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逃がし屋  作者: エマ
4/12

4歩目



「じゃあ話してくれませんか? 私の故郷のことを……私の家族だった人たちのことを。そしてあなたの事を 」


「ん? 」


 私の問いに、ロキはピシリと固まった。


「な〜んでそんな悠長なんですか? 仇ですよ? かーたーき。ぶっ殺すなり罵倒するなり、好きにすればいいじゃないですか 」


「しませんよそんなこと。別にあいつらが死のうが気にしませんから……でも、私の家族が……お母さんがどうやって死んだのか。それは聞いておきたいんです 」


 そのお願いに、ロキにしては珍しく眉間にシワを寄せた。

 どこまでも嫌そうに、悲しそうに。


「…………はぁ、黙っててもその喉を使われたら言わされますものね〜 」


「最悪そうします 」


「でもまぁ、ここではドンパチやったので場所は変えますよ。話すのはそこで 」


「はい 」


 ロキの背にしっかりと掴まると、異様な速さで景色は動いていく。


 耳の中で風がゴウゴウと渦巻く。

 そんな中で少し……ロキのことを考える。


(この人の目的って……なんなんだろ? )


 私を助けた理由は依頼だから。

 でも依頼だからって、かつての仲間と敵対したり、自分の腕を犠牲にしたりするものなのか。


 それにさっきの話もなんだか変だと思う。

 防衛ラインを突破するときも、素人目線ですら人を殺せる場面はたくさんあったのに、ロキは誰も殺さなかった。

 けれど『人刈』と呼ばれてた女の人は、ロキが辺境で虐殺を起こしたと言っていたし、本人はそれを否定しなかった。


 私の目で見たロキと、周りが言うロキ。

 それにはたくさんの食い違いがある。


 そして一番変だと思ったのが、私を命懸けで守ってくれること。

 この声を売りたかったり利用したかったりすれば、私を殺して声帯だけをえぐり取ればいいだけの話。


 命懸けで守られるほど、ロキと私は深い関係じゃない。

 でも守られたという事実が、さらにロキの真意を分からなくしていく。


(ほんとこの人って……分かんないな )


 ギュッとロキの背中に抱きつく。

 しばらく風の音を聞いていると、夕方頃にようやく、その足が止まった。


「着きましたよ〜、ここなら早々見つからないでしょう 」


 そこは森の見える、とても高い崖だった。

 ヒューヒューと吹く風は気持ちがいいけど、日が傾いているせいか少し寒い。


「これどうぞ〜、少し寒いでしょうから 」


「あっ……すみません 」


 マントの下から取りだされた毛布。

 それを受けとり、体を布の中へとしまい込む。

 するとロキは夕日を眺めながら、静かに口を開いた。


「じゃあ話しますか。あなたの家族だった人たちのことを、愚かでクソ野郎どものことを。そして……自分だけ助かり続けた、卑怯者のことを 」




ーーーー



「あー……しくりましたねぇ 」


 冷たい雨から逃げるために、崖下にある洞窟にもぐり込む。

 濡れた体は氷のように冷たい。

 だというのに、貫かれた左の腹は燃えているように熱い。


「ラク……じゃないなぁ。アイツなら頭狙うでしょうしね〜 」


 持ち出した赤いナイフで腹の穴を焼き塞ぐ。

 けれど内臓は傷ついたままだ。


 低体温で死ぬか、失血で死ぬか。

 この状況下だとそれくらいしかやることが無い。


「…………帰りたいなぁ 」


 疲れに負けて目を閉じると、無数の腕が体に絡みつき、あの幻聴が聞こえはじめた。


『どうして助けてくれなかった』

   『どうして』

『自分だけ逃げた』

  『私も帰りたい』

『お前だけいつも』

『『『『どうして助かる』』』』


「……ごめんなさい 」


 『逃がし屋』は依頼主を背負い、前線から逃げるのが仕事。

 だから見捨てるんだ、他の仲間を……帰りたいと願う仲間たちの声を。


 何人も見捨てた、何人も見殺しにした、何人も何人も……

 見捨てる度に声が増えた、見殺しにする度に手が増えた。

 逃げるたびに……心がもげていく。


「ごめんなさい……ごめんなさい! ごめんなさい!! あぁそうですよね! 自分が死ねばよかった!! あぁごめんなさいごめんなさい許して………………もう、ぁああぁあぁああ!!!!!! 」


 頭を岩に打ちつけ、左手で地面をかぎる。

 べろりと爪が剥げた。

 でも痛くない。

 昔っから……痛みを感じないから。

 だから罰が足りない。


「あはは!! もういいや!! 何もない!!! 仲間は死んだ!!! 家族も!!!! もうヤダ!! 辛い……つらい……ツラいよ……………… 」


 血だらけの左手でナイフをつかむ。

 一瞬の迷い……それを振り切って首元にナイフを振るう。

 瞬間、その腕を誰かから掴まれた。


「…………あ? 」


「何してるの、少しは落ち着きな 」


 涙でゆがむ視界には、白い髪の痩せた女が映っている。

 その空のように青い目は暗闇の中でもハッキリ見え、妙に不気味だった。


「離して…… 」


「傷を塞いだのは英断だね。とりあえず内蔵を縫うから、傷を開くよ 」


 ナイフを奪い取られると、女は左手の赤いブレスレットを分解し、そこから小さなメスを取りだした。

 あの鉱石は……『星屑の国(ニビル)』でしか造られない特別なもの。


「それ……は? 」


「これかい? この中に再生用の縫合繊維やら輸血チューブが入ってるんだ。というかこれはライフルかい? 内蔵がめちゃくちゃじゃないか 」


「やめて…… 」


「まぁ運がいいね。これくらいの損傷ならこの糸でなんとでもなる 」


「自分は……あなたの国と戦争してる兵士ですよ? ならさっさと……殺せよ!!!! 」


「殺すわけないだろ!! 君は助かる! 助けられる!! そんな人を見殺しにするなんて、私にはできない!!!! 」


 喉を裂くような声。

 その気迫になにも言えなくなり、ただ大人しくすることしかできない。


「もっと運がいいね、君と私の血液型はおなじみたいだ 」


 そう言うと女は、赤い管に自分の血を通しはじめ、それを自分の血管に刺した。


「痛かったら気絶してくれ、でも舌は噛み切らないでね 」


「……自分は痛みを感じないので……別に平気です 」


「それは都合がいい、聞きたいこともあるしね。なんでこんな所で死にかけてるんだい? 逃げてきたのかな? 」


「まぁ……気に入らない上官をぶっ殺したら、上から情報操作されて、みーーんな敵になった、感じです 」


「なんで殺したんだい? 」


「……一人しか助けられない状況で、アイツと上官の二択になって……上官がアイツを……殺して!!! 殺してぇ!!! 」


「それで? 」


「……覚えてない。頭を踏み潰した気もするし、内蔵をミンチにした気もするし、手足をもいだ気がするし……そのあと、他の上官も……生きたまま焼いた。あいつら……仲間を殺して……自分だけが助かるように……それを僕が逃がしてて……あぁそうだ……死ぬべきは……ァァ……ァアアア!!!! 」


「っ……大丈夫だから。落ち着きたまえ 」


 手足をばたつかせ、なんとか死のうとする。

 けれど抱きしめられてるせいで死ねない。


 動けない。

 失血で頭がフラフラする。

 暖かい。

 涙がボロボロ。

 死にたい。

 もう……生きていたくなんかない。


「死なせて……お願いだから。もう辛い、死なせて。もうヤダ。死なせて……もう聞きたくない……いつも悪夢ばっかり……もうゆっくり眠りたい……みんなに会いたい 」


「……うん、私も同じ気持ちだよ 」


 首に何かを打たれた。

 すると意識がふっと落ちた。


「…………んっ 」


 喉の乾きで目が覚めた。

 まだ雨は降っているが、焚かれた火のおかげで寒くない。


 腹の傷は、赤い糸で縫われている。

 マントも干されている。

 武器もこの義足もそのまま……なのに女性の姿がない。


「どこに……? 」


 ナイフと銃を持ち、マントを羽織って起き上がる。

 頭がフラフラするが、義足だから歩くのには問題なかった。


(……? )


 洞窟の外が騒がしかった。


 ……嫌な予感がした。

 義足を加速させて外に出る。

 そこには下半身を串刺しにされたあの女性と、それを囲む無数の人間がいた。


 誰も彼女を助けようとしていない。

 むしろその表情は……笑い、満たされ、達成感を得たような、彼女の死を喜んでいるものだった。


「やっぱりだ! こいつは自分だけ%∓⊂√∦」


「私は前から*。#´ ゜;゜」


「アイツを殺して♯¿∝∓∔ 」


 そこから先は人の言葉に聞こえなかった。


「おい! 聞いて」


 肩を掴んできた男。

 そいつは突然、血が吹きでる首を抑えてもがき苦しんでいる。

 ……手にもったナイフは人の血で濡れていた。


「いや」


 悲鳴をあげた女の頭を蹴りつぶし、ピンの抜いた手榴弾をその隣にいたやつの口に押しこむ。


「……ぁああ!!? 」


 そいつを蹴り飛ばすと、爆音とともにたくさんの人がバラバラになった。


 腹を蹴り潰す。

 頭蓋を蹴り壊す。

 銃弾で腹を撃ち抜き、たれ下がった頭にかかとを落とす。


(何してるんだろ? )


 分からなかった。

 たった一度助けられた女性が殺されてただけで、なんでこんなにも怒ってるのか。


 分からない、なにも分からない。

 けれどそんな事を考えてるうちに……生きてるものはいなくなった。


「…………おや、生きてたんだね。よかったよ 」


 いや一人……あの女性だけは生きていた。

 けれどその声は、小さな雨音よりもか細い。


「……助かります? 」


「絶対助からない。内臓は原型をとどめてないし、麻薬で無理やり生きてるだけだよ 」


「……自分を助けたせい、ですよね? 」


「大丈夫、こんな悪人の死を悲しまなくていいさ 」


「……悪人? 」


「うん、私は敵国に自分の娘を売ったから。たった数日の……食料のためにね。だからほんとうに気にしなくていい 」


 途切れてしまいそうな小さな言葉。

 その空のような目からは、透明な雫が流れている。


「……違うでしょ? 」


「……何を」


「食料のためならなんで周りは肥えて、あなただけは痩せてた……娘さんを助けるために売ったんでしょ? 国は辺境までに手は回らない、だから食料と取引っていう名目で外へ逃がした 」


 泥だらけで冷たい手をとり、骨を折るほどの力でそれを握る。


「あなたが敵国と通じて美味しい思いをしてる……それだけの妄想で人を殺す奴らだ、逃がして正解ですよ。だからあなたは悪人じゃない……悪人なんかじゃない!!! あなたは娘思いな!! 僕の!! …………命の恩人だ。だから……死なないで…… 」


「……ふふ。あれだけ死にたいって叫んでたのに、他人には死なないでって言えるんだ……キミは優しいね 」


「そんな……」


 それを否定しようとした。

 けれど指先で口をふさがれ、女性は静かに微笑んだ。


「遺言は静かに聞くものだよ……ねぇ、私の娘を助けてやってくれないかい? 」


「……助ける? 」


「うん、あの子はただ歌が好きなだけなんだ。でも歌うたびに人の心を操ってしまうから……たくさん嫌な目を向けられてきた。これからもきっと向けられる 」


 たえだえな声で女性はつづける。


「娘が死ねば効力は失われるって嘘を伝えてある。だから殺されはしないけど……そのしがらみからは絶対に逃げられない。だから逃がしてあげて……その歌で人を救えるんだって……教えて……あげて 」


 逃がして……ただその言葉に頷き、握りしめる手をグッと胸元に引きよせる。


「任せてくださいよ!! 自分は『逃がし屋』!!! 誰でも逃がします!!! だからあとは……任せて…………… 」


 顔をあげれば、女性の暗い目が見えた。

 握る手には力がなくて、その口は何も発さない。


「………………… 」


 軽い女性を抱きあげ、内蔵を引きずりながら森の中にはいる。

 そして人の目がない場所に……女性を埋めた。


「…………さぁて、行きましょうか〜 」


 泥と血だらけの指を口に入れ、そのまま口角をあげる。


「報酬は気にしないでくださいよ〜、あなたには恩がありますから!! 命をかけて娘さんをお守りします!!! 」


 盛り上がった土に声をかける。


「だからですねぇ〜、だからですね、だから!!!! ……もうゆっくり、眠ってください 」


 彼女に背を向け、ゆっくりと来た道を辿っていく。


「おやすみなさい……名の知らない、僕の……命の恩人さん 」



ーーーーー



「とまぁこんな感じですね!! あなたは家族に売られていなかった〜、嫌いな奴は全員死んだ〜、めでたしめでたし 」


 ロキはケラケラと笑いながら、話を終えた。


 たしかに……お母さんが私を思ってくれていたこと。

 お母さんを殺したアイツらが死んでくれたこと。

 それを聞けてとても嬉しかったし、重くて硬い胸のしがらみがポロリと落ちた気さえする。

 でも……


「あの、もしこの依頼を終えたら……あなたはどうするつもりなんですか? 」


「死にますけど? だってもう生きるのが辛いですからね……救われたのに、昨日までは生きようとしてたのに。数日もすればまた死にたくなるなんてほ〜んと、笑えませんね 」


 声が出なかった。

 さっきの話を聞いたから……死なないでという、簡単な言葉すら出ない。


「まぁ黙ってたことは謝りますよ。もしこれを知ったら自分だけが助かって……みたいな余計な罪悪感を持たせると思ってたので。まぁ! 杞憂みたいでしたけどね!! いや〜あなたはお強い!! アッハハハハ!!! 」


 ロキはどんどんと声を明るくしていく。

 逆にそれが不気味で、鼓動で体は揺れるほど心配でたまらない。


「まぁ明日には『破壊の国』に着きますから、歌う準備でもしといてくださいねぇ〜。それで『逃がし屋』最後の仕事は終わりますから…… 」


 そう言うと、ロキは静かに立ち上がった。


「さて、夜の準備でもしましょうかね 」


「……あの!! 」


 森の中へ向かう背を呼び止めてしまう。

 なのに……やっぱり言葉が出ない。


 涙が溢れて、作りものの喉すら震えているのに、なにも……

 

「何もないなら行きますねぇ、風邪でもひいたら大変ですから〜 」


「…………はい 」


 伸ばした手を落とし、小さなロキの背を見送る。


 私を救ってくれた恩人。

 その彼になにも言えない。


 それがどこまでも辛くて……どこまでも不甲斐なかった。


 



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「壊れた人」を書くのが本当にお上手ですね。ストーリーも力強く勢いがあって、結末がどうなるのかとても気になります。
[一言] 母親に売られたのに、母親の死だけ気にしていたから なんとなく察してはいたのだろうか…
[良い点] 母!!母ぁ!!(泣) 売られたと恨まれようとも娘を救いたい。目の前の救えるものは敵であっても救いたい。まっすぐなお母さんの愛が二人を引き合わせた……。 でも、犠牲の上に生き延びてもうれしく…
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