できなかった。けどあなたが撃たれそうなときに……やっと体が動いた 」


「リューべ…… 」


「だからですね、弱い私を……強いあなたが守ってくれませんか? 弱いあなたを……強い私が守りますから 」


 右手を両手でつかまれた。

 今度は優しく……そっと包み込むように。


「戦争はあなたの居場所じゃない、あなたを殺すものです。だから絶対に、あなたがしっかり考えたことであっても……私はそれを否定します 」


 言葉の節々に感じる、『死なせない』という想い。

 それがあの時と同じようで……なんだか、こんな話をしたことが申し訳なくなった。


「……はい、分かりましたよ。それであの、もう一つだけお話が 」


「なんです? 言い訳なら聞きませんよ? 」


「あぁそうじゃなくて……えっと…… 」


 なんと言ったらいいか分からず、頭を回すがなにも言葉が出てこない。


「あーその……ん〜 」


「……? 」


「僕と結婚してください 」


 右ポケットにある昨日買った指輪。

 それをリューべの前に差しだす。


「……えっ結婚!!? 」


「はい……そのぉ……ダメですかね? 」


「いや全然いいですけど!! めちゃくちゃ嬉しいですけど!!! ……わぁ、これが結婚指輪なんですね 」


 潤む瞳を輝かせながら、リューべは指輪をはめてくれた。

 左手の薬指に……しっかりと。


 夜空にかざされたクリスタルの指輪は、自分が買った時よりもずっと綺麗に見えている。


「というか本当に急ですね。普通はお付き合いとかから、始めるものですけど 」


「うっ……いやぁそのぉ、昨日やっと結婚できる歳になったので……ちょっと焦ったという……いやリューべと一緒に居たいのは事実ですけど…………どうしました? 」


 ふと見たリューべは、なぜか虫を潰してしまったような……とにかく驚いたような顔をしていた。


「えっ? ……この国って何歳から結婚できるんです? 」


「16……ですけど? 」


「私19……えっ歳下!!? 」


「歳上!!!? 」


 あまりに予想外すぎて、リューべまでも表情が固まった。

 けれどまた風が吹くと……リューべは笑いだした。

 それにつられて、こっちも笑ってしまう。


「絶対に……あなたを戦場には行かせません。どうかこの手から逃げないでください 」


 ギュッと……抱きしめられた。

 その体にそっと右腕をまわす。


「はい。じゃあ自分は……あなたを危険から逃がします。長生きしましょうね 」


「お互いに……ですよ? 」


「……えぇ 」


 暗くて寒い夜の森。

 僕たちはそこで一生を誓い合い、戦争以外での居場所を……見つけられた。

 


 

 


 




 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] よかった!意外と言っては何ですがこの物語は主要人物誰も死ななくてとてもよかったです。それこそロキが生きられた前々話も安心しましたし、さらにこの最終回、PTSDの話にしっかり踏み込んだうえで…
[一言] ラストがどっちに転がるドキドキしましたが こういう二人で歩んでいく円満解決もまた良きかな…
[良い点] 「もう子供が!?」と冒頭で動転したのは内緒です(早とちり 根っからの戦争バカなんですねロキ君。その勘を失わない限りリューベは安心……ってまさかの年上www 見事なオチありがとうございます!…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ