5.5歩
(あやっべそろそろ死ぬ )
左目の義眼。
そこから伸びるなにかの管が、ゴリゴリと頭骨を削りはじめた。
『いま忠誠を誓いなおすのなら命は保証しよう。さきも言ったが、貴様が死ぬのはどんな兵器を失うよりも損害だ 』
義眼から聞こえる男の声に、もう一度だけ中指を立て。
「ハッ……ごめんだね 」
『ならば死ぬがいい 』
「それも……どうかな? 」
『なに? 』
「隊長!!! 」
雨の向こうから、誰かが駆け込んできた。
それは左腕だけに赤い義手をつけた……『人刈』だった。
「よぉ、やっぱ生きてたか 」
「舌噛まないでくださいよ!! 」
伸ばされた左腕。
それは左目をえぐり、そのまま義眼を引っ張りだした。
「っううう!!! ……ナイスだ『人刈』、助かったぜ 」
『貴様死んだはずでは!? 生体反応は消えていた!!! 』
「あぁあれですか、『逃がし屋』が細工してくれてたんですよ。心臓横の発信機にカバーを撃ち込んで、鼓動音を聞こえなくするって感じで 」
「あっははは!! さすが俺の親友だな、抜け目ねぇ 」
服の布切れで左目をおさえ、落ちているアイツのナイフをつかむ。
瞬間、体の中からなにかの起動音がした。
『いい気になるなよ? 体内の爆弾を強制起動させ」
「ふっ!! 」
すぐさまナイフを突き刺し、腹に埋め込まれた爆弾の配線を切る。
「いっっっっで!! ……あぁわりぃ、配線切ったからそれは無理だな 」
『…………っううう!!!! 貴様らは必ず殺す!!! 裏切りは許さんぞ!!! 手始めにあのガキを」
「あぁ、それも無理だな。なぁ人刈……いや『まゆ』、俺の武器拾ってきてくれねぇか? 」
「来る途中に見つけたので、拾っておきました。でもこれでなにを……まさか!! 」
「あぁ、部下を助けてもらった礼だ 」
まゆから手渡された剣をライフルに切り変え、銃身を空へ向ける。
『なにを』
「狙撃場所はだいたい太陽を背にできる場所だ。そしてあの地形じゃ待ち伏せできないから、家中からの狙撃はない。だから西倉庫の屋上……ってのがマニュアルの考えだな 」
『リミッター解除を確認、8秒後にオーバーヒートします 』
「まぁ敵国の少女を暗殺するんだ、コソコソする必要はねぇ。だったらもっと単純な場所……街でいちばん高い時計塔だな 」
ライフルを放ち、目を閉じる。
弾はあがり……あがり……雲を突きぬけ……落下をはじめる。
そのまま落ちて……落ちて……街中にはいり、時計塔の屋上を………………
「命中。これで暗殺は無理だな 」
『そんな子供だましが通用するとでも!? 義眼がない貴様など、ただのスナイパーどうぜ…………おい、なぜ生体反応が消えている? ……おい!!! なにがあった!! 報告しろ!!!! 』
「まぁお前の敗因は、武器に自爆装置を付けなかったことだな。まぁ人の変わりはいても、この武器の変わりはねぇから当然か 」
『きさ』
「まゆ、もう壊していいぞ 」
「はい 」
まゆの左腕が義眼を握りつぶす。
するとあのウザイ声は聞こえなくなった。
「…………はぁぁぁ、一件落着だな〜 」
「大丈夫ですか隊長? 」
「あいつから足を折られたけど死にはしねぇ、大丈夫だ 」
瓦礫の枕にゆっくりと体を預けると、まゆが左目にガーゼを当ててくれた。
「隊長……どうして『逃がし屋』は私を殺さず、なんなら守ってくれたんですかね? 」
「理由なんてねぇよ。アイツは救えるものは片っ端から救う、ただの善人だからな……だから救えなかったのは自分の責任だって、なんでも背負っちまう 」
「だからあの時…… 」
「まぁあいつは大丈夫だろうな 」
なんとなくだがそう思う。
もう、あいつが死ぬことは無いだろう。
「……ん? 」
雨の中から大量の足音がした。
瞬間、三つの人影がビルに入ってきた。
「「「隊長!!! 」」」
「ん、お前ら 」
それは、カイリとルイス……そしてリゲルだった。
それに驚く間もなく、まゆはカイリの顔面を鷲掴みにした。
「いでででで!!!! 」
「無茶させるなって言ったよね? なんでここに隊長がいるの? 」
「いやしょうがねぇじゃん!! 止めようとしたけどボロ負けしたんだよ!!!! 」
「あぁうん……あれは止められねぇわ。すまん 」
「隊長〜〜!!! めちゃくちゃ心配したっすよほんと!!! 」
「なぁリゲル〜、足折れてんだ。あんま触られると痛い 」
「あっ、すみません!!! 」
いつものような空気が心地いい。
そんな事を思ってると、さらに人影が入ってきた。
それは……見覚えのある、隊員たちだった。
「お前らまで……前線は? 」
「放棄してきました!! 戦争より! 隊長の命の方が大事なので!!!! ……皆おなじ思いです 」
ただの短い言葉だった。
それなのに……残った右目からはじわじわと涙が滲んできた。
「あーほんと……俺はいい部下たちを持ったな 」
右目をおさえ、まゆに寄りかかりながら立ち上がる。
「お前ら……これは勘だが、もうすぐ戦争は終わる。だからこれが最後の命令になる 」
「「「「………… 」」」」
「無事に家へ帰れ、そして今までの遅れを取り戻すように……自分の居場所を見つけろ。お前らの隊長になれて、俺は幸せだったぜ 」
「「「「「了解!!!!! 」」」」」
最後の命令を終え、ただ目を閉じる。
(ロキ……お前も自分の居場所を見つけろ。無責任だけど……やっぱお前には生きてて欲しいわ )
遠い場所にいる親友へ、声をかける。
返事はないが……なぜだか大丈夫な気がした。