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逃がし屋  作者: エマ
6/12

6歩目



 南第四倉庫。

 そこにはラクの言うとおり、大砲があった。


 ふつうの五倍ほど火薬をつめこみ、ワイヤーを絡めた装甲で蓋をする。

 そしてその上に立ち、めいいっぱい息を吸いこむ。


(今度は……絶対に助ける )


 旧式の不出来な手榴弾。

 そのピンを抜き、後ろに投げ捨てて肩で耳をふさぐ。

 瞬間、強烈な衝撃が全身にはしった。


 気がつけば空を吹き飛んでいる。


(5……4……ここ )


『リミッター解除を確認、4秒後にオーバーヒートします 』


 義足のリミッターを外すと、濡れた足は一気に熱せられ、ピシリとヒビが濃くなった。

 けれどもう壊れてもいい。


 今度さえ守れれば。

 二度と走れなくなろうが、生きてられなくてもいい。


「ふっ!! 」


 装甲を踏み、その反発で飛びあがる。


(高度は十分……あとは狙撃位置!! )


 あの街は入り組んだ地形をしている。


 待ち伏せならまだしも、どう移動するか分からないターゲットに対して、家中からの狙撃はない。

 なら屋上……そして反撃を受けにくい、太陽を背にできる場所。


「っ……見えた!!! 」


 もくもくと煙があがる街が見えた。

 けれど……目星をつけた所に、スナイパーの姿はない。


(読み間違え!? )


 すぐさま二番目に目星をつけた場所を見る。

 そこは街で一番高い時計塔……けれど周りからは目立ち過ぎる場所。

 だと言うのに、そこからはスコープの反射光が見えた。


(こんな堂々と!!! )


「あ…… 」


 ふと見えた路地裏……そこには、膝を抱えて泣いている彼女がいた。


「っ!!! 」


 ワイヤーを建物に絡め、振り子のように軌道を変える。

 その遠心力で肩はひしゃげた。

 けれどそれを無視し、彼女へ向かって地面に飛びこむ。


「リューべ!!!! 」


「えっ……? 」


 彼女を腕で抱きかかえた瞬間、にぶい銃声がひびいた。

 右足の義足でなんとかブレーキをかけ、すぐに建物の中へと飛びこむ。


 勢い余って地面を転がるが……幸いにも、リューべには傷ひとつ無かった。


(良かった…… )


「ロキ!? なんでここに……ロキ!!! 」


(大丈夫ですって、というか……なんでそんなに騒いでるんですかねぇ? )


「っ……大丈夫だから!! ねぇ大丈夫だからね!!! 」


(あれ、なんで声が出な……あぁそういう事ですか )


 自分の体に目を落とす。

 右胸には……ポカンと穴が空いていた。


 ドクドクと血があふれている。

 体の中にスースーと風がとおっている。


(あーこれ……助かりませんねぇ )


「ロキ!!! 」


 後ろ向きに倒れると、あの瞳が泣いていた。

 僕を救ってくれた恩人……それと同じ、空のような青い瞳。

 その涙をぬぐってあげたかったけど……右肩はひしゃげ、動かない。


(まぁ最期に見るのが……その瞳でよかった……です )


 青い(そら)をながめてると……段々……だんだん……ねむく……なっ……て……









「ん? 」


 気がつくと、洞窟の中にいた。

 外にはあの日のように……雨が降っている。


「えっ……なんで腕が 」


 なぜかひしゃげた右腕がある。

 というか左腕も……なんなら両足の義足も、ふつうの足になっている。

 これは……


「死後の世界……ってやつですかねぇ 」


「まぁそんな感じだね 」


 あの人の声がした。

 振り向けば白い髪と空のような瞳の……名も知らない恩人がにっこり笑っていた。


「待っててくれた……とかです? 」


「いや追い返そうと思ってね…………せっかく命懸けで助けたのにさ、もう死にたくなったのかい? 」


「……えぇ 」


「どうして? 」


 硬い床に寝そべり、下からあの人の瞳をのぞく。


「あの声が……あの手が……起きてても襲ってくるようになったんですよ〜。喋り続けてないと気が狂いそうで、起きてても寝てても、ずっとこっちへ来いって語りかけてくる。きっと生きてるかぎり……いや、死んでもこの声からは逃げれないでしょうね 」


「……いつか、生きててよかったって思える日が来るよ 」


「えぇ、きっとあると思います。でもその日のために苦しみつづけるのは……耐えきれない。だったら苦しみつづけた方がマシですよ 」


「…………そっか 」


 あの人は仕方なさそうに笑うと、そっと左手をひいてきた。


「私もあの日さ、自殺しようとこの洞窟に来たんだ 」


「……そうなんですね 」


「まぁ君のせいで死にそびれたよ。結局は死んだけど……一時だけ、前を向けた 」


「……… 」


「でも死にたい辛さは知ってるからね……うん、君を生かしたのは私だからさ、責任をもって連れてくよ 」


「……ハハッ、それは助かりますねぇ 」


 ゆっくりと立ち上がり、二人で雨の降る外に向かう。

 けれど瞬間、誰かに右腕をつかまれた。


「……リューべ? 」


 それはリューべだった。

 つかまれた腕には爪がくい込み、血があふれている。


「なんでここに居るんです? 」


「……ざけないでください 」


「……? 」


「ふざけないでください!!! 」


 リューべは大粒の涙をこぼしながら、喉が張り裂けるように叫んだ。


「なんであなた達はそんな勝手なんですか!! 」


「……勝手? 」


「勝手に覚悟を決めて! 勝手に死んで!! それで取り残された方の気持ちは分かります!? 分かりませんよね!!! じゃなきゃ目の前でこんな死に方しませんもんね!!!! 」


「リューべ……とりあえず落ち着いてくだ」


「お礼や恨み文句の一つすら言わせないで!! 勝手に逝って!!! なに馬鹿みたいに背負って死ぬんです!!? 私は守られるだけの存在じゃありませんよ!!! 」


 なだめようとした。

 けれどリューべは右腕だけを、指が折れるほどの力で握りこんでくる。


「死ぬなら私があなたを忘れてからにしてください! 破天荒なあなたを!! 分かりやすい嘘をつくあなたを!! …………お願いですから、行かないでくださいよ 」


 こぼれ落ちる雫。

 それを拭おうとした瞬間、左手の感覚が消えた。


「……ごめんね、名も知らない恩人くん 」


「ちょ、さっき連れてくって 」


「私は娘に甘いからね〜、ほんとうにごめん 」


 左手を伸ばそうとするけれど、いつの間にかその腕は消えていた。

 左足もない。

 右足には赤い義足がついている。


「娘を助けてくれてありがとう。そしてこれは……最期のお願いだ 」


 名も知らない白髪の恩人は……ただ、母親のような、見送るような、そんな優しい笑みを浮かべていた。


「どうかこの死から逃げのびて。娘を頼ん……いや、娘のワガママを聞きいれてあげてね 」



 ふと気がつけば……だんだんと雨の音がうるさくなっていた。


(違う……雨じゃない…………声……歌? )


 まぶたが重いような気がして、何度も瞬きをした。

 すると目の前には……リューべの泣き顔が見えた。


「ロキ!? 聞こえますか!!! 」


「…………きこえ……ますから……うるさい……です 」


「なにがうるさいですか!! わたし今、相当怒ってますからね!!! 」


 なぜか頬を殴られた。

 そしてリューべの鳴き声だけがひびく中、目だけを動かして周りを確認する。


 あれだけの傷があった右胸はふさがっている。

 右腕には赤いチューブが刺され、それはリューべの左腕に繋がっている。

 そして地面には……金色の糸と赤いメスが仕込まれる、赤のブレスレットが転がっていた。


(あのブレスレット……そっか、あの人のと同じなのか )


「ねぇ…… 」


「あっ! まだ喋らない方が」


「なんで……救ったんです? 」


 ぐしゃぐしゃの腕を動かし、輸血チューブを抜こうとする。

 瞬間、その腕を地面に叩きつけられた。


「……そんなに死にたいなら死ねばいいじゃないですか!! 今! 私の!! 目の前で!!! 」


「いや……死にたかったのに……勝手に救われ」


「そりゃ救いますよ!! あなたは命の恩人ですからね!!! 手足折ってでも! 歯を全部引っこ抜いてでも!! この歌声を使ってでも!!! 絶対に死なせませんから!!!! 」


「言ってること……めちゃくちゃじゃ」


「そもそもですねぇ! 母もあなたも身勝手なんですよ!! 人の気持ちも知らないで! 勝手に救った気になってなにも言わず死ぬなんて!? それはただの自己満ですからね!!!!! だから歌います!! その身勝手な心なんて塗り替えますよほんと!!! 」


「いやそれは」


「黙って聞く!! どうせ耳も塞げないし逃げれませんからね!!!! 」


 手のつけられないリューべは急に歌いはじめた。


 声は高く、あまりにも熱烈で、美しさも思いやりの欠片もない。

 けれど胸には熱いものがこみ上げている。


「……っ? 」


 とつぜん歌声がやんだ。

 するとなにか柔らかいもので唇をふさがれ、右腕が折れるほどの力で握りしめられる。

 

「これが私の気持ちです。あなたに惚れたとかそんなんじゃありません。ただ救われたから、あなたを救い返す……それだけです。分かったなら『はい』か『頷く』かしたらどうです? 」


「断る……と言ったら? 」


「首折ってでも頷かせます 」


「死にたいと言ったら? 」


「勝手に言えばいいですよ、死なせませんから 」


「生きる理由が……ないと言ったら? 」


「私がその理由になります 」


 目のまえにある顔は、泣いているのにどこまでも覚悟に満ちていた。

 『死なせない』……そう叫ぶように。


 正直、今もずっと死にたい。

 あの声は止まないし、あの手はずっと増えつづける。

 でも……でも、こんなにも強く手を引いてくれるんだ。


 もう一度くらい……前を向いていいのかな。


「分かりましたよ……分かりました、自分の負けです 」


「ハッキリ言ってください 」


「…………生きますよ。今は死にません 」


「……えぇ、それでいいです 」


 リューべは安心そうに涙をこぼした。

 それにつられてホッとした瞬間、突如として扉が開いた。


「っ!?てき」


「大丈夫か嬢ちゃん? そいつがさっき言ってた 」


「あっ、はい!! 骨とかバキバキなのですぐ病院にお願いします!!! 」


 なにも話す暇もなく、髭面の男に背負いあげられた。

 しかも外には、知らない大量の大人たちがどこかへ行進している。


「だれ? 」


「冴えないスープ屋のジジイだよ。嬢ちゃんの歌で目が覚めただけだ 」


「あぁ……それ使ったんですか? 」


「はい 」


「……なんて歌ったんです? 従えとでも? 」


「いいえ。ただ……『諦めるな』と歌っただけですよ 」


「……なるほど、あの雨はそういう 」


「雨? 」


「いいや、なんでもありませんよ〜 」


 本当に……リューべはしつこいな。

 そう思いながら笑い、ただゆっくりとまぶたを閉じた。


 リューべのおかげで、この街の人たちは戦争を止めはじめるだろう。

 そうすれば内戦が起こる可能性もあるけれど、それはあの歌声をつかえば解決する。

 そしたらやっと……何十年もつづいた戦争は終わってくれる。

 

「あっ、一つだけ聞きたいことが」


「ロキ、今は寝てないと」


「スナイパーは……どこに行きました? 」


「えっ、あ……でも今撃たれないってことは、逃げたんじゃないですか? 」


「逃げた……まぁその可能性もありますね 」


 すこし引っかかる。

 けれどリューべから頭を撫でられるせいで、思考がぼやけてくる。


「私が守りますから、今はゆっくり寝てください 」


「…………えぇ 」


 ただ目を閉じ、今度こそ意識を手放す。

 どうしてか今だけは……あの声が聞こえなかった。




 

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 映画みたいな物語で良い ただ、まだ物語は終わっていない 主人公たちの裏はどう動いているのか
[良い点] 最後の最後で全部かっさらっていったなぁ。リューベちゃんずるいわ。 たった一言言えなかった。 その後悔が行動になりロキを救った……。 [気になる点] 最後が、最後が引っかかるよぉ!
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