6歩目
南第四倉庫。
そこにはラクの言うとおり、大砲があった。
ふつうの五倍ほど火薬をつめこみ、ワイヤーを絡めた装甲で蓋をする。
そしてその上に立ち、めいいっぱい息を吸いこむ。
(今度は……絶対に助ける )
旧式の不出来な手榴弾。
そのピンを抜き、後ろに投げ捨てて肩で耳をふさぐ。
瞬間、強烈な衝撃が全身にはしった。
気がつけば空を吹き飛んでいる。
(5……4……ここ )
『リミッター解除を確認、4秒後にオーバーヒートします 』
義足のリミッターを外すと、濡れた足は一気に熱せられ、ピシリとヒビが濃くなった。
けれどもう壊れてもいい。
今度さえ守れれば。
二度と走れなくなろうが、生きてられなくてもいい。
「ふっ!! 」
装甲を踏み、その反発で飛びあがる。
(高度は十分……あとは狙撃位置!! )
あの街は入り組んだ地形をしている。
待ち伏せならまだしも、どう移動するか分からないターゲットに対して、家中からの狙撃はない。
なら屋上……そして反撃を受けにくい、太陽を背にできる場所。
「っ……見えた!!! 」
もくもくと煙があがる街が見えた。
けれど……目星をつけた所に、スナイパーの姿はない。
(読み間違え!? )
すぐさま二番目に目星をつけた場所を見る。
そこは街で一番高い時計塔……けれど周りからは目立ち過ぎる場所。
だと言うのに、そこからはスコープの反射光が見えた。
(こんな堂々と!!! )
「あ…… 」
ふと見えた路地裏……そこには、膝を抱えて泣いている彼女がいた。
「っ!!! 」
ワイヤーを建物に絡め、振り子のように軌道を変える。
その遠心力で肩はひしゃげた。
けれどそれを無視し、彼女へ向かって地面に飛びこむ。
「リューべ!!!! 」
「えっ……? 」
彼女を腕で抱きかかえた瞬間、にぶい銃声がひびいた。
右足の義足でなんとかブレーキをかけ、すぐに建物の中へと飛びこむ。
勢い余って地面を転がるが……幸いにも、リューべには傷ひとつ無かった。
(良かった…… )
「ロキ!? なんでここに……ロキ!!! 」
(大丈夫ですって、というか……なんでそんなに騒いでるんですかねぇ? )
「っ……大丈夫だから!! ねぇ大丈夫だからね!!! 」
(あれ、なんで声が出な……あぁそういう事ですか )
自分の体に目を落とす。
右胸には……ポカンと穴が空いていた。
ドクドクと血があふれている。
体の中にスースーと風がとおっている。
(あーこれ……助かりませんねぇ )
「ロキ!!! 」
後ろ向きに倒れると、あの瞳が泣いていた。
僕を救ってくれた恩人……それと同じ、空のような青い瞳。
その涙をぬぐってあげたかったけど……右肩はひしゃげ、動かない。
(まぁ最期に見るのが……その瞳でよかった……です )
青い瞳をながめてると……段々……だんだん……ねむく……なっ……て……
「ん? 」
気がつくと、洞窟の中にいた。
外にはあの日のように……雨が降っている。
「えっ……なんで腕が 」
なぜかひしゃげた右腕がある。
というか左腕も……なんなら両足の義足も、ふつうの足になっている。
これは……
「死後の世界……ってやつですかねぇ 」
「まぁそんな感じだね 」
あの人の声がした。
振り向けば白い髪と空のような瞳の……名も知らない恩人がにっこり笑っていた。
「待っててくれた……とかです? 」
「いや追い返そうと思ってね…………せっかく命懸けで助けたのにさ、もう死にたくなったのかい? 」
「……えぇ 」
「どうして? 」
硬い床に寝そべり、下からあの人の瞳をのぞく。
「あの声が……あの手が……起きてても襲ってくるようになったんですよ〜。喋り続けてないと気が狂いそうで、起きてても寝てても、ずっとこっちへ来いって語りかけてくる。きっと生きてるかぎり……いや、死んでもこの声からは逃げれないでしょうね 」
「……いつか、生きててよかったって思える日が来るよ 」
「えぇ、きっとあると思います。でもその日のために苦しみつづけるのは……耐えきれない。だったら苦しみつづけた方がマシですよ 」
「…………そっか 」
あの人は仕方なさそうに笑うと、そっと左手をひいてきた。
「私もあの日さ、自殺しようとこの洞窟に来たんだ 」
「……そうなんですね 」
「まぁ君のせいで死にそびれたよ。結局は死んだけど……一時だけ、前を向けた 」
「……… 」
「でも死にたい辛さは知ってるからね……うん、君を生かしたのは私だからさ、責任をもって連れてくよ 」
「……ハハッ、それは助かりますねぇ 」
ゆっくりと立ち上がり、二人で雨の降る外に向かう。
けれど瞬間、誰かに右腕をつかまれた。
「……リューべ? 」
それはリューべだった。
つかまれた腕には爪がくい込み、血があふれている。
「なんでここに居るんです? 」
「……ざけないでください 」
「……? 」
「ふざけないでください!!! 」
リューべは大粒の涙をこぼしながら、喉が張り裂けるように叫んだ。
「なんであなた達はそんな勝手なんですか!! 」
「……勝手? 」
「勝手に覚悟を決めて! 勝手に死んで!! それで取り残された方の気持ちは分かります!? 分かりませんよね!!! じゃなきゃ目の前でこんな死に方しませんもんね!!!! 」
「リューべ……とりあえず落ち着いてくだ」
「お礼や恨み文句の一つすら言わせないで!! 勝手に逝って!!! なに馬鹿みたいに背負って死ぬんです!!? 私は守られるだけの存在じゃありませんよ!!! 」
なだめようとした。
けれどリューべは右腕だけを、指が折れるほどの力で握りこんでくる。
「死ぬなら私があなたを忘れてからにしてください! 破天荒なあなたを!! 分かりやすい嘘をつくあなたを!! …………お願いですから、行かないでくださいよ 」
こぼれ落ちる雫。
それを拭おうとした瞬間、左手の感覚が消えた。
「……ごめんね、名も知らない恩人くん 」
「ちょ、さっき連れてくって 」
「私は娘に甘いからね〜、ほんとうにごめん 」
左手を伸ばそうとするけれど、いつの間にかその腕は消えていた。
左足もない。
右足には赤い義足がついている。
「娘を助けてくれてありがとう。そしてこれは……最期のお願いだ 」
名も知らない白髪の恩人は……ただ、母親のような、見送るような、そんな優しい笑みを浮かべていた。
「どうかこの死から逃げのびて。娘を頼ん……いや、娘のワガママを聞きいれてあげてね 」
ふと気がつけば……だんだんと雨の音がうるさくなっていた。
(違う……雨じゃない…………声……歌? )
まぶたが重いような気がして、何度も瞬きをした。
すると目の前には……リューべの泣き顔が見えた。
「ロキ!? 聞こえますか!!! 」
「…………きこえ……ますから……うるさい……です 」
「なにがうるさいですか!! わたし今、相当怒ってますからね!!! 」
なぜか頬を殴られた。
そしてリューべの鳴き声だけがひびく中、目だけを動かして周りを確認する。
あれだけの傷があった右胸はふさがっている。
右腕には赤いチューブが刺され、それはリューべの左腕に繋がっている。
そして地面には……金色の糸と赤いメスが仕込まれる、赤のブレスレットが転がっていた。
(あのブレスレット……そっか、あの人のと同じなのか )
「ねぇ…… 」
「あっ! まだ喋らない方が」
「なんで……救ったんです? 」
ぐしゃぐしゃの腕を動かし、輸血チューブを抜こうとする。
瞬間、その腕を地面に叩きつけられた。
「……そんなに死にたいなら死ねばいいじゃないですか!! 今! 私の!! 目の前で!!! 」
「いや……死にたかったのに……勝手に救われ」
「そりゃ救いますよ!! あなたは命の恩人ですからね!!! 手足折ってでも! 歯を全部引っこ抜いてでも!! この歌声を使ってでも!!! 絶対に死なせませんから!!!! 」
「言ってること……めちゃくちゃじゃ」
「そもそもですねぇ! 母もあなたも身勝手なんですよ!! 人の気持ちも知らないで! 勝手に救った気になってなにも言わず死ぬなんて!? それはただの自己満ですからね!!!!! だから歌います!! その身勝手な心なんて塗り替えますよほんと!!! 」
「いやそれは」
「黙って聞く!! どうせ耳も塞げないし逃げれませんからね!!!! 」
手のつけられないリューべは急に歌いはじめた。
声は高く、あまりにも熱烈で、美しさも思いやりの欠片もない。
けれど胸には熱いものがこみ上げている。
「……っ? 」
とつぜん歌声がやんだ。
するとなにか柔らかいもので唇をふさがれ、右腕が折れるほどの力で握りしめられる。
「これが私の気持ちです。あなたに惚れたとかそんなんじゃありません。ただ救われたから、あなたを救い返す……それだけです。分かったなら『はい』か『頷く』かしたらどうです? 」
「断る……と言ったら? 」
「首折ってでも頷かせます 」
「死にたいと言ったら? 」
「勝手に言えばいいですよ、死なせませんから 」
「生きる理由が……ないと言ったら? 」
「私がその理由になります 」
目のまえにある顔は、泣いているのにどこまでも覚悟に満ちていた。
『死なせない』……そう叫ぶように。
正直、今もずっと死にたい。
あの声は止まないし、あの手はずっと増えつづける。
でも……でも、こんなにも強く手を引いてくれるんだ。
もう一度くらい……前を向いていいのかな。
「分かりましたよ……分かりました、自分の負けです 」
「ハッキリ言ってください 」
「…………生きますよ。今は死にません 」
「……えぇ、それでいいです 」
リューべは安心そうに涙をこぼした。
それにつられてホッとした瞬間、突如として扉が開いた。
「っ!?てき」
「大丈夫か嬢ちゃん? そいつがさっき言ってた 」
「あっ、はい!! 骨とかバキバキなのですぐ病院にお願いします!!! 」
なにも話す暇もなく、髭面の男に背負いあげられた。
しかも外には、知らない大量の大人たちがどこかへ行進している。
「だれ? 」
「冴えないスープ屋のジジイだよ。嬢ちゃんの歌で目が覚めただけだ 」
「あぁ……それ使ったんですか? 」
「はい 」
「……なんて歌ったんです? 従えとでも? 」
「いいえ。ただ……『諦めるな』と歌っただけですよ 」
「……なるほど、あの雨はそういう 」
「雨? 」
「いいや、なんでもありませんよ〜 」
本当に……リューべはしつこいな。
そう思いながら笑い、ただゆっくりとまぶたを閉じた。
リューべのおかげで、この街の人たちは戦争を止めはじめるだろう。
そうすれば内戦が起こる可能性もあるけれど、それはあの歌声をつかえば解決する。
そしたらやっと……何十年もつづいた戦争は終わってくれる。
「あっ、一つだけ聞きたいことが」
「ロキ、今は寝てないと」
「スナイパーは……どこに行きました? 」
「えっ、あ……でも今撃たれないってことは、逃げたんじゃないですか? 」
「逃げた……まぁその可能性もありますね 」
すこし引っかかる。
けれどリューべから頭を撫でられるせいで、思考がぼやけてくる。
「私が守りますから、今はゆっくり寝てください 」
「…………えぇ 」
ただ目を閉じ、今度こそ意識を手放す。
どうしてか今だけは……あの声が聞こえなかった。